57話 新しい旅の仲間
「さてと、これからどうしようか」
地下牢の更に地下深くに囚われていたエルフを救出後、報告だけしにギルドへ戻り、俺達は一旦街の外へと出てきていた。
大自然の中に囲まれる森林地帯にまで足を運び、そこで一息吐く。
俺の背後を黙って歩いていたエルフの少女は――立ち止まると、じっとこちらを見つめていた。
鮮やかな金色の髪に、宝石のように輝く翡翠の瞳。そんな彼女の身は拘束具と薄手の布切れのような衣類ではなく、街の人間が歩いているものと同じ服を着ている。
絹製の肌着に膝上までの淡い青色のスカート。
寒い時期を凌ぐためにと、その上から毛皮のコートも羽織らせている。
こんなものをどこから調達したのかといえば、ギルドである。
俺達には自前で調達する金はないのだから仕方ない。
よってその金の代わり、というわけでもないのだが――使い魔とした彼女に着せる服を要求すれば、あっさりと出してくれたものだ。
それにはアリヴェーラは少し、いや、とても不服な様子ではあったのだが、それはそれ。この子に薄手の布切れのような服を着せて歩かせるわけにもいかないのだ。
そんな彼女は俺の顔を見つめて、やや間を置いて――思念を飛ばしてきた。
アリヴェーラが会話のための魔法を繋げてくれているのだ。
彼女の魔力が途切れてしまう懸念もあるので常時使用は望めないが、そうでないと会話が成立しないのが痛いところ。
早めに俺が彼女の言語を覚えるか、或いは彼女がこちらの言語を覚えるかをした方が良いだろうとは思う。
「何故、森なのでしょうか?」
「エルフは森が好きなんだろうなと思って」
「……なるほど。好きです」
「あと何をするにも腹を満たしてから、って感じなんだけど金がないから狩りをするしかないわけで……それで森を選んだってこと。君も腹は減ってるんだろ?」
「はい減ってます。後少しで餓死寸前というくらいにはぺこぺこです」
「随分余裕がある返事だね」
「エルフなので」
「?」
「森にいれば魔力を確保しやすいので、活力はそちらである程度補えます」
「すごい……そんなことできるんだ」
「植物ではないので、食べないといずれ死ぬのは変わりません」
エルフの生態をほとんど知らない俺ではあるが、なるほど人間とは身体の作りが違うらしいことを知った俺だった。
さて、森は多種多様な生物が生息する資源の宝庫である。
こうした場所は魔力も濃くなり魔物の脅威が増えるとはいえ、俺達の腹を膨らませるだけであればこれ以上の環境もないだろう。
「はぁ! 全く! アーサーが見知らぬ子供達に無償のご奉仕していなければ今頃街で食事ができたのにね」
「いやそれは必要経費というかさ、別に俺達は外でもやっていけるわけで」
「だからって全部投げ捨てるのはどうなの? 私だってまだ新しい服も着てないのに!」
「あ、そっちを妬んでるのね」
「はぁ? 妬んでないけど。純粋に着替えが必要経費だよねって話だけど」
「悪かったって。でもアリヴェーラはステラが作ってくれた服があるじゃん。この子布切れだったし」
「はぁ私も布切れなんだけどぉ? 布切れをちょっと切って縫ったりしただけの代物なんだけどぉ?」
「――え、ステラ?」
俺達が言い合いをしていると、横で様子を眺めていた彼女がその名称を拾った。
首を傾げ、俺達のことを交互に見つめてくる。
「もしかしてステラのこと知ってる?」
「……その方は、エルフの方なのでしょうか」
「うん、そうだね」
答えれば、彼女は首を傾げながらも小さく頷いて。
「であれば、多分知っています。そのような愛称で呼ばれている方がおりましたので」
「そうなのか――うん?」
今度は俺が首を傾げる番であった。
アリヴェーラは間違いなく知らないと断言したはずで、面識はないと思っていたのだが……。
しかし、俺が抱いていた懸念はすぐに解けることになった。
「族長の娘で魔人候補の方ですから、エルフの中で知らない者はいないと思われますよ」
「――えっ」
疑問は解けたが、驚きの事実が今更発覚したのだった。
魔人といえば魔王に次いで危険な存在――アルテの知識として持っているものだ。ステラやアリヴェーラが持つ底知れぬ実力を鑑みれば、納得はできるのだが。
俺、そんなこと一言も言われなかったんだけど。
アリヴェーラを軽く睨みつけるように視線を向けると、彼女は小馬鹿にした風に俺を見下ろしていた。「気付いてなかったの?」とでも言わんばかりの表情である。
ということはマジらしい。
え、なんでそういうのもっと早く言わないの。
俺の思考読んでるんだし後で答えてもらうからな。
「しかし、魔王に奪われて死亡したのではなかったのですか」
「……いや、死んでないよ」
答えつつ、俺は思考する。
ステラは長い間牢の中に監禁されている。
魔人候補というなら、魔王が一体何を目的として捕らえたのかは不明だ。しかし彼女達エルフの共通認識として、彼女は死亡したことになっているのか。
「なぁ……っと、やっぱ先に食事の準備をしようか」
もう少し話を続けようと思ったが、一旦止めにすることにした。
立っている彼女の様子に、明確な疲労が見え始めていたからだ。
平気そうに受け答えはしてくれているけれど、彼女自身は最初から大丈夫とは口にしていない。
話ならいくらでもできるのだから、何も焦ったりする必要はないだろう。
「ちょっと狩ってくるよ。二人はここで待っててくれ」
「分かった、いってらっしゃい」
アリヴェーラに彼女の守りを任せつつ、俺は森の奥へと食材調達へと向かうことにした。




