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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
55/107

55話 主なき家

 レーヴァン邸は、先日の乱戦騒ぎの修繕を済ませている最中であった。


 主を失った使用人達が忙しなく動いており、中にはギルドの制服を着た者達の姿も数名見えている。

 その内の一名に話を通せば、問題なく邸内へと入ることができた。


 主がないとはいえ使用人が全ていなくないるわけではないのかと思ったが、それはそうか。

 レーヴァンが居なくなっても、家系の誰かが引き継ぐなりすれば取り潰されることはないだろう。


 廊下を歩いて目的地へ進んでいると、昨日交戦した使用人の一人と目が合った。

 彼女は俺を見ると一礼だけし、そそくさと目の前を離れていく。


「なんだか微妙な気持ちだな。敵意剥き出しじゃないのは助かるけど」

「何言ってるの。悪いことなんかしてないでしょ」


 いつの間に肩に乗っかっていたアリヴェーラが言う。


「いきなり出てきたな……いやそれとこれとは違う話じゃん?」


 実際のところ、使用人達はレーヴァンの取引を認知していないという話はギルドから聞いている。

 だから見逃すという選択もないのだが。目が合えばなんとも言えない感覚はあるだろう。


「ふん。知らない人にまで際限なく情けかけてたら世話ないって話だよ」

「まぁ、そうなんだけどさ」

「それで、どうするの」

「地下牢に繋がれてるっていう魔物のこと?」


 答えれば、彼女はそうと頷いた。


「化物だったら倒せば済む話だったけど……アリヴェーラは気付いてた?」

「そんな余裕はなかった。でもまあ、ヒトガタなら会話はできるんじゃないかな。言語がどこのものかは知らないけど」

「アリヴェーラみたいには話せないのか」

「……ねぇ。アーサーってなんで私が人間の言葉話せると思ってるの?」

「ほんとだ。なんで?」

「はぁぁ……」


 溜息を吐かれた。

 けれど、言われるまで全く気付かなかった俺の方が悪いのかもしれない。


「うん、私が博識ってことでいいやもう」

「答えになってない!」

「だって言っても分からないじゃん。いいよ別に」

「……魔法で話せるようにしてるってこと? 言われればそれくらいは分かるけど」

「3点。この話おしまいね」

「満点は5点かな?」

「ねぇ。アーサーは助けるつもりなの?」


 俺の馬鹿みたいな返事を無視して、アリヴェーラは言う。

 どこか棘のあるような、含みのあるような言い方だった。

 そして、彼女は俺が答えるよりも先に続ける。


「化物だったら殺すんでしょ」

「……化物は人間を襲うからね」

「ヒトガタの魔物だって、人間を襲うよ?」

「でも、話せるなら分かり合えるかもしれない」

「分かり合えなかったら?」

「それは――」


 すぐに答えが出なかった。

 そこで詰まってしまった俺に、アリヴェーラの鋭い視線が突き刺さってくる。


「アリヴェーラだったら」

「私は殺すよ、だって分かり合えないから。でも決めるのは私じゃない」

「……ごめん。そうだよな」


 それは、分かっている。

 相手が知能を持っていて会話できるから殺さない――は違う。

 誰であろうとも、分かり合うことができないならやることは決めておくべきだ。

 ここで俺が悩むのは、おかしいんだ。でも……。


「それは……俺はやりたくない」

「アーサーがそう決めたのなら、できる限り協力するよ」

「ありがとう、アリヴェーラ」

「馬鹿アーサー」


 彼女はそれだけ言って、再び鞄の中へと引っ込んでしまった。

 すっかり鞄の中がお家兼逃げ場と化しているのはさておき、馬鹿とはなんだ。

 ……まあ、言い返す言葉もないのだが。


「勇者って奴のやることじゃないよな。けど、種族とか関係ないんだ」


 俺とアリヴェーラはちょっと特殊な関係性だけど、こうして話すことができる。

 対立もするし普通に喧嘩だってするけれど、だからって殺し合いなんかしようとは思わない。


 それは別に誰が相手だってできるはずで。

 俺だけがじゃなくて、そんな世の中にできるならしたいじゃないか。

 分かり合えないだけで殺してしまったら、一生実現できないから。




 ◇




 例の地下への入り口まで行くと、使用人が塞ぐようにして立っていた。

 昨日リーズリースに扉ごと吹き飛ばされたのと同じ人物である。腹部の怪我をかばう様子は窺えるものの、大事はなさそうだ。


 背後の扉は跡形もなく粉砕されており、地下への道は吹き抜け状態になっている。


 どうやら見張りを任されているらしい。

 彼女は扉が壊れる前もそこに立っていたようだが、果たして地下の事情を知っていたのだろうか。


 目の前まで歩いていけば、その彼女は驚いた様子でこちらを見下ろしてきた。


「どうも。地下へ行きたいんですが、通っても?」

「は、はい……あなたが魔法使いですか?」

「そうですが」

「わかりました。大丈夫です」


 一瞬何事かと思ったが、ギルドから話が通されていたのだろうと理解する。

 もしかしなくても俺に話を通す前からこちらにも話を付けていたらしい。


 それ、仮に俺が断ってたらどうするつもりだったのだろうか。

 案外別の魔法使いの宛てもあったのかもしれないけど。


「……あの! ありがとうございました」


 横を通り過ぎる時、彼女は大きく頭を下げてきた。


「えっと?」

「その……私を助けてくれた方ですよね? ち、違いましたか?」


 あぁ、と俺は頷く。

 覚えていたのか、というより意識がまだ残っていたというべきか。

 助けたというには微妙な気はするが、彼女からしてみれば殺されてもおかしくはない状況ではあったのだろう。


「いや、合ってると思います。ただ意識はなかったと思ってたので」


 そうだな。避けられている手前――と思って話をするつもりはなかったのだが。

 折角なのだから彼女に尋ねてみよう。色々と拭えない違和感もあることだし。


「一個お尋ねしたいことがあるんですが」

「は、はい……なんでしょう」

「地下に奴隷が収容されてること、あなたはご存知でした?」


 そう聞けば、彼女は眉尻を下げて首を横に振った。


「その……知りませんでした」


 嘘を吐いているわけでもなさそうだし、本当のことなのだろう。

 ということは、少なくとも彼女は何も知らされないままにレーヴァンから見張りを任されていたことになるのだが。


「で、でも。その、こんなこと言うのも良くないと思うんですけど――ご主人様は、あんなことする人じゃなかった、はずです」

「それは、奴隷の売買がってこと?」

「……はい」


 彼女は真剣な顔で、小さく確かめるように頷いて。


「ご主人様は私を拾ってくれて……それでずっと仕えて来ましたけど、ずっと優しくて。子供をひどい目に合わせるような人じゃなかったはずなんです」

「けれどあなたに地下のことを告げず、見張りをさせていたのも彼です」

「……はい。そう、ですよね」


 項垂れる彼女を見て、やはり小さな疑問はあった。

 俺はレーヴァンを全く知らないが、偽レーヴァンの振る舞いから彼が只者ではないことは分かる。

 あれは本物ではなかったが、あの演技で彼女達使用人の目すらも騙していたのだ。ならば、仮に本物のレーヴァンだったとしても同じことをやっていたはず。

 その彼が、悪事を明るみに出るような真似を簡単にするのか?


 彼がこういった悪事をやらない、とは言えないだろう。

 しかし情報を満足にも得られない騎士団崩れにバレるような、そんな杜撰なやり口で悪事を働くようには思えないのだ。


 あの動きを平然とやってのける人物ならもっと上手く立ち回るだろう。

 だから現状に違和感がある、というのは考え過ぎだろうか。


 ギルドにも目を付けられていたようだし、俺の気のせいだったといえばそれまでである。

 それに、違ったからといって何だという話だが……如何なる理由があったとしても、俺が彼女へ突きつけた事実は変わらない。

 しかし彼女の言うことも気にはなった。


「使用人って、皆レーヴァンに拾われてるんですか?」

「そこまでは……でも、そういう子は多いですね」


 ふと気になって聞けば、そう返事が返ってくる。

 

「ご主人様は、色んな事情があって生きていけなかった私達を使用人として働かせてくれているんです」

「……なるほど。ところで、男の使用人はいないみたいですが」

「ご主人様は女の子が好きなので」

「あっハイ」


 そこは前評判と何ら変わりないのか……。

 しかし彼女の話を聞くほど、彼が単に奴隷を売っていたとは考えにくい。だが、実際に牢屋で見た子供達の扱いと彼女の話には差があるのも事実だ。

 あの地下牢は、奴隷とする子供達を道具として扱う以外の何も感じられなかった。


 これ以上は、本人以外と話を重ねても進展はしないだろう。


「ああ、長々とすみません。俺は用事を済ませに行きますので」

「――あの! ご主人様は、どうなりますか」


 彼女の会話を終わらせて、俺はそのまま地下へ去ろうとして。

 背中からの声に、俺は立ち止まった。


「……それは」


 彼が牢獄送りなのは言うまでもないだろう。

 貴族だからと見逃される悪行ではないし、彼が彼女達のご主人様として家に戻ることは多分ない。


 ないのだが、口に出すのを躊躇った。

 そうさせたのは自分だというのに。ただ間違いなく正しいことで、悪い事をしたのはレーヴァンで、俺に後ろめたさなどないはずで……けれど、そう。

 俺が彼女達からレーヴァンという主を奪ったことも、また一つの事実なのだ。


「戻ってくるかは、彼次第でしょう」


 事実は変わらない。

 ただ、彼が何か理由があって今回の行動を起こしていたのなら、それ次第で処遇は変わるかもしれない。

 俺が彼女に告げられるのは、それだけだった。

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