51話 腹が減ってはなんとやら
道中、既に館内の騒ぎは沈静化しつつあった。
乱戦によって倒れている者達を手当している冒険者や、使用人の姿が見られる。
時間経過したことで、状況を理解し始めているのだろう。
実際、騎士が何らかの手段で撹乱したのが始まりだ。
具体的に何をやったかまでは不明だとしても――最後に会場に乱入してきたシリウスやラウミガの工作以外には考えられない。
しかし彼らが居なくなった今、その影響は急速に弱まっていると見える。
冒険者も玉石混交だがその道で長くやっている者達もいるのだ、少し経って違和感に気付いたのだろう。
ともあれ、事態が収束に近付いているのは有り難いことだった。
仮に俺へ向かってくる者がいれば対処に多少なり時間も掛かってしまうし、かといって放置しておくわけにもいかなくなる。
そういった障害もなく地下へと辿り着き、順調にレーヴァンの確保は完了した。
こちらに関しては完全に秘密裏の処理である。
彼に仕えている使用人や他の冒険者に知られるわけにもいかないため、子供達の解放はまだ行わずに先にギルドへと突き出しに出向くことに。
アリヴェーラの魔法により蔦でふん縛ったレーヴァンを連れて行けば、職員の女性は驚いた様子で処理を引き継いでくれた。
どうやらレイスのギルドでもレーヴァンの裏でのやり取りに目を付けてはいたようで。
明確な証拠を得られなかったがために動けずにいたところ、俺が本体を持ち込んできたことで乗り込めるようになったという。
騎士達の反応を見るに、もう少し処理に難航すると思っていたものだが……。
子供達の照合や裏も取れ、正式にレーヴァンはギルドに捕縛されることとなった。
酷い怪我を負ったまま意識不明であるため、次に彼が目を覚ます頃には牢屋か尋問室かだろう。
だが順調に運んだのはここまでで、一つだけ大きな問題が発生した。
それは、解放する子供達の処遇である。子供の大半は身元が特定できなかったのだ。
捜索願が出されており、すぐに身元が分かる者は親元などの類に引き取って貰うことは可能だったのだが、そうではない者の方が遥かに多い。
そういった子供を元の居場所に戻すには、こちらから探して届ける必要があった。
なのだが……。
「ギルドでそこまでは出来ません」
俺と最初に応対してくれた職員が、そう言った。
考え込むように顔を下げているし、彼女自身も方策は考えてくれたのだと思うが……。
「問題は金ですか?」
「率直に言ってしまえば。彼ら全員を送り届けるには相応の人員と時間が必要になります。どうにかしてあげたいとは思いますが、こちらでは……」
そう、純粋に金の問題が大きな障害となっていた。
ギルドで捜索しなければならない者は十人を越えている。しかも届けが今の時点でないということは――見捨てられたか、諦めてしまったかが大半なはずだ。
そうした中で、方々の町へ掛け合って送り届けるというのは困難を極めるのは分かるんだけど。
「そうなると、子供達はその辺りに野放しにして終わりってことになるんです?」
「ギルドの伝手を使い、働き手を探している所に引き取って貰うくらいのことは可能でしょう」
「……奴隷として売られるよりはマシでしょうけど」
それは俺が望んでいた結末ではないのだ。
子供達からすれば、元の場所に帰れない時点で同じ。
誰かに買われ道具になるよりはマシなだけの話で、それじゃ結果は何も変わらない。
「レーヴァンが事前に出していた冒険者への依頼金、あれを使うことは?」
「その金は依頼を受けた冒険者に対し、報酬として払われるべきものだと結論が出ています」
「あー……そうですか。確かに覆せないですね」
俺の予想とは異なり、報酬はしっかり支払われるとのこと。
そうであるならば、勝手な判断で救助のために使えば反感が出るだろう。
雇われた冒険者の数も多すぎるし、全員の意思統一はまず無理だ。
というか俺の自己判断でやったことで、更に金までむしり取られる構図になるのは最悪。
多数の冒険者達との軋轢は生みたくはないし、元々ないものと思っていた物があっただけ有り難いと考えることにしよう。
「勿論、貴方にも元々の報酬はお支払い致します。それに、レーヴァンを捕らえた働きについても個別に褒賞金を出しますので」
――褒賞金まで出るのか。
人攫いを突き出した時も出ていたといえばそうなのだが、貴族を相手にしても変わらないらしい。
貴族が面倒っていう話がどこまでなのかは分からないのだが、ギルドも事前に動いていた内容だからこそ俺にも渡せるのかもしれない。
しかし嬉しい報告だ、だったらそれを使おう。
「褒賞金はいらないので、その金で探してくれってのはどうです?」
「……貴方に一切の利がありませんが、宜しいのですか」
「ここまでやった以上は最後まで責任は持ちます」
「感謝します。ただ、足りるかどうかは……相談してみましょう。一日ほど時間を頂いても良いですか?」
「構いません」
一旦話はそこでまとまり、俺は屋敷で起きた件の事情徴収のため一日拘束されることとなった。
本当はゆっくりしたかったのだが――騎士達の件もあり、どうあっても場を離れることができなかったのである。
まぁ、俺と同様に他の冒険者の面々も拘束されていたようだけど。
そのお陰で判明した情報もあった。
あれだけの騒ぎがあったのにも関わらず、屋敷での死者が一人も発生していなかったのだ。
リーズリースから聞いた公開処刑パフォーマンスでも死んでなかったって話だし、騎士団は本当に狙った連中以外は殺さぬように立ち回っていたようだ。
多分、そうしたのはレーヴァンに入れ替わった時点で依頼は出されていたからで。
騎士団にとっても冒険者の存在は本当に邪魔だったのだ。けれども関係ない者達を手に掛けることは極力避けたかったのだろう。
俺やリーズリースもどうにか現場から遠ざけて対処しようとしていたみたいだし、ほぼ間違いない。
後、先日捕まえた人攫いグループも今回の件に一枚噛んでいたことも発覚した。彼らみたいな奴がレーヴァンの元に商品として子供を送り届け、裏で売買が進んでいたのだという。
その結果として俺の功績が評価され、一気にCランクまで階級の上昇が認められた。
Aランクのリーズリースと共にではあるが、騎士団を撃退したことも大きく評価されたようだ。
まぁ、そこはさほど大事な内容じゃない。
元から上げていくつもりだったペースが早まっただけ。
ランクが上がったので、今後は食い繋ぐだけではなく稼げる状態にも持っていけそうなのは良いことだ。
だが、それはあくまで今後の話である。
調査協力にて現場とギルドを駆けずり回り、太陽の輝きもすっかり失われた商業都市レイスの夜。
昼間の賑わいから一転、明かりも落ち始めた町並みは静けさを見せている。
俺とアリヴェーラは二人揃ってどこかの階段の半ばほどに寄り掛かって休んでいた。
遠巻きにぼんやり景色を眺め――二人して鳴る腹を押さえる。
お分かり頂けただろうか……。
「腹減ったんだよなあ」
「あーっ! また、また言った! 口に出すと余計に減るってアーサーが言ったのに!」
うん。行間で言ったかもしれないし、言ってないかもしれない。
腹減ったなぁ。
「大声出すともっと減るよ」
「はーん。いいよね、アーサーは! お昼には抜け駆けして食べてるもんね! 他の女の美味い飯を! 私が最後に口にしたものを言ってみなよ」
「他の女の劇物」
「くそがぁ!」
嗚呼、鳴る腹は鳴り止むことを知らぬ。
そうです。俺達には未来ではなく、今を生き抜くお金が足りないのです。
かといって瞬時に金を稼ぐ手段はない。明日、手続きや後処理を諸々終えて、新しい依頼をこなして初めて俺達は腹を満たす手段を得る――のだ! それまでは我慢。
お腹が減っていないと暗示を掛けて過ごすしかない。
そして宿に泊まる金などないので、当然野宿となる。
でも俺達には絶冬を過ごすだけの装備があった。
魔界を練り歩いていたあの時に比べれば、町中でちょっとお腹をすり減らすくらいわけないだろう。
「――こんな所にいやがったか」
と、後ろからこちらに放たれた声。
聞き覚えがあるものだったので振り返ると、やはり声の主はリーズリースであった。
彼女も俺と同じで、真正面から騎士を迎え討ったのだ。
他の冒険者よりも遥かに長く付き合わされていたのだろう。やったこと自体に後悔はないが、申し訳なさという点で彼女に負い目がないわけじゃない。
「奇遇ですね」
「バカヤロー、お前を探してたんだよ」
「えっ?」
呆ける俺を鼻で笑うようにして、彼女はすぐ傍まで降りて来た。横まで来ると、階段横にある柱の部分へと背中を預けて。
「地下の連中のために大枚叩いたんだってな?」
「ええまぁ。そのままってわけにもいかないですし」
なんで知っているんだろう。
いや、子供達の処遇について聞けばそれくらいの返答はあってもおかしくはないか……?
「ったく、てめーで食うにも困ってんのに、奉仕とか教会の慈善事業じゃねぇんだぞ。馬鹿か?」
「困ってるって、なんでそんなことまで分かるんですか」
「分からないわけねーだろ……腹空かしたガキが」
咄嗟に自分の腹を押さえた俺に、彼女は犬歯を見せるようにして笑う。
「おねーさんの報酬で食わせてやるよ」
「な……なんだって!?」
思わず喉が鳴って唾液が出そうになったが、ちょっと待て。
俺の背中に隠れていたアリヴェーラが肩まで出てきて目を輝かせていたが、落ち着け。
「……でも、おねーさんに何の得が?」
「お前には言われたくねぇ台詞だな」
馬鹿を見るような目でそう言って、溜息一つ。
「報酬も入るんだし気にすんなよ。それとも腹空かしたまま明日を迎える気か?」
「うっ……いいんですか? お言葉に甘えてしまって」
「あー構わねぇよ。お前の数十倍は貰ってんだしな」
は? 数十倍? ごめんちょっと何言ってるか分かんない。
いや……まぁ、確かに? ランクが高いってことはそれだけ入る報酬も上がっているんだろうけど。
彼女も気にさせないために言ってくれたんだろう。
わざわざ俺を探し出してくれて、折角こう言ってくれているのだ。
その厚意に甘えないのは逆に失礼に当たるだろう。
「――ご馳走になります!」
俺は即座に頭を下げ、腹の音を鳴らす。
そんなわけで、俺とアリヴェーラは一日ぶりにまともな食事にありつけることとなった。
まぁ、わざわざ探してきた時点で、単なるご厚意ではなかったのだが……。
空腹で思考力が低下しまくった俺達の知るところではなかったのである。




