49話 腹を割って話そう
「まぁつっても、お前さん見るまではそんなつもりもなかったんだけどな」
彼は置いた剣の横にどかりと腰を降ろし、俺の前で堂々と座る。
頭をぽりぽりと掻きながら俺の方を見やる――疲れたような視線。
ぼさぼさの茶色の前髪が目に垂れ下がるのを嫌ってか、彼は右手で掻き上げるように後ろへ流す。
どうやら、本当に戦う気はないらしい。
それにそんな重たい鎧で膝を立てて座ってしまえば、咄嗟に動けもしないだろう。
俺は立ったまま、そんな彼を見下している。
念の為警戒は解いていない……が、この男が何らかの魔法を使う様子さえ見られていないため、意味はなさそうだ。
「魔力による水を蒸発させ、霧状に散布して視界を奪う――ねぇ……よく考えたもんだ。俺達騎士にゃできねぇ芸当だわな」
「何が言いたいんです?」
「俺達はなぁ、向いてねぇんだよな。冒険者みたいに色んな技術は要求されてない」
「……?」
ふぅ、と深い溜息が彼から溢れる。
ついには俺からも視線を外したかと思えば、床をこんこんと人差し指で二度叩いた。
「ちょっと話そうぜ。丁度良く霧で隠れてるし、お前はマグリッドをもう追えない。対価には抵抗なしの俺の首だ、どうだい」
「それは、あなたに何のメリットが?」
「まぁないわな……いや、そうとも言い切れんな! お前との有意義な話が俺にとってのメリットだ」
「だとしても俺にはない。あなたを戦闘不能にして加勢に行く必要があります」
耳を澄ませなくとも聞こえる剣戟の音。
背後で騎士と、彼女が奮戦している。
こんなところでお喋りに付き合う理由は俺にはないのだ。
「あー……心配か。まあでもよ、俺やマグリッドならともかく、あの手練相手に騎士のやり方じゃ束になったって無理だぜ。束になった方が無理って言い換えた方がいいか」
「……あなたは自分の仲間を信頼してないと?」
「信頼? 勿論してる。俺達は魔霧で満たされてる密室で戦う連中じゃねぇ、だから咄嗟の作戦としちゃ最高だったぜ」
「あなたは俺と違って、助けには行こうともしないと?」
「俺がなんとかするから隙を見て逃げろと伝えてあるよ。そんで俺は逃げ切れると信じている――でもお前を野放しにしちゃ、そうはいかないだろ」
「随分と俺を買うんですね。まだ子供ですよ」
「子供だろうが、俺達より一回り以上小さかろうが、強いもんは強い。で、席には付いてくれるのか?」
再度の要求。
彼は俺から視線を離し、剣戟の音の方向を眺めながら――言う。
「……良いでしょう」
「おお。そりゃあ有り難い」
重傷を負わせたマグリッドは逃げ、厄介な障壁を展開するシリウスも逃げた。彼らが彼女の方へ向かい、騎士に加勢していないことは分かる。
彼女が相手にする騎士の最大人数は――四人。
戦いの気配と音からも差違はない。
ここで一番実力があるのは、この男だ。
なら俺がコイツの意識を留めておくことにも意味はある。
彼にとっても俺にとっても、ここでの会話は無駄とはならない。
彼の前に腰を下ろし、向かい合う。
彼と違ってこちらは軽装。
例え後手に回ろうとも動き出しで遅れはしない。
「ここでは敢えてお前をアーサーと呼ばせて貰うが……マグリッドは変わってはいないぜ。やり方は致命的だがな」
「話、聞いてたんですか……それが分かっているなら何故こんなことを許した」
「そうすりゃマグリッドの仲間が助かる。貴族殺しでしか成せない目的なのさ、コイツは」
――まただ。
俺はこいつらが何をしているのかが分からない。
だが、どうにもきな臭くなってきた。
「……何があったんです?」
「俺の口からは――と言いたいところだが話しちまうか。その前に、勇者はマグリッド達が殺したんだろ?」
「それを……俺に聞くんですか」
「お前は勇者アルテじゃないんだ、ならいいだろ」
「そうですね。知りませんよ。普通は仲間を殺そうとはしないと思いますが」
俺はその質問に一般論で応える。
すると彼は、一人で勝手に頷いて。
「あぁ、そうだな。勇者は死んでいない」
「……何だって?」
「おいおい怒るなよ……仲間を殺そうとする奴はいなかった。でも殺さなければならなかった。だからマグリッドはお前を――いや、勇者を魔界へと逃したんだ」




