46話 デッドライン④
現在、俺と彼女は共に外を駆けていた。
早々に地下を脱出して屋敷の中庭に出た後、既に始まる争いの音を全力でスルーしながら屋敷の内部へ向かう。
――早い話、目的は一緒だった。
彼女は別口から地下の存在を嗅ぎ付けて、独自に動いてやってきていた。
始まりは、冒険者が集まる大部屋でのこと。
アルヴァディス・レーヴァンが行った過剰なパフォーマンス紛いの公開処刑。
あれが彼女には引っ掛かったのだという。
大剣を持った大男が魔法により惨殺され、畏怖と恐怖を刻み込んだそれは、彼女からしてみれば一種の芝居に見えていたのだ。
いや、俺の目からは確かに男が死んだように見えた。
両手両足を切断された挙げ句、首をすとんと落とされたのだ。
死体処理でばらばらになった部位を片付けられ、付着した血も掃除していた光景は全員の目にするところである。
最前列で吐いた者もいたし、血生臭さも部屋に充満していたのだ。
生きている方がおかしい。
けれど魔法の扱いに長け、鋭い観察眼を持った彼女の目に写ったのは殺害の場面ではなく、魔法を複合させた演出に見えていた。
「途中からは偽物だよ。本当に斬られてはいたが手足と頭までは落ちてねーし、運ばれた肉片も幻術だ。男は冒険者じゃなく、最初から演出のために使われた駒だろ。死んでねぇよ」
「俺には全然分からなかったんですが……」
「目で見たものってのは案外信じやすいんだよ、まずソレを嘘だと疑わねーからな。レーヴァンの変身も然りだ」
「……変身って?」
「対象の性質を得る魔法――レーヴァンという性質を奴は被ってる。変身魔法は対象の情報を取らないと再現できねーけど、地下にその本人が放り込まれてるってことはそういうことだろ」
「その魔法を使うために、殺さずに生かしていたってことですか?」
「そうだろうな。血や肉は情報としての価値が高い」
血や肉、ってことは。
レーヴァンを斬り付けて流した血を使い変身を行っているということになるのか。
エグすぎるな……。
隣を駆けながら、彼女は続きを話す。
「とまあ、偽物のレーヴァンからしてみりゃ冒険者は邪魔でしかないわけだな。ただ依頼を出しちまった以上は断れねーから、仕方なく演出カマして冒険者同士を揺さぶって、布陣を敷いたってコトだろ」
「そこまでして貴族を殺して一体何の意味が……?」
「アタシが知るかよ。本人に聞けばいいじゃねーか」
中庭の噴水広場のような場所、石畳を駆け抜けて入り口まで到着。
地下から庭園に抜けて更に少し走らされるほど、まぁ屋敷面積の広いこと。
そこら中で発生する剣戟や魔法による争いの音も多すぎて全部は判断できないほどだ。
扉に手を掛け、内部を音と気配で確認する。
オーケー、向こうで戦闘は発生していない。敵も待ち構えていない。
俺は先んじて扉を開き、廊下へと侵入する。
さてここからも大変だ。
四方八方の乱戦は一体、どうなっているのだろう。
「聞きたいんですけど、この戦闘って誰か襲ってきてるんですか?」
「いや冒険者の一部が他の冒険者を襲った。後は察しの通りだな、誰が味方かなんか誰も分かってねーよ」
「あー……なら遭遇は避けたいですね。アリヴェーラ、頼む出てきて」
「……いいけどさ。探査すりゃいいんでしょ」
彼女と行動を共にしてからこっち、鞄の中に引きこもっていた彼女を引きずり出す。
ぴょこりと顔を覗かせるアリヴェーラは嫌々しげに返事をくれ、廊下の通路を指差す。
「まずこっち。そんで次の分かれ道で右に行けば誰もいないよ」
「オッケー。その調子で会場までのルートを頼む」
自然にやり取りを交わす俺とアリヴェーラの様子を見て、彼女は目を丸くしていた。
「あ、俺の使い魔なんです。人見知りなので表に出てきたがりませんけどね」
「……なあお前、そんな高度な魔法使えたのか?」
あっ。
全然使えませんが。
実は使えます、って俺より魔法得意な人に嘘吐いて通せるのだろうか……駄目そう。
「さあ。なんででしょうねあははは」
「……私はご両親からこの子にと託されました。なので使われてます」
いきなりの突っ込みに対応が少々おざなりになってしまった俺。
アリヴェーラはそんな俺を睨み付けると、すぐにフォローしてくれた。
言葉は硬いし小声だったが、正直助かったと言わざるを得ない。
ていうか言い訳上手いなアリヴェーラ。
完全に嘘ではないってところがそれっぽい。
両親……ちょっと変な感じだ。
そのまま受け取るわけじゃないけど。
「へぇ。なら、使い魔最初から出してりゃお前も気付けたかもな」
「あんまり目立ちたくなかったので……」
これは本当。
あとレーヴァンに目を付けられたくなかった。
「使い魔。会場までの道が分かるんだな」
「え、あ、はい……まあ」
「だったら数人までならアタシが対処してやる。最短距離を取ってくれ」
「あ、えと、それは……あの、アーサー……?」
唐突に話し掛けられて涙目のアリヴェーラだった。
なんだろう。
いつものギャップでちょっと可愛いと思ってしまった……って何を考えてるんだ俺の馬鹿。
「対処ってどうやるんです?」
「無視できるものは無視。向かって来たら気絶させる」
「分かりました。いいと思いますよ――なら俺が左側を対処しましょう。アリヴェーラ、最短で頼んだ」
「うん……やります」
いつもこのくらい殊勝でいてほしい声音で、アリヴェーラが再度ルートを調整する。
「このまま、まっすぐ」
俺が頷くのを合図に、同時に通路を駆け出す。
地下で刃を合わせた時に互いの実力のほどは把握しており、それは何の迷いもない動きだった。
左右に展開して指示通り一直線に突き進む。
宣言通り左側の邪魔者は片っ端から俺が、同じように右側は彼女が気絶させていく。
これは移動の最中に分かったことだが、冒険者同士だけでなく使用人とも争っている姿が見える。
――変身魔法。
多分そういう魔法をふんだんに使って、敵も味方もぐちゃぐちゃになっているのだろう。
「着いた……!」
強行突破でなぎ倒し、無事に辿り着いた。
地下への階段を駆け抜けると、奥に会場へ繋がる扉が見えてくる。
「内部の状況は!」
「……っ、戦ってる!」
アリヴェーラが叫ぶ。
確認はそれで充分だった。
あの中には貴族と、その護衛や使用人も居る。
奇襲紛いの手段が取れない以上、通路での制圧ほど上手くはやれないだろう。
それに、そんな簡単な相手ではないはずだ。
――相手の目星はもう付いていた。
こんなことを強行する連中で、それができる実力がある者は他にいない。
だから相手は間違いなく、逆賊の騎士達。
そしてマグリッド・アレイガルドは恐らく、会場の中に居る。
見つけた。見つけてしまった。
思ったより邂逅は早かったが、正直こんな形で遭いたくなんてなかったよ。
でも、お前しかいないだろ。
これだけのことをやってしまえるのは、お前を除いて他にいない。
――だからお前が何故こんな馬鹿なことをやっているのか、問い糾してやる。
「おねーさん、行きますよ!」
「おう」
短い合図。
扉を蹴破るように開いて、勢いよく会場へ侵入した。
「……っ!」
予想していた光景であり、それよりも凄惨なモノが視界いっぱいに広がる。
会場に広がる大量の血飛沫。
端に固まる貴族を守るように倒れ伏す冒険者、使用人、護衛の姿。
未だ立っている者達を襲うのは――金色の鎧で武装した――元神聖騎士。
それらの指揮を取り、今にも貴族の男を殺害せんと長剣を振り上げていた偽レーヴァンが、ぎゅるりと首を回転させ俺達へ振り返った。
「ああ、もう来てしまったか――できるだけ遠くに離したつもりなんだけどな」




