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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
44/107

44話 デッドライン②

 果たして屋敷のどこから続いているのかは不明な通路を進んだ先、着いたのは地下牢のような場所だった。


 まるで囚人か捕虜か何かを捕らえておくような、無骨な空間。

 通路の左右にある鉄格子の牢屋と頑丈な扉。


 歩いて間もなく、俺達の前にその惨状は映った。


 ――鎖に繋がれた少年少女が一人ずつ、丁寧に仕舞われている。

 彼らは光に照らされてなお微動だにしない。


 光を失った瞳は何も照らさず、何も見ていない。

 呼吸は浅く、意識は希薄。服は汚れたまま。


 ちゃり、と鎖が僅かに掠れる音がする。

 手足に繋がる鎖だ。彼らは真っ暗な牢屋内の半分ほどしか、移動する自由を与えられていない。


 ――隣でその光景を見つめるアリヴェーラの表情など、確認するまでもないだろう。


 この子達を見て、その全員が重犯罪者であるなどと俺は思わない。

 いや……もう言い切ってもいいだろう。全部非正規だ。


 最初から貴族の売り物とされるために連れてこられたのだ。


「……ムカつく」

「今すぐぶっ壊して解放してもいいけど」

「アーサーが責任持って逃がせるっていうならいいけど、できる?」

「……いや、そういうことするのは全部終わらせてからだな。ごめん、アリヴェーラが冷静かどうか知りたかった」

「なにそれ。ムカつく」

「ごめんって……後で殴らせてあげるから許して」

「意味分かんないしそれ殴った私が痛いだけだし、許さないし」


 さて。これはもう裏を取る必要などないだろう。


 ここに捕らえられている者達が全員それだけの悪事を働いた者達であったとしたのならば、それはもう俺の見る目が壊滅的に無かったというだけの話だ。


 だがそうはならない。


 冒険者ギルドでもいい。この町の憲兵辺りにでも話を通すでも良い。

 一度公にして彼らの身元を特定すれば、ここの連中は終わりだ。


 まだ売られていない段階であれば――取り返せるものはある。


 問題は、上には大量の貴族がいることだ。

 明らかに実力のある使用人もいれば、彼ら貴族に付き従う護衛の面々もいる。


 今彼らを解放しても、守り切って脱出するのは流石に無理。

 だから順序は考えなきゃならない。


「一応聞いておくけど、アリヴェーラ」

「何」

「報酬、なくなるけどいい? それに貴族叩くわけだから俺達の心象はめっちゃ悪くなる。冒険者も敵に回すかもしれない」

「アーサーじゃ勝てないってこと?」

「いや……それは大丈夫」


 彼らの戦力はちゃんと把握している。

 あれだけの風の魔法を扱う使用人に、貴族でありながらもレーヴァンの洞察力は普通じゃないけれど。


 その程度の連中に遅れは取らない。


「だったら問題ないでしょ。別に金とかも要らない。あと私、良いこととか正しいことしたいわけじゃない……ムカつくの。思い出すから」

「彼らを助けたいわけじゃないってこと?」

「そんなこと言ってないじゃん……でも、そうかもね。自由になればいいとは思うけど、勝手に助かればとは思うけど、私は助けたいんじゃない。ただ鬱憤を晴らしたいだけだよ」

「そっか。じゃあ助けよう」

「チッ」


 なんで今舌打ちされたの、俺。

 珍しく素直に物を言わない彼女に代わって宣言したというに。


 まあどっちにしたって助ける。

 こんな場面を見逃すようじゃ勇者じゃないし――例えそうでなかったとしても、俺は見捨てて逃げたりはしない。


「悪い。今は我慢しててくれ……俺の言葉は聞こえてないかもだし、信じてもいないだろうし、期待してもいないだろうけど。後で必ず迎えに来る」


 少年と少女ばかりが並ぶ牢へそう告げ、俺は通路を更に進む。


 ――抱いていた違和感に直面したのは、その時だった。


「何……? 何だよ、これ」


 長い通路。その途中の鉄格子の向こう。

 その鎖に繋がれた()()姿()を見て、俺は言葉を失う。


 ソレは半裸に剥かれ、鎖に繋げられていた。

 傷だらけの身体からは血が流れ、既に男の意識は消失していて顔を上げることはない。


 だが鎖に繋がれ――ぼさぼさに乱れた()()()()から見えた顔立ちで、俺は大きく眉をひそめた。


「レーヴァン……どうして奴と同じ姿の男がここに」


 その姿は見紛うはずはなく。

 アルヴァディス・レーヴァンの変わり果てた姿が、そこにあった。


 傷の具合から見て何日も前から放置されていた、というわけではない。

 まだ生きてはいる。だがこのまま放置されれば長くはないだろう。


 つまり、なんだ?


 俺の中に生じていた違和感が、少しずつ解かれていく。


 あの時現れたレーヴァンは、貴族とは思えぬ存在感を放っていた。

 立ち振舞いこそ貴族のそれだが、彼が持つ圧はまるで別物。


 あの軽薄さと軽い口調の中に、歴戦の戦士のような風格が備わっていた。

 実際にそれは正しく、気配を消していた俺も一瞬で見抜くほど。


 では、この男が本物のアルヴァディス・レーヴァンだった場合――。


 俺と話したレーヴァンを名乗る男は、()()()()

 彼は、何をしようとしている?


「……アリヴェーラ、ちょっと状況が変わった。今すぐ上に戻ろう」

「何? どうしたの……その男がレーヴァンって、貴族ってことだよね」

「そうだ、多分こっちは本物。俺と喋ってた方が成り代わってた何者かだ」


 彼が、偽物が俺を追い出した理由は明確にある。

 俺が廊下へ行きたがっていることを察知した上で、それでも俺を望み通りにさせた理由……。


 そういえば、彼は貴族の数を確認していた。

 十七人、それで集まっていると口にしたことまでは覚えている。


 別に数を数えること自体は不思議でもないだろう。

 本格的な催しも、全員が集まっていることを確認してから普通は始まる。


 しかし、彼は他にも()()()とも言っていた。

 ……別の会場にも集まっている貴族がいる? いいや、それは考えにくい。


 警備はあの会場を中心に守るように設計されている。

 強力な冒険者を外周に配備し、侵入自体を防いでいる構造だ。


 肝心要の守りはFランク冒険者と頼りないが、そこは自前の護衛達の実力でカバーしている。

 冒険者がもし牙を剥いても対処できるよう、一番大事な部分は信用の置ける者に任せているのだ。


 だが、レーヴァンが本物でなかったのならば話は変わってくる。

 強力な冒険者を外周に配備し、俺を追い出したのは。


 それは俺が邪魔だったから――?


「不味い。レーヴァンを騙る何者かは、貴族全員を虐殺するつもりだ!」


 その結論に到着した瞬間、俺は身を翻した。


「ちょっと待って、どういうことよ?」

「ちゃんと説明するには時間がない! とにかく、偽物は貴族を殺すために会場に集めてる!」


 そして、彼は()()()()()とも言っている。

 だとすれば、もう始まっている可能性がある。急がなければ。


「アリヴェーラ、さっきの転移魔法をもう一度使えないか?」

「すぐには無理! そこまで連続使用できる魔法じゃないし。ねぇ、アーサー」

「何か考えでもあるのか?」

「――それ、助ける必要あるの?」


 駄目なら入口から戻るしかない、と走り出した俺の左手を掴んでアリヴェーラが叫んだ。

 その台詞を受けて、俺は彼女へ首を向ける。


「焦る必要なんかなくない? 悪い奴らだよ?」

「……そうかもしれないけど、だからって殺しちゃ駄目だ」

「なんで? アーサーだってこの子達を解放しようとしてるじゃん、なら好都合」

「駄目だ。悪いことしたならちゃんと捕まって、裁きを受けるべきだ」

「はぁ? ……アーサーの言ってること、全然分からないよ」


 憤る彼女の頭をそっと撫で、俺を前へ向き直る。


 分かってる。彼女と俺の常識は根本から違う。


 きっと向こうには、人間が敷いている最低限のルールとかはないんだろう。

 少しヘマをすれば、敵対すれば、邪魔であれば殺す。それがまかり通る場所だったのかもしれない。


「ごめん、俺もちゃんと答えられない。今は駄目だとしか言えないけど……あとで一緒に考えよう」

「あとでって……! 分かったよ、今は納得してあげる」


 渋々と頷くアリヴェーラ。

 強引で悪いが、分かってくれたのなら今はそれでいい。


 牢屋がある通路を抜け、出口がある上方へひた走る。


「さっきのはもう使えないんだよな?」

「使えない、そこまで気軽に使えるものじゃないからね」

「なら代わりに屋敷内の探査を頼めるか? たとえば戦闘が起きてないかとか知りたい」

「それならできるけど――えっ、アーサー、前!」


 突如声を張り上げた彼女に遅れ、俺もそれに気付く。


 先んじて探査を行ったであろうアリヴェーラが見つけたのは、進行方向で高まる魔力と殺気だ。


 刹那、奥の方から硬い壁か何かを破砕する轟音が響いて。

 衝撃で吹き飛ばされた使用人の女が、物凄い勢いで転がってきた。


 どうにか支えるように受け止め、俺は声を掛けるも――反応はなかった。

 口から血をはき、ぐったりとしている女をその場に横たえる。


 吹き飛ばされる際に大きく腹をえぐられたのだろう。


 肌が見えるほど破けた衣類の下、右脇腹が打撲により変色している。

 息は辛うじてできているものの、骨まで盛大に折れている。


 他には剣による切り傷が幾つか。

 浅いものもあれば、肉まで深く斬られている箇所も見える。


 誰かと交戦した結果、恐らくはここへと繋がる入り口を突き破って飛ばされたのだろう。

 とんでもない馬鹿力だが……。


「……来てるな」


 俺は近付いてくる存在に身構える。


 ――素早い足取りで、ソレは来る。

 荒れ狂うような赤と青。

 一対の双剣にそれらの魔力を纏わせて、見知った顔が視界へと映った。


「パスタくれた……おねーさん?」

「あん? あん時の奴じゃねーか」


 やってきたのは、意外な人物だった。

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