42話 依頼に潜んだ裏を探れ
血みどろの一幕からややあって、会場の護衛は始まっていた。
現在、レーヴァン家には総勢約十名ほどの貴族達が時間差でやってきている状況だ。
まだパーティ自体は始まってはいないため、夜にかけて更に増えるらしい。
彼らは皆屋敷から地下へ繋がる階段を進んだ先、地下の会場へ集まってきている。
冒険者が集められた大部屋よりも遥かに広く、円形状にくり抜かれた空間だ。
赤を基調とした空間を天井の魔力灯が真昼の如く照らし、王宮もかくやというほど華美に取り付けられた金装飾を輝かせている。
意図して豪華にした、という気概すら感じる様相であった。
その中央に、豪華な空間の中でも更に異彩を放つ場所がある。
なんだろうか、これは……。
それは真四角の広いステージのようなものだ。
設置された台座か何かの四方を囲んでそれぞれ円柱が立っており、他の場所のようにテーブルやソファなどが置かれているわけでもない。
つまるところ、まっさらだ。
部屋の中心かつ結構なスペースを使っているにしては、用途が不明。
俺はといえば、そんな柱の辺りを意味もなく歩いている。
何故か? それは――既に会場にやってきた貴族達の食事光景を視界から遠ざけたかったからだ。
あと匂いもできるだけ嗅ぎたくなかったが、それは無理だった。
「はぁ……拷問だ。これ」
思い思いにむしゃむしゃ食事を取っている彼らを見ないようにしつつ、中途半端に空腹な腹がきゅるると俺の嘆きに返事をしてくる。
――そんなわけで、俺が任された警備場所はパーティ会場内部であった。
冒険者達は大雑把にランクごとで人員を割り振られ、高いランクの者は基本的に屋敷の外周に配備されている。
中間ランクの者は屋敷内の廊下などに、そして俺達Fランクは会場内を見張る警備のようなもの。
しかし他の冒険者達は、皆落ち着かない様子で会場をうろうろしている。
見るからに慣れていなさそうな若者が多く、何をしていいのか分からないといった顔だ。
うん、まあ。そうだろうさ。
かくいう俺もその中の一人なのだから。
――警備とか、本当に必要? いらないのでは?
貴族一名に必ず付いている護衛を眺めつつ、俺は伸びをしながらそう思っていた。
その護衛は貴族が自前で連れてきている者達で、冒険者から選出しているわけではない。
加えて、配備されている冒険者が要らないと思えるくらいには個々の練度が高めだ。
それを考えると、どう考えても冒険者が場違いなだけであった。
この会場の華美さと浮いている、というか。
あと、度々食事を運んだりしているレーヴァン家の使用人がそもそも強い。
目の前でCランクの大男を切り刻まれた光景を見せつけられた冒険者達にとって、もはや驚異はここの使用人そのものであろう。
厳重過ぎる。
――まぁ騎士団が襲ってくることを想定するなら、やりすぎくらいが丁度いいのかもしれないが。
というか、そんな状況が見えるならパーテイなんか開くなと言いたい。
まあ本人が開かざるをえないみたいなことは言っていたし、俺如き平民が口を挟んでいいものでもないけど。
「……しかし、あの人はいないんだな」
俺は会場内を適当に見回りつつ赤髪の彼女の姿を探していたのだが、姿はどこにも見えなかった。
「あとレーヴァン……様も見えないけど」
忘れずに様を付けつつ呟き、俺は思案する。
単に彼女のランクが高く、外周や廊下などに配備されているだけかもしれない。
それともまさか、早速狙われているのだろうか。
あの容赦のない姿からは想像できないが……。
流石にないとは思う。
「流石はレーヴァン殿ですなぁ。如何様な状況でも開催に踏み切ってくれると思っておりましたよ」
「いやはや、冒険者を駒代わりに雇うとは、私では考え付かなかったものです」
「少々平民臭いのが気にかかりますがねぇ――んん?」
――俺の背後で、そんな声が聞こえる。
振り返ってみれば、貴族らしい貴族といったふくよかな男達二名が護衛を引き連れて談笑していた。
新しく部屋へと入ってきた者達だろう。
ああ、貴族……という感じだ。俺の記録にもある。
うん。その腹になるのだけは分からないでもなかった。
あれだけ美味いものを生まれてから今日まで日常的に食っているのだ、仕方ない。
「おいそこの」
彼らはこちらにやってくると、俺の方へ向かってそう言った。
……なんで俺なんだろうか。
他にも警備の冒険者はいっぱいいるだろうに――と。
見渡してみれば、彼らは皆目立たない端の方に隠れていた。
なるほど。
確かに何もないとはいえ、中央にこんな臭い奴が立っていると目立ってしまうのかもしれない。
「はい。なんでしょうか」
観念して頭を下げ応対すれば、片方の男が鼻を鳴らした。
「はぁ、弱そうな顔に、身体だなぁ……本当に私達を守れるのか怪しくなってきたものですな」
「はっは、ピザルス殿、そう真実を言ってやるものではありませんぞ?」
「いやいや大金を払って雇っているのですから、仕事は果たしてくれませんとなぁ、チーザー殿」
頭を下げっぱなしの俺の前で、ふんだんに嘲笑を投げ付けている彼ら。
どうして冒険者のやる気を削いでくるのだろうか。
ところで、いつまで頭下げていればいいんだろう。
「おい。レーヴァン殿はどこにいる?」
えっ、それ俺に言ってる……?
いや口調的にそうだろうけど、俺に聞くのか。
「……ええと。分からないです」
「っは! 使えぬ奴め! 戦えもしなければ質問にも答えられんのか!」
えぇ……。
「まぁまぁ。むしろこのような子供が知っていると考えるのがいけなかったのでしょう」
「フン。全く、立っているだけでイライラさせてくれる。貴様のような奴がのうのうと生きていることが恥ずかしい」
「しかし、余興には最適でしょうなぁ」
「あぁきっとレーヴァン殿はそのために呼んだのでしょう、まことに慧眼であらせられる――何を見ておるか、さっさと退け!」
好き勝手に話していた彼らは、突如俺の肩を突き飛ばしてくる。
仕方ないのでそのまま後ろへ飛ばされると、彼らは用もないはずの中央を歩いて奥の方へ歩いていく。
護衛として傍に付いていた男達二名は、俺を警戒するように睨んでいたが……。
なんだろう。俺が悪いことしたみたいなのは釈然としないんだけど。
「ていうか、外にもいないのか」
どうやら彼らもレーヴァンを探していたようだ。
どうか一生見つけられずに帰って欲しい、という冗談はさておき。
今、妙なことを言っていたな。
余興――とはなんだろうか。
毎度パーティを開いていることから、彼らにとっては常識ではあるのだろう。
あまり良い催しではなさそうだけど。
「……少し、聞いてみるか」
俺は右耳に手を当てて身体強化を施し、軽めに聴覚を強化して会話を盗むことにした。
この部屋は広く、普通に聞き耳を立てるだけでは十数名全員の会話は聞き取れないからだ。
当然、このやり方では雑音が多く入る。
無差別に音を拾えば食器を動かす高い音だけで耳が破裂してしまうため、人の声だけ良く拾えるように調整。
――多くの会話が俺の耳を流れていく。
基本的には取るに足らない会話だ。
まず他人の話、子供の話、婚約の話、そういったまるで関係ない話は置く。
政治の話も関係ないから省く。
冒険者達の会話も混ざってくるが、それも俺が聞きたい話題ではない。
俺が知りたいのは、このパーティ特有の事情が掴める話だ。
……あ、今レーヴァン家の使用人に料理要求してる奴いる。
却火竜のステーキを――生で? ……生? え? 何? 肉を生で食べるの?
しかもデザートに林檎のケーキまで? 先日採れたてですって? そんな……。
――閑話休題。
しばらく彼らの話を盗み聞きしていた俺は、一旦聴覚の強化を解いた。
そろそろ耳が痛くなってきたというのもあるが、幾つか気になる台詞も耳に入っている。
「……けど、少し想定とは違うな」
俺の耳に入ってきたものの中で頻出し、中でも気になったのは「地下へはいつ行ける」「今日は品揃えが良い」「私達の番はまだ」「金は積んできた」など。
余興やら俺達冒険者が何か……というよいりは、パーティを通じて何か商売を行っているのが伝わってくる感じだ。
ただ、雰囲気が普通の商売のそれではない。
「地下……? ここではなく」
頭を整理するため、小さく言葉にする。
この会場自体が屋敷の地下にある。そのため、地下が指す場所がここではないことだけは分かる。
そして、商売が行われるのはその地下で。
大金を持ち込む貴族までいる――つまり、普通の商売ではない。
しかし、宝石類や高等な魔法道具、或いは調度品などはわざわざ貴族を呼んで地下でひっそり、とはならない。
そこから想定されるのは……奴隷売買だ。
貴族達がここまで話していて、明言を避けているのも引っ掛かる。
俺は顔をしかめ、足元の先にあるかもしれない地下を睨んだ。
奴隷売買。
後ろ暗い商売だが、その全てが禁止されているわけではない。
人が奴隷になるのは様々な理由こそあるが、正規の手順さえ踏んでいるのなら、それは許された商売だった。
奴隷堕ちする理由は様々だが、基本は相応に悪いことをしなければそうはならない。
後は借金の果て、自分の身を対価に奴隷となるならそれも自業自得だろう。
そうやって人としての権利を失った者が、奴隷へと堕ちていく。
――それと、人形の魔物をも奴隷とする事情は、俺も知るところ。
とまあ理由は様々だが、それとは別に、非正規に奴隷に堕ちる者が居る。
例えば俺があの日にごろつきに攫われた場合、行き着いた先は奴隷だったかもしれない。
そういった手段で奴隷となるのは、当たり前だが全て非正規。
そういった商売を日の当たらぬ地下で行うのは、非正規な売買である可能性があるということ。
当然こちらが認められているはずもないが、一度奴隷になってしまえば過去の事情など関係がない。
一度焼印による契約が為されてしまえば――取り消すことはできない。
その可能性があるのなら、流石に黙っているわけにはいかないだろう。
「よし」
ジャックはこうした事情があった時、妙な正義を持ち込まぬように忠告してくれたのだ。
うん、まあ確かにその通りだ。
けれど、可能性を考えていたのなら俺に話を振るべきではなかった。
いや……それは破ろうとする俺が悪いか。
彼はちゃんと、金を稼げる仕事を回してくれたのだから。
そうと決まれば話は早い。
俺は自分の気配を極限まで絶ち、部屋の端の方へ移動する。
やるべきことは、事実確認。
一通り屋敷を確認して、何もなければそれでいい。
あったとして、怪しくなければそれでいい。
非正規かそうでないのかを見分けるのは……まぁ、実際到着できたら考えることにする。
人目を避け、入り口の扉へと向かう。
誰も意識などしない警備の立場だ、それもやりやすかった。
あっという間に扉までは到着する。
ただ……本来俺達が警備する場所は会場内。
普通に出ようとすれば不自然だ。どこへ行くのか聞かれても適切な答えは返せない。
ならば最初からいなかった方がいいはずだ。
Fランク冒険者が一人いなくなったところで、誰も覚えてなどいないだろう。
気配を絶った俺に意識を向ける者はいない。
もう誰も俺を見ていない。
あのピザルスにチーザーとかいう奴も俺を気に留めていないのは確認済。
なら、次に誰かがこの部屋に入ってきた時に、入れ替わりで扉を抜ける――それだけだ。
食事を運ぶ使用人だった場合、気付かれる危険があるため止めておくが。
会場全体へと気を配りつつ、俺はひたすら次に扉が開くのを待つ。
やがて、その時は訪れた。
向こう側から、誰かが扉に触れる接触音。
ゆっくりと開かれた扉に合わせ、俺はその隙間を――動きを止める。
扉を開けたのは、レーヴァンだったからだ。
彼は開け放ったその位置で停止する。
僅かに視線を移動させて――気配を断っていた俺を、いきなり凝視してきた。
おいおい。
こっちは気付かれないように位置取り考えてるのに……真っ先にこっち見てくるって、何。
やっぱり、このレーヴァンとかいう男は只者ではない。
彼は柔和な笑みを浮かべ、目を細めた。
「おおっと。実に良い働きぶりだ。どうやら真面目にここで警備をしてくれているのは……君だけみたいだね?」
ちょっとした報告。
やばい。出社が始まる――。
流石に出社が始まると、疲労やばすぎで毎日更新できないかも……。
なので、途中止まったりすると思います。
消息不明にはならないので、気長に待っていただければ……!




