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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
41/107

41話 代表者と呼ばれた者は

 扉を盛大に開け入って来たのは、赤紫の貴族服に身を包んだ――予想に反して、美丈夫であった。


 彼が目深に被っている尖った帽子を外せば、清潔で艷やかさのある金髪が露出する。


 もう少し体に緩みのある人物がやってくると思っていたが……。


「暑苦しくて敵わんな、こりゃ」


 切れ長の目を片方細め、彼は室内の湿気を嫌がるように手で払いつつ――こちらを見てくる。


 俺を、じゃない。

 正確には俺の隣にいた赤髪の女の顔を、だろう。


 彼の口元が丸く開かれるのが見えたが、あれはきっと「おっ」と呟いたに違いない。

 直後に笑みを作ったことからも、完全にマークされているのが窺える。


 その視線に気付いたか、彼女は短い舌打ちを鳴らしていた。

 事前に俺にもたらされた情報でその可能性があることを知っていただけに、実際に狙われるとなれば警戒は一潮であろう。


 しかし、彼はその場で手を出して来ることはしなかった。


 彼は背後に控えていた使用人へ帽子を渡してから、声を張り上げる。


「諸君、方々からお集まり頂き感謝する! 私はこの町で商人をやっている――アルヴァディス・レーヴァンだ。知っている者はいつもご贔屓にどうも。知らなかった者は俺の名を覚えておいてくれ」


 何か演説的なものが始まっていた。


 彼は気障な笑みを浮かべると、片手をひらひらと振りながら部屋中に視線を配っていく。

 ただ、どこか透き通るような声は不思議と耳触りもよく、抵抗なく頭に入ってくる。


「さて、一体何の依頼をさせられるのか不安だって者が一部見えるね。仕方ない、なにせ伝えていないのだから。しかし勘の良い冒険者諸君は気付いているのかもしれないな――じゃあそこの君、答えてみようか」

「えっ……俺ですか?」

「ああ、君だ。体格の良い大剣君」


 彼に指名されたのは、最初に俺をガキだとけなしてきた男だった。


 男はソファーからゆっくりと立ち上がると、驚きを隠せない様子で頷いている。


「……いえ、分かりません」

「分からんかぁ。……まあいい! では冒険者の代表者として前に出てくれ」


 気障な動きと共に手を差し伸べられ、彼は訳も分からずにのそのそと扉の前まで歩いていった。


「ではそこに立っていて貰おう」


 レーヴァンの指示に従い、冒険者の男が指定された位置で止まる。


「うむ。中々に良い体格をしているね、この私が見上げるほどとは恐れ入った。それでこそ冒険者というものだ。ああ冒険者たるもの、やはり屈強でなくてはね」

「……あの、俺が冒険者代表ですか?」

「そうだとも。さて、では皆聞いてほしい――!」


 ――そこで俺は、嫌な魔力の流れを僅かに感じ取る。

 しかし、その感覚を行動で示すには少しばかり遅過ぎた。


 ひゅん、と風が凪ぐ。

 レーヴァンが右手を合図のように上げたのと同時だった。


 ――入り口前を横切る風の刃が、男の両腕を半ばから切断した。


 鎧の関節部の隙間を狙って放たれた明確な攻撃だ。


 がしゃり、と金属音と共に腕が床へ転がる。


 赤い鮮血が床を濡らし、男はそこで初めて自分が斬られたことを認識した。


「――あぁ、ああぁああぁ!」


 ない腕を震わせてその場に崩れる――いや、今度は両足を膝から切り飛ばされ、男は顔面からレーヴァンの足元へと転がったのだ。


 レーヴァンは下を一瞥した後、声高に叫ぶ。


「近頃、貴族を執拗に狙った殺人が相次いでいるのはご存知かな? ああ冒険者なら知っているだろうが、騎士団崩れの逆賊共だ! ――彼はその逆賊が冒険者として送り込んできた、密偵である」


 それまでの衝撃的な一幕で沈黙に包まれていた会場が、ざわつく。


 俺は止めに入ろうと腰元の柄に手を添えるまではしていたが……そのまま動けないでいた。

 今から前に躍り出ても意味がない。


 アレはもう、助からない。

 それこそ神官ルナーリエクラスの回復魔法を使える者がいなければ、腕も足もくっつけられないだろう。


 この場にそんな高位魔法の使い手は、恐らく存在しない。


「ち、ちげぇ、俺はそんなのじゃねぇぞ! 貴族だからってなんでもやっ――」

「Cランク冒険者パリス・イーグロッド君。ソルネ村で逆賊の一人と密会してすぐ、この依頼を受けたようだね。お金を沢山積まれてこんなことしちゃったのカナ?」

「がっ――!?」


 レーヴァンの一声で風の刃が踊るように吹き荒れた。


 がいんと硬質な衝撃音。

 うつ伏せに倒れる彼の鎧が、無慈悲に剥がされていく。


 その風の魔法を使っているのは、彼ではなく――背後に控えていた二名の使用人だ。


 その中には、俺を案内してくれた使用人も一名混ざっている。

 彼女達はただの小間使い以外に、護衛の役割も果たしているのだろう。


 それにしても、鉄鎧を風で圧縮した刃で削ぐなど力技にも程があるが……。


「あれ? おかしいな。パリス君は俺は違うと言っていたはずだけど……この背中の鎧に張り付いているのは通信用の魔法道具かなぁ」


 削れた鎧の破片一つを裏返したレーヴァンが、そこから何かをべりべりと引っ剥がす。


 大きく腕を上に上げ、それを高らかに掲げた。

 明かりに照らされて輝くのは円盤状の何か。


「なっ……俺はそんなの、知らねぇ!」

「知らないか。でも私は知っているよ。依頼を受けた冒険者は調べているからね」


 そして彼は、にっこりと切れ長の目を細めて笑みを浮かべると。

 男が転がった時に落とした大剣を自ら拾い上げる。


 血に濡れたそれを天井まで振り上げると――躊躇なく男の首を切断した。


 それで、呆気なく男の人生は終わりを迎えてしまった。


 切り離された頭部が転がる。


 返り血をその身に浴びながら、レーヴァンは大剣を放り投げた。


 重たい鉄が水音を跳ね飛ばし――最前列にいた冒険者全員があまりの光景に退いている。


 しんと大部屋が静まり返る中、最初に口を開いたのは彼だった。


「イヤー、怖かったなー! まさか依頼を頼んだ冒険者の中に私を殺そうとする者が居るだなんて!」


 ……白々しいが過ぎる。


 彼は冒険者を調べていると言ったのだ。


 そして一人を指名した上で、最初から見せしめのために殺した。

 証拠品の魔法道具まで晒し上げにされたとあっては――例えこの場で他に貴族を狙おうとする者がいたとしても、迂闊に行動に出せない。


 彼が本当にこの人数の冒険者全てを調べているのかは定かではないけれど。

 しかし、逆らった瞬間には殺される。彼はそれだけの力を持ち合わせている。


 今のはそういう牽制だ。


「こほん。そんなわけだけど、怖いからって身をくらませるほど私は暇してなくてね。今日も普段通りパーティを開かなきゃいけない。諸君には今日一日だけ会場の警備をして欲しいんだけど、どうだろうか。この人数守ってこれだけのお金が手に入るって、ちょっと簡単過ぎたかな?」


 その言葉に口を挟もうとする者はいなかった。


 俺は大げさな手振りでそう語りかけている男を遠巻きに眺めながら、気取られないよう眉をひそめる。


 妙な噂が先行していたためどこか舐めていた節はあったが……どうやら、とんでもない依頼に参加してしまったらしい。


 しかし、騎士団か……彼らが貴族を無差別に殺しているということは知っていたけれど。


 本当に、マグリッド・アレイガルドは何をしている?


 それに、世界は平和になったのではなかったのか。

 勇者アルテという世界最後の脅威を取り除いて、それで何故騎士団だった者達と争っているんだ?


 ――これではまるで、勇者の戦った軌跡が全て無駄だったのだと言われているみたいじゃないか。

 結局何やったって争うんだったら、勇者がいようがいまいが、魔物が襲ってこなかろうが何も変わらないじゃないか。


「……だったらあいつは何のために殺されて、俺を生んだっていうんだよ」


 ――死ぬ思いで戦って戦って戦ってその果てに殺されて、それでも誰も傷つけなかった男の死は、何も報われていなかった。人は今だって、人同士で醜い争いを繰り広げている。


 そりゃ、ごろつきやチンピラみたいなのがいるのは分かってるさ。小競り合いまで全部なくなるとは思ってない。


 ……でもこれは違うだろ。

 こんなのは、戦争と何が違うんだ?


 俺はその事実を噛み締めるように、しばらく両手の拳を握り締めていた。

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