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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
40/107

40話 依頼の始まり

 ――つまるところ、彼女は何も知らずに依頼を受けていた。


 彼女が依頼を受けたのはこの町、商業都市レイスではない。

 ましてやエールリでもなく、逆方向に行った先の町からである。


 アルヴァディス・レーヴァンは今回の依頼を幾つかの町まで流しているようだった。

 俺がエールリから依頼を受けてやってきたように、彼女もそうしてやって来た。


 ただ、俺とは違ってあまり親切な説明とやらは受けていないらしい。

 まあ大した情報は俺も得ていないが。


 ――少なくともジャックなら、女冒険者にこの依頼は絶対受けさせなかっただろう。


 で、彼女は依頼を受けて屋敷までやってきて、まず奇異の視線に浴びせられた。

 それはそうだろう。少なくとも部屋に居る連中に他に女はいない。


 当主の性格を知ってなお参加してくる女冒険者は少ないに決まっている。

 どのような理由であれ、今回の場合は性別が女性である時点で目立つはずだった。


「……まぁ。俺も知っているのはそれくらいですよ」


 俺は親切にも彼女に知っている情報を伝え、同じ席に座っていた。

 なんで結局席を共にしているのかまるで分からない。

 とはいえ知りたいというのなら、別に意地悪して教えない理由もなかったわけで。


「あんがと。ま、別にそういうことならいいや。分かってりゃ問題ねぇ」

「本当に……?」

「仮にケツ触ってきたらぶち殺す。それだけだ」


 彼女は犬歯を剥き出しに笑って、握り拳を空中へ放った。


 そういう問題ではないんだけどな……。

 下手に抵抗すると、貴族の気に触れるって問題が絶対にあるのだが。


「てかアタシなんか狙うのは馬鹿だろ。どんな男が狙うってんだ」

「……ええと、それはどうなんでしょう」


 ――()()()とは。

 彼女は自分の容姿をけなして、そう言っているのだろうか。


 俺から言わせれば、別にそんなことはない。

 そういう評価を俺がすること自体が――烏滸がましいのかもしれないが。

 ちょっと顔は怖いし、目元と眉間の皺に強面の貫禄はあるけれど、それでも整っている方だとは思う。


 それに、顔の問題ではない。

 もっと言えば年齢の問題でもないらしいのだ。


「当主様、性別が女であれば誰でもいいらしいですが」

「は、そりゃ嘘だろ。使用人の顔見たか? 良いツラした女で固めてたじゃねーか」

「そこまで見てませんでしたよ。そうでしたっけ」


 屋敷入りした時は緊張もあったし、この家自体を観察していてそれどころではなかったのだ。

 ただ言われてみれば、綺麗な人だったような気もしてくるのが不思議だ。

 多分言われたからそう思ってしまうだけということもありそう。


「はぁ……」


 俺はそこで顔を下に向け、溜息を零す。

 腹から鳴る音を聞いて、朝から何も食事を取っていなかったことを今更ながらに認識したのだ。


 水を飲んですっきりしたものの、先日の夜に無理矢理飲み込んだ異常な食べ物のせいで食欲が失せていた。


 だのに、それがここに来て空腹という脅威になって戻ってくるとは。

 ルル、恐るべし。あの薬品漬け余り物料理が頭に浮かぶだけで発狂してしまいそう。


 ……よし、思い出したら少し空腹を抑えられたぞ。


「おい。食うか?」

「え、いや……お腹減ってないです」


 そんな葛藤を悪夢の如き想像で潜り抜けていると、脇腹を突かれた。

 見れば、彼女はフォークに絡めたパスタを持って静止している。


「腹減ってねーはどう考えても嘘だろ」

「……人の奪うほど俺は卑しくないです」

「あっそ。ならあげねぇ」


 そんな俺の態度に鼻を鳴らし、彼女はフォークに絡めたパスターを口に咥えた。

 口を動かしている姿を見るだけで腹が減りそうだ。

 俺は視線を彼女から離す。


 というかそろそろ離れよう。

 ――と。俺の口に、いきなりパスタを丸めたフォークが押し当てられた。


「んむぐっ……!」


 半ば有無を言わさずに放り込まれる。

 無理矢理に舌の上に乗せられたパスタと、絡まるソースの味が口内一杯に俺の中へと広がっていく。


 ――美味い。

 なんだこれは。このクリーミーで濃厚なソースの甘みは……! もちもちとしたパスタの食感はなんだ……! それらが互いに絡まり、互いを美味しさの極致まで引き立て――なんだこれは!

 空腹に溶け込み、俺という存在を蹂躙していく満足感と幸福感は、喉を通って胃に流れ込むにつれて増していく。


 ちゅぽん、と。

 彼女の手でフォークを抜き取られ、俺はそこではっと気付いた。

 思わず舌鼓を打ってしまっていたことに。


「おま、なんて顔してんだ……顔がへにゃってやがる」

「へにゃ……そんな顔してませんよ。そんな、ちょっと美味しい……とても美味しかったくらいで」

「素直過ぎる感想じゃねーか」


 当たり前だろう。

 俺の旅の目的の半分はこの世の様々な食物を食べることなのだ。

 特に絶望の青い飯を食った直後にこんな美味いパスタを口に含んでしまったら至福以外の何物でも――。


「……取り乱しました」

「いいよ、全部やるよ。お前が食うべきだよもうそれは」


 彼女は俺の右手にフォークを握り込ませると、更にまだ半分ほど残っていたパスタを俺の前に滑らせた。


「ええっ、ほんとにぃ……? 返しませんよ?」

「うるせーな。食えよさっさと」


 ばしん、と強く背中を叩かれる。


 けれど今の一言――いや一口で俺の腹が急速に減り出してしまった。

 これはもう我慢できないぞ、と貰ったフォークで他人様の食事に手を付ける。

 食べ終えて、俺は鞄の中でもぞもぞと動いている何かを思い出した。


「……あ」


 口元にクリームを付けたまま、俺は鞄の中を見やる。

 そこからぎらりと鋭く光った目だけが俺を射抜いているのを確認し、そっと紐を縛った。


「……っな! あっ! こら、ちょ――」


 唇を舌で舐め取って、俺は静かに目を閉じる。


 忘れてたんだよ。本当だよ。空腹は俺だけじゃなかった。

 でも、非常に申し訳ないがおすそ分けできる状況ではない。


 今、アリヴェーラを外には出せないし。

 それにいきなり鞄の中にパスタ流し込んだらそれはそれで変人過ぎる。ていうか奇行過ぎる。


 確か保存食の残りが少しだけあったはずだから、どうかそれを食べて青く淀んだ心を落ち着かせて欲しい。

 俺はそう願う。


「そういえば、これってどうしたんですか?」


 フォークを空の皿に置いて聞くと、彼女は首を傾げてきた。

 今更聞くのかよと言いたげである。


「使用人呼べば好きに食えるけど。食ってんのアタシだけじゃねぇだろ?」

「えっ。あ、それで……はぁ。なるほど」


 確かに他にも食事を取っている冒険者は居る。

 ほとんどいないというか、一部のごく僅かな奴らだけだが。


「知らなかったのかよ」

「……知りませんでした。今度は俺が教えられる番でしたね」

「でも金は掛かる、その日の飯にも困ってんなら食うべきじゃねーからな」

「マジ、ですか」


 今、半分食っちゃったんだけど。

 ていうか明らかにお上品な感じの料理で、すごく美味しかったんだけど。

 もしかして高いのでは? もしかしなくても高いかも……。


「申し訳ないです……」

「別に。ほらもう行けよ」

「う、うおっと」


 今度は逆に背中を押されるようにして、俺は彼女から突き放された。


「あの、その前に――」


 名前でも、と言い掛けたが。

 彼女は扉の方へ顔を向け、俺の言葉を遮ってこう言った。


「来たぜ、依頼人がな」

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