39話 レーヴァン家に集う冒険者達
依頼場所は商業都市レイスの一等地、レーヴァン家。
依頼主は当主、アルヴァディス・レーヴァン――稀代の女好き。二十四歳と若め。
依頼内容は不明。多分護衛だが、他に何かをやらされる可能性大。
事前情報は以上。
今朝に依頼を受けてすぐ街道を進み、昼頃には商業都市レイス入りを果たした俺達。
都市では寄り道もせず、レーヴァン家の屋敷へと足を運んでいる。
屋敷の入り口には数名の使用人(全て女性だった)が立っていた。
依頼書を見せ、俺の名前とランクを告げるとすぐに中へ案内される。
貴族の屋敷に入るというのは、アーサーとしては当然ながら初めての経験である。
どこか緊張しながらついていき、案内されるがままに大部屋へと入ると――そこには数十名を越える冒険者達が思い思いに座っていた。
「うわ。冒険者、結構いるな……」
「時間までこちらでお待ち下さい」
俺の呟きと共に、背後で使用人が扉を締める音が聞こえる。
ぎぃ、と。扉が締まったその音に反応してか、幾人かが俺へ視線を投げてきた。
「……ガキかよ」
真っ先に近場の冒険者から暴言混じりの溜息を貰い、俺も同じく溜息を吐く。
隠しもせずにそう吐き捨てたのは、大剣を持ちソファに腰掛けていた黒髪の男だ。
重装備の防具に細かな傷が見えることから、冒険者としては長いのかもしれない。
「アリ――あ、もういなかった」
俺は少しでも奇異の視線から逃れるべくアリヴェーラを鞄に入れようと思ったのだが、自発的に鞄へ隠れていたようだ。
この人数で、相手は冒険者である。
部屋に入った瞬間にはとっくに逃げ込んでいたのだろう。
俺は男を無視して横を通る。
幸いにしてそれ以上の接触はなかったため、俺は安心して空いたスペースを探すことにした。
部屋はかなり広い。
魔王城の広間ほどではないが、数十人を余裕で収容できる広さである。
それに豪華さは段違いだ。
既にここがパーティ会場の一角なんじゃないかと疑うほど。
部屋には高そうなテーブルや椅子、何なら美味そうな食事を取っている冒険者の姿も見える。
どういうこと?
腹も減っていたこともあって食事をしている冒険者を眺めていると、パスタを啜っていた一人の女と運悪く目が合ってしまった。
――あ、狙われるじゃん、と最初に思ってしまったのはいけないことだろうか。
それは、真っ赤な髪を肩上まで切り揃えられた女だ。
野性味の強い、そして目付きの悪い三白眼が俺を睨み据える。
特徴的なのは、鍛え抜かれた肉体であろうか。
関節や局部を守る最低限の装備しかしていないため、衣服に守られていない腹筋が割れているのが見える。
そんな彼女の得物は腰元にある二本の直剣だ。どちらも細身で長く、俺の細剣より大きい。
あれを存分に振り回すため、動きやすさ重視で装備を整えているのだろう。
「オイ、何見てんだよ?」
「いや……なんでもないです」
あ、やばい目を付けられた。
彼女から即座に目を離して、俺は方向転換する。
しかしさっさと退避しようとした瞬間――背後から首根っこを掴まれた。
そのまま力任せに引きずられ、俺は彼女の座る席へ背中を打ち付ける。
「ぐはっ」
衝撃で肺の空気を吐き出せば、ぬうと上から鋭い三白眼が現れた。
……こわ。めちゃめちゃ睨んでくるよ、この人。
「なんでもねぇわけねーだろ。なあ、アタシが女だからか? おい、どうなんだ?」
「いや、違います、なんでご飯食べてるのかなって! 思っただけです!」
「は? 女が飯食っちゃいけねーかよ」
「いやそんなこと思ってないですって」
全然良いと思うけれど。いやそういことではなく。
女が怒ってるのは、俺がじろじろ見てしまったのが原因だ。
ちらりと周囲へ視線をやれば、他の冒険者は少しずつ俺とこの女から距離を取ったり視線を外したりしている姿が見える。
「じゃあどう思ってんだよ」
「な、何も……」
「ならどうして逃げようとした?」
最早言い逃れができなかった。
恐らくは彼女も、俺と同じように奇異の視線を浴びせられたに違いない。
この屋敷に来るということは――と俺と同じ感想を抱いた男がいて、俺が来る前にも似たようなことがあったのかもしれない。
これだけバタバタ騒いで、他の連中が避けていることから可能性は高そうだ。
仕方ない。腹をくくるしかない。
俺はゆっくりと深呼吸をしてから、彼女の三白眼と目を合わせた。
当主の悪口にもなりかねない内容だったため、小声で伝えることにする。
「怒らないで聞いてくれますか?」
「それ前提にすんならアタシはお前を殴る」
「……あのですね……悪口とかではなくて。当主様、女性の方なら見境なく襲うって聞いたもので思わずいだだだだだ」
「くそ、やっぱりそうじゃねーか! 下手に隠しやがってこのヤロー」
最後まで言い切る間もなく、開かれた右手が俺の頭頂部に食らいついた。
俺の頭はこめかみまで鷲掴みにされ、指先が食い込み悲鳴を上げる。
彼女が手を離してようやく解放される。
ぽすん、と席へ落ちた俺が痛みでこめかみを押さえていると、今度は肩に手が乗せられた。
さきほど俺の頭を果物みたいに潰そうとしていた手だ。
嫌過ぎる。
「……知らなかったンだよ」
「え?」
「さっきからよぉ、どいつもこいつもアタシの事見てっから何かと思ったら、そういうことかよ」
「えっと、誰も教えてくれなかったんですか?」
「あぁそうだよ、悪ぃか」
「そういうわけでは……でもギルドの人も先に教えてくれなかったんですか?」
「聞いてねぇよ。悪ぃか」
「悪くはないと思いますよ……では俺はこれで」
席を立とうとするも、彼女は肩を掴んだまま俺を離さない。
「おい、待てガキ」
「あっ。今ガキって言いましたね――女」
「――あ?」
「俺のことそう呼ぶんなら、女って呼ばれてキレないでください」
「……」
今まではこちらが一方的にそういう目で見てしまっていたわけだが、向こうもそう呼ぶのなら話は別だ。
俺が彼女を睨み返せば、彼女は俺の反応に三白眼を見開いた。
それまで眉間に寄っていた皺が元に戻り、俺を凝視したまま固まる。
俺に睨まれたの、そんなに驚くことだったのだろうか。
肩から手を離した後、彼女は覇気の失なった声でこう言い直した。
「……今のはアタシが悪かったよ。子供」
……うん。
言い直して貰ったところ悪いけど、それは何も変わらないと思います。




