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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
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38話 良い依頼には裏がある

「ははは、そりゃあ散々だったな! ……ったく、お前は見ていて飽きねぇぜ」


 ――冒険者ギルド、カウンター前。

 早朝から大笑いをして俺の話を聞いていたジャックが、俺の持つ冒険者証を機器に通していた。


「笑い事じゃないですよ……あの人いつもあんな感じなんですか?」


 報酬の銅貨1枚と冒険者証を受け取りつつ、俺はぼやく。


「いや俺も流石に青い飯は知らん。冗談じゃないのか?」

「冗談で! 人は! 失神しません!」


 先日の夜。

 人が食べていいのかすら怪しげな食物を一心不乱に食べ進めていた俺とアリヴェーラは、気が付けばその場で気を失っていた。


 朝、目が覚めるとそこは薬品臭い地下室で。

 こちらを真顔で見下ろしていたルルに「いい加減起きてください」と頬を突っつかれ、背中を押されるようにして店から出たのだ。


 意識を失う寸前のことは、あまり覚えていない。

 覚えているのは地獄のような味と、とにかく完食しなければという執念があったことだろうか。


 一度も嘔吐しなかったということだけはよく覚えている。そんな自分を褒め称えてあげたい。

 

「アーサー……喉がへんな感じだよ……水が飲みたいよ……」


 アリヴェーラは、肩の上で苦しそうに突っ伏してこんな状態である。

 目の前でジャックが喋っているのにも関わらず、元気が失われていて鞄に隠れる様子もない。


「俺も一回水で喉流したいかも……ジャックさん、水を一杯貰えます?」

「銅貨1枚でいいか?」

「それはぼったくりですよ!」

「ははは冗談だよ、まぁ頑張ったってご褒美でサービスしてやる。本来鉄貨1枚取るの覚えておけよ? ここは水の都から離れてるからな」


 言って、彼はグラスに清涼な水を並々注いで出してくれた。


 俺の分に加えて、度数が高い酒をそのまま飲む用の小さなグラスも置いてくれる。

 アリヴェーラ用だろう。確かにサイズとしては丁度良い。

 

 彼に礼を言って、泥と薬品の余韻を残した喉に水を流し込んだ。

 ああ、心が洗い流される気がする。

 アリヴェーラにも小さなグラスを渡してやれば、彼女も一気に飲み干していた。


「ぷは、生き返ったぁ……!」

「で、今日も受けんのか?」

「えっ。いや、ちょっと……明日も来るのが当たり前みたいな話されましたけど」


 俺はテーブルに顔を擦り付けるようにダウンした。

 正直、仕事としてはあまりやりたくはない部類である。


 ルルのご飯は事前に断りを入れればいいだけの話だが、仕事内容も退屈極まるのだ。


「いいじゃねぇか。お前、飯に誘われるなんて気に入られてる証拠だぜ」

「はっ、ジャックさんも一度誘われてしまえばいいのに」

「ぜってぇ行かねぇ。味覚がイかれてギルドの飯が全部青くなっちまう」

「……いやそれはないでしょうよ……」

「ま、受けねぇってんなら丁度いい」


 彼はカウンター下から何かを取り出し、俺の前へと置いてくる。


「ほれ、金回りの良い依頼を取っといてやった。Fランクでも受けられるぜ」

「ジャ、ジャックさん! 俺のために……!」

「約束したからな。それに、あんま適当な奴には受けさせられねぇモンだ」


 俺の前に置かれたのは、依頼書であった。

 二種類の依頼内容が書かれているものの、具体的な話までは分からない。


 が、片方が銅貨14枚、片方が銀貨1枚の報酬と記されていた。

 Fランクの依頼だと高くても精々が銅貨4、5枚であることを考えれば、どちらも破格の依頼だと断言できる。


「最低でも14ルルさん分じゃないですか」

「新しい単位生み出すんじゃねぇよ。まぁ、珍しい依頼が二つ重なったんだ。片方は依頼金を抑えてぇってことで必要ランクも下がってたりするし」

「ギルド的にいいんですか、それ」

「それくらいならな。危険だがランクには見合ってると思うぜ? そうでない依頼ならFまでは落とせねぇ。てかお前ならそっちの方が嬉しいだろ」


 あっけらかんと言って、ジャックは「どうする?」と聞いてきた。


 金回りは確かに良い依頼だ。

 内容が伏せられているのは気になるが……実際、どちらを受けても俺の問題にはならない。

 しかし、やはり不明瞭なのは引っ掛かるのだ。


 まず銅貨14枚。

 依頼には動きやすい軽装でと記載され、場所は町の端を示している。

 まだ俺が足を運んだこともないため、どのような区域は分かっていなかった。


 次に銀貨1枚。

 そもそも他の町の依頼である。

 エールリから近いようだが……こちらはレーヴァン家という場所指定以外何も分からない。


 一応、訊いた方がいいだろう。


「何するのかジャックさん分かってます?」

「書いてないことには答えられねぇな」

「……そうですか」

「だが、予想くらいはしてやるよ。まぁ依頼内容隠すってことは、何かしら知られたくねぇ理由があるってことだな。たとえば単に冒険者がやりたがらないだけなら、ちょっと金積んで隠しておけば釣れるだろ」

「あの、さっきからギルド目線で言っちゃっていいことなんです?」

「いいんだよ。んなの誠実にいちいちやってたら俺だけ邪魔者扱いされて死ぬわ」


 がっくりと肩を落とす俺に対してジャックはそう続け、依頼書の一つに指を差した。


「そんで、銅貨14枚の依頼だが。動きやすい軽装ってことは身体を使う仕事だ、重労働なのが予想される。報酬が高いのはその辺りにあるだろうな」

「なるほど……」

「あと俺はここ長いから理由もぶっちゃけ知ってる。けど、依頼者が隠してるのにわざわざ教えるのもなぁ」

「めちゃめちゃ知りたいです。ジャックさん」

「じゃあ、そろそろ冒険者の洗礼も受けちゃう頃合いだな」

「おっと?」


 ジャックはいやらしい顔つきになって、依頼書を示す手を引っくり返した。

 彼の手の平が俺に向けられる形である。


 つまりは情報料を渡せ、と。

 そういうことらしい。


「報酬の一割くれ」

「……うわ、黒っ。だからそういうの、ギルド的にやっていいんですか?」

「ははは、隠しちゃう依頼主が悪いんだよなぁ。それに俺は依頼を受けた冒険者からちょろっとご褒美貰うだけだから、互いに納得してるならいいんだよ」

「それ、聞いた後にやらないって言ったら?」

「お前の金が減るだけ」

「受けざるを得なくなる奴……じゃあ止めときます」


 それならば聞くまい。

 重労働だから軽装を要求しているってことだけ分かれば充分である。


「なら、報酬が銀貨の明らかにやばい方は?」

「こっちは知らね、受理したの俺じゃないし。ただ、十中八九汚い仕事だろうなぁ」


 彼はもう片方の依頼書とある箇所――()()()()()()を示す。


「ちょっと調べりゃ分かることだが、レーヴァン家は商人でお貴族サマの家だ。で、当主のこいつは稀代の女好きなんだよなぁ。見た目も年齢もお構いなし見境なし、お前も性別が女だったら手を出されるんじゃねぇかな」

「クソ過ぎる」

「で、そんな奴が家に冒険者を呼んでる。ちなみにこれお前だけじゃなくて、FランクからAランクまで集めてんだ」

「まさか、女冒険者を狙って?」

「そりゃ女が来たら狙われるだろうが、目的はちげぇだろ」

「あれ、ちょっと待ってください。もしやアリヴェーラも……?」

「……あぁ? いや、流石に……ないんじゃねぇかな」


 俺の肩でくたびれているアリヴェーラをじっと見つめ、彼はゆっくりと首を振る。

 その言葉に自信はなさそうだったが。どんだけ女癖が悪いんだ。


「話戻すぜ。こいつはよく貴族集めてパーティやってるから、多分護衛がメインだ」

「……なら、護衛って書けばいいのでは?」

「明記したら、それ以外のことさせられないからじゃねぇか」

「えぇ……?」

「多分って話だぜ。まぁだから元から報酬が良いんだよ、そうすりゃ文句も出にくいし。んでこいつは商人サマだ、なんか本人が得するように組んでんじゃねぇか?」


 ジャックはそこまで言って、二つの依頼書を重ねた。


「こんなところだ。お前さんはこのどっちかを選んでもいいし、青い飯を食いに行っても良い」

「それは嫌ですが……」


 既に行く方は決めていたが、念の為聞いただけである。

 迷わず銀貨1枚の方を告げると、ジャックは最初から知ってたと言わんばかりの顔で頷き片方の依頼書を俺に渡してきた。


「ま、そうだよな。金高い方選ぶとは思ってた」

「余裕を持っておきたいですからね。どっちも受けられるなら受けますが」

「どっちもは無理。依頼が終わって、それでもまだ売れ残っちゃうなら譲ってやるよ」


 彼は残った依頼をカウンターの下へ戻す。

 それから、難しそうに顔を歪めた。

 しかし少しの間悩んだ後、結局は告げることにしたらしい。


「一個忠告しとくわ。相手、貴族サマだからな? あんま反発とかすんなよ」

「そういうことやってるんです?」

「……いや。お前、悪は欠片も見逃さないって顔してるからよ。俺のやり口も好きではねぇだろ」

「まあ、そうですね。公正にやって欲しいとは思いますけど……別にそれだけで反発はしませんよ。納得できますし」

「そうか。ま、じゃあそんな感じで頼むわ。貴族なんかに突っかかって事件起こして指名手配されたお前の紙とか、掲示板に貼り付けたくねぇからよ」


 ジャックはどこかばつの悪い顔で刈り上げた後頭部を掻き、そう呟いた。

 そこは彼の純粋なる本心であったのだろう。


 ――俺も分かっていることだ。

 貴族は発言力が強い。だから滅多なことは言うべきではない。

 余程のことでもないかぎり、多少あくどいことをやっていても手は出さない方がいい。


 それは今の力を持たない俺がやると、自分の首を絞めるだけである。

 ただ……わざわざ言ってきたってことは嫌な予感がしたのだろう。


「心配しないでください。普通に報告しに戻ってきますよ」


 俺は彼にそう返して、席を立った。

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