36話 魔法道具屋のお店番
――マグリッド・アレイガルドは逆賊になっていた。
と、知ったからといってもどうにかなるものではない。
知ってしまった事実は事実として、それがなんであれやることに変わりはない。
ひとまずは手近な依頼をこなし、冒険者生活をどうにか整えないといけないのだ。
その第一歩として、魔法道具屋で働くことから始める。
ギルドから出た俺達は、依頼書の地図に書かれてある通りに進み、狭苦しい路地に設置された店に足を運んでいた。
「立地、悪っ……何故こんなところに店が」
「結局受けちゃうんだね。そんなにお尻が見たいの?」
「お、ま、え、はまたそういうこと言う。他に仕事ないんだからしょうがないでしょ」
「ふーん……」
入り口から繋がる通路は人が一人通れる程度の細道。
店もかなり昔に建てられたのか、木材がくすんでいたりと寂れた印象を与える。
扉を一度叩いてから中へと入ると、ぎぃと扉が軋んだ。
「あれ……お客さんだ! いらっしゃいませ!」
――雑多に商品が置かれる狭苦しい店内の奥。
カウンターには、年齢15ほどの少女が座っていた。
俺達を見て客と勘違いしたのか、少女は真ん丸の青い瞳を輝かせてそう言った。
青空のような澄んだ長い髪が癖で外に跳ね、ぴょこんと揺れる。
少し大きめの黒いローブを床に引きずりながら、彼女はいそいそと俺の前までやってきた。
確かに、美人である。どちらかと言えば可愛い方が近いだろうか。
小動物のような愛くるしさを覚える外見だ。
しかしジャックがああ言うだけはあり――色々と、大きい。
出ているところが出ている。締まっているところは締まっている。
なるほど。
とはいえ依頼書から見た印象とは随分と違って見えるが……俺はさっそくこの人の目を曇らせなければならないのか。
残念だけど、俺はお客様ではない。
ていうかこんな所に店構えて、従業員とか必要なのかどうか怪しいところがあるけど。
「その格好、冒険者さんですね! 何をお探しでしょう? 冒険必需品セットなら現在お安くしてお売りしてますよー」
「その、ギルドの依頼を見てきたのですが」
「あっ。あぁ……あ、はい」
露骨に調子が下がってしまった。真ん丸の目から光が少し失われている。
でも俺、別に悪くないし罪悪感はないけれど。
「従業員に逃げられた、と書いてあったような気もしましたが」
「はい。そうですね。毎日のように逃げられてます」
「……クビにすればいいんじゃないかな……」
「クビにしましたよ、いっぱい!」
「あぁ、そういうこと……」
サボり癖のある同じ人なのではなく、何人もの従業員が一日で去っていた。
そういうことね。はい。それはそうでしょうよ。
給金が低いんだから。
「と、ととまあ。そういうことでしたか。こほん、ではまず最初に注意事項から。身体目当てならお断りですよ? なびきませんし惚れません、一人でのこのこ着いていきません、私はそういう女です。色町へどうぞ」
「給金上げれば身体目当ての従業員、減ると思いますよ」
「ちょっと何言ってるかわからないですね。こんな人が来ないお店番でそんなにお金上げられるわけないじゃないですか」
「自分で言うんだそれ」
肩でものすごい面倒臭そうに顔をしかめているアリヴェーラが、耳元でぼそっと呟くのが聞こえた。
「なにこのひと」
やめて、なにこのひとは依頼主だから。
その発言聞いて追い出されたら、本日の一食にすらありつけなくなっちゃうから。
「では次に。お店のものを盗んだらころします」
「盗みませんって」
「皆さんそう言ったのに盗みを働き、私にころされました。今頃牢屋です」
「死んでないし……」
「まさかほんとにやりませんよ? 私が言いたいのはですね、寂れた店だからって警備がないとは思わないこと、です」
「いやだから盗まないし」
「では最後に。お客様が来たら私を呼んでください。絶対ですよ、自分で応対したらころします」
「えぇ……」
それ、どういうことなのだろう。
店番として居る意味ってあるのか、それ。
「こほん、ではまとめます。身体目当て、品物目当て、私を呼ばない、全部ころす。復唱してください」
「……え、それ俺が言うんです?」
「復唱してください」
めちゃくちゃ変な人だった。
俺は既にげんなりとしながらも、彼女の言う通りに復唱する。
「身体目当て、品物目当て、私を呼ばない、全部ころす」
「おおー、よくぞやってくれました。あなたのような真面目な人は類を見ませんね」
「……殺されたいのかな……」
ぱちぱちと両手を叩き合わせて感心している彼女だった。
「仕事内容って、じゃあ店番なんですね」
「はい。その通りです。誰かがお店番をしてくれるなら私は魔法道具製作に専念できますので」
「応対はなんでしちゃいけないんです?」
「ここにある品物、じゃあ見て下さい」
俺は彼女から視線を外し、カウンターと棚とに所狭しと陳列されている品物に目を通した。
まず、カウンター前のガラスケースに入っているのは多種多様な装飾品だ。
壁際の棚にはびっしりと、様々な色の液体薬品類が瓶に詰め込まれ陳列されている。
また、店中央の棚には紐で縛られた巻物や何らかの本などが。
他にも大小様々な杖だったり、何らかの結晶や水晶が飾ってあったり――多過ぎる。
「はい。覚えられますか?」
「……あー……流石に、全部は」
「だから、私を呼んでくださいということです」
ぴしゃりと言って、彼女は俺に頭を下げてきた。
「では今からお願いしますね。席は私のここ使っていいです。私は地下にいますので、誰か来たら大声で呼んでください」
「えっ、ちょっと」
「簡単な仕事ですから。ぺこり」
半ば一方的に伝え、彼女はカウンター席の奥側にある真四角の穴から飛び降りてしまった。
彼女が飛び込んで行った穴の先は暗く、中は窺い知れない。
……一人取り残された俺。どうしろと。
「アーサー。ああいう人、好みなの? じろじろ見てたよね」
「何を見てたのか教えてくれ」
「尻と胸」
「見てないよ……なに、嫉妬してるの?」
「は、してないし。私の方が大きいし」
「それは嘘が過ぎる」
確かに最初は彼女の姿を見ていたかもしれないけど。
そんな、ずっとみたいに言われるのは筋違いである。
「とりあえず、座るか……」
彼女が座っていた椅子に腰を降ろし、取り外した細剣と荷物を横に置いて一息吐く。
狭い裏路地で人が来ない店。
一日中座っているだけの仕事。
それで銅貨一枚と考えると、まあ確かに適性ではあるのかもしれない。
けれど、退屈ではあった。
冒険者やっているような人がやりたい仕事ではないだろう。
ランクを上げて一攫千金、ではないのだから。
「しかし、店番ね……自分が品物を作る時間欲しいってことか」
「ねえアーサー、私、物色してていい?」
「いいと思うけど。壊さないでね」
「壊さないよ! べーだ、アーサーのばか、変態」
捨て台詞と共に、店の端の方へ飛んでいくアリヴェーラを生温かい目で見送る。
それから地下への入り口へ横目をやり、俺はカウンターに肘を突いた。
まあ。地下に引き篭もっていたら、確かに来客には気付けないな。
誰かが店番をしていなければ、そういった作業は進められないのだろう。
「はぁ……どうするかな。これから」
特に何も知らなければ、この仕事も悪いものでもなかったと思えていたかもしれないが……。
今朝、俺はあの依頼書を見てしまった。
だから退屈で何もない時間は……どこか苦しさを覚える。
マグリッド。かつて魔王を倒した仲間の一人。
何故逆賊として追われているのかは分からない。
何か理由があった――ないわけがないだろう。しかしその理由とは、なんだろうか。
あのアルテを裏切って見捨てた人物である。
本人ではあるが当人ではない俺では、その考えの深い部分までは想像すらできない。
けれども、一度は会っておきたいと思っていた。
しかし急がなければ、彼は逆賊として俺の知らないところで処刑されてしまうだろう。
「はぁ……退屈だ」
深い溜息が洩れる。
そんな事を考えながら、俺はひたすら店番としての仕事を全うするのであった。




