35話 依頼に混じる
冒険者ギルド。受付横の掲示板前。
早朝から依頼書が貼り出されている中央を陣取り、俺とアリヴェーラは腕組みしつつ血眼で仕事を探していた。
「なんでもいい……アリヴェーラ……仕事だ……仕事を探せ」
「駄目だよアーサー……ない、ないよぉ……Fランクの依頼、ないよぉ!」
「いや探せばあるはずだ……例えばホラ、これ」
依頼書の一つを手に取って、俺は内容を見る。
本日出勤予定の従業員と連絡が取れなくなったので、働いてくれる人を募集しています。
魔法道具屋ルル。
「これとか!」
「アーサー……さっきからそこしか見てないじゃん! 他の依頼書を見てよ、全部……私達じゃ受けられない。私達のランク、低すぎ……?」
「それはまあ、依頼一回も受けてないし……でもまさか、まさかだ。依頼が一個しかないだなんて、俺は聞いてない」
「このままじゃ飢えちゃうよ、どうしよう!」
「アリヴェーラが湯で遊ぶからだ……」
「なっ、なぁっ! ……へー、そういうこと言う? 言っちゃう? アーサーだってすごい長かったよね? 私のこと全然言えないよね?」
「体積に天と地ほどの差があるし……」
「なんだとコラ。人よりすっごくちっちゃいの気にしてる私に向かってそういうことまで言っちゃうんだ!」
「俺も気にしてる」
「体積に天と地ほどの差があるでしょうがぁ!」
俺達はがくりと膝を突き、その場に崩れ落ちて項垂れていた。
幸いにして早朝はギルドには冒険者がほぼ居ないため、俺達が掲示板を占拠しても邪魔にはならない。
「お前さんら……何やってんだ」
「ジャ、ジャックさん!」
そんな時、背後から俺達を呼ぶ声があった。
昨日散々良くしてくれたギルド員兼酒場マスターのジャックである。
アリヴェーラは声を掛けられた瞬間「ぴゅぃ!」と甲高い声で叫んで鞄の中に潜り込んでしまった。
「いえ……依頼を探していたんですが」
「わぁってるよ。あれだけ大声で叫んでるんだから」
困った顔で頬を掻き、彼は掲示板を一瞥する。
「昨日の内はまだ幾つかあったんだがな……あ、全部なくなってら」
「な、なんだって……?」
「けどお前さん、そんなに金に困っているわけでもないだろう」
「そう普通は思いますよね。実は――」
俺が事情を説明すると、ジャックはその場で腹を抱えて笑い始めた。
こっちは全く笑えないというのに。
「お前、おまっ……ぶははは、おもしれぇ奴だな! 田舎者のそれじゃねぇか! なんでそうなるんだよ」
「言い返す言葉もありませんね、あはは」
俺は乾いた笑みで虚無感を埋め尽くしておいた。
大金を高級宿で即日使い果たして今日から生きる金がありませんとは、計画性がなさすぎる。
「ジャックさん。良い仕事……欲しいです」
「――すまん、もうない。昨日もう一度来てくれ」
「そんな明日来てくれみたいに言われても……過去に戻れるなら俺、安宿に泊まってますって」
握り締めていた依頼書を眺め、俺は小さく零した。
「ふぅ……それなら、これしかないですかね」
魔法道具屋の従業員。
朝から晩まで働くため、長時間の拘束が確定している依頼である。
その報酬は銅貨1枚。
看板を見る限りギルドの料理が一品銅貨1枚あるかないかってことだから、多分少ない。
こう考えると……宿を借りるってそれだけで結構な贅沢だったんだな、とふと思う。
ちなみに銀貨1枚は銅貨30枚分くらいだ。虚しいからこの話はおしまい。
「可哀想なので助けてあげたいとは思うのですが、時間と金が」
「まぁ、いつも貼り出されてるヤツだからな。人気はない」
「え、いつも? 普通に従業員募集した方がいいのでは……?」
「そこいらの飲食店だって相場は日に銅貨3枚くらいだぜ。普通来ねぇよ」
「何故貼り出しの許可を!?」
「困窮した冒険者は受けてくれるだろ? お前とか。仕事ないよりマシだと思って」
「えぇ……」
「大丈夫大丈夫、ルルさんは美人だぞ。金より尻目当てで依頼を受ける冒険者もちょくちょくいる」
「依頼とまるで関係ない部分……! 何も大丈夫な要素が見当たりませんが」
「気ぃ付けろよ、尻を追い掛けすぎると蹴散らされるからな」
「給金を上げればそんなことにはならないのでは?」
もう全然嫌な予感しかなかった。
正直あまり受けたくはないが……背に腹は変えられない。
「……はぁ。分かりましたよ、受けますよ。他にないなら仕方ありませんし」
鞄の中から「尻、やっぱり変態、思春期の子供」と悪口が聞こえてきて、俺は鞄ごと上から叩きのめした。
「ほう、他所に行くかと思ったが。受けるのか?」
「そうしてもいいんですが、実績も積まないといけませんからね」
「そうか。あんま邪険にしてやるなよ。その子も意地悪でこんな設定してるわけじゃねぇから。金出したくても出せねぇ事情ってのがあんのさ」
「事情、ですか」
依頼書を折り畳んで懐へ仕舞う俺に、ジャックは告げる。
「おっと、口が滑った。依頼を受ける側からしたら他人サマの事情なんざ関係ねぇことだったな」
「絶対わざと聞かせたじゃないですか……」
「ま、今度良いのがあったらお前さんの為に一個だけ取っといてやるからよ。ほら、依頼書差し替えるから退いた退いた」
俺の肩を退かすと、彼は依頼書を掲示板に貼り付けたり既にあるものを引き抜いたりしている。
毎日依頼がこうして更新されていた。
依頼を出す側の幅が一般の住民から貴族、企業から国までと広いため内容も様々だが、多くはDやCランクのものであることが多い。
一番幅が広いのだろう。Bランクになってくると数が減り、Aランクの依頼が貼り出されることはほとんどない。
――だというのに、ジャックが貼り付けているものの中にはソレがあった。
掲示板の端の方に貼り出された依頼書を眺めていると、一通りの作業を終えジャックが声を掛けてくる。
「気になるか?」
「ええ、まあ……この依頼、Sランク相当って」
Sランクの依頼書。
もっとも高いランクが付けられているのだから、目を引くのは当然だ。
ギルド員でもない俺では、具体的な基準までは知らないが……。
町一つが滅ぶ災害や、死地へ向かうようなとびきり危険な依頼だけに設定される有り得ないランク、それだけ理解していればいい。
「こんな辺境の場所に出して人が来るとも思えねぇんだが、全冒険者ギルドで貼り出せって今朝通達があったもんでな。達成すりゃ白金貨5枚だ! 欲しいよなこんな大金!」
「そりゃ欲しいですけども」
白金貨5枚、銀貨に直すと……何百枚になる?
最早想像ができない金額であることだけは分かった。
多分、一生暮らせる。
「しかし……逆賊の騎士団討滅だってよ。流石にお前でも無理だな、その辺の小悪党とは訳が違う」
――騎士団。
俺は背伸びをしつつ、依頼書の中身を見る。
騎士や貴族を無差別に殺戮して回る大犯罪組織――元国家直属『神聖騎士団』の討滅。
面子は以下の通り。
元神聖騎士団員ジン・クラック、ソル・レヴァンテ、ルカ・デザイア、ブルーノ・モール。
元神聖騎士防衛隊長――シリウス・リディア
元神聖騎士副団長――ラウミガ・ラブラーシュ。
元神聖騎士団長――マグリッド・アレイガルド。
「おい、どうした?」
「……いや。まー……俺じゃ無理ですね。あはは」
適当に誤魔化し、俺は依頼書から目を離す。
確かにそこに並んでいる名前は、勇者アルテのかつての仲間であり。
――知っている名前だと、口に出せるわけがなかった。
ふと作品名で検索したら、タイトルと酷似する自分より前の作品を見つけてしまったぼく。
「先に調べればよかった……」
☆先に調べればよかった……!




