33話 冒険者ギルドへようこそ
俺達は裏路地から出た後、町の中央付近に位置していた冒険者ギルドへと足を運んでいた。
俺の両肩に抱えているのは、気絶させた男達だ。
アリヴェーラの魔法で蔦を巻きつけて両手足と胴体を拘束して完全に動けないようにし、ついでに口も縛り上げて詠唱系統の魔法までは封じている。
男達の荷物も確認して得物の類は全て没収、現在は俺の鞄の中に入っている。
ちなみにアリヴェーラは特等席の肩の上を奪われ、俺の頭の上で足をぷらぷらさせていた。
視界にちらつくから止めて欲しい。まあ、そのくらいならいいけどさ。
「あのー……」
大きな木製扉を足で押し、中へと入る。
すると、酒の濃い臭いが鼻腔を刺激した。
俺の記録の中での冒険者ギルドはギルド単体で設置されていた気がしたが、どうやら現在は酒場と兼用に変わっているようで。
酒、美味そう……けれど少年の姿だと、酒は出してくれないだろうなあ。
ぎろりと、こちらを刺す視線が幾つかあった。
左右のテーブル席に座っていた歴戦の冒険者風の男達が、顔だけをこちらに向けてグラスに入った酒を飲み干している姿が見える。
一瞥して視線を戻す者、じろじろと俺の顔を窺う者、肩に担いだ男を見て驚く者、アリヴェーラを見て怪訝な顔をする者、反応は様々だ。
ただ、俺に話しかけようとする者まではいないようで。
ならいいかと思い、誰にも視線を合わせないままずかずかカウンター席まで歩を進める。
俺が来るのを待っていたギルド員と思しき体格の良い男の前まで足を運んで、担いだ男達を床に降ろした。
「どうも」
「手慣れてんな……初めて見る顔だ。その男達は?」
年齢は四十ほどか。
浅黒い肌に、刈り上げた頭。
上からの照明で彫りの深い顔が更に明暗はっきりし、特に何もしていないのにも関わらず威圧感がある。仕事着の上着がぱつぱつになっており、鍛え込まれた肉体なのもすぐに分かった。
昔は冒険者側の人間だったのかもしれない。結構な風格がある。
「いきなり襲われたので、返り討ちにした感じです」
「ほう……? 自分の体格より遥かに大きいじゃねぇか、やるな坊主」
「はは、それほどでも……ところで、この人達手配書とか出てます?」
「どれどれ……ふむ」
男はカウンターから身を乗り出すと、男達の顔を見下ろした。
「――残念だが、そういうのはねぇな。けど、襲われたのは嘘じゃねぇんだろう?」
「それは間違いありません。あ、こいつらの持ってた得物は今出しますんで」
俺は懐から小男が持っていた短剣をカウンターへ置いていく。
ごんごんごんごんと合計四つ。懐にこれだけ隠していた。
大男の方は腕に覚えがあったのか、武器の類はなしだ。
「そうかい。なら、洗えばぽんぽん黒い部分も出てくるだろうさ……子供狙うなんざ絶対初犯じゃねぇだろ。おお拘束も見事なもんだ。自然系統の魔法か」
「ああ、頭に乗ってる使い魔のこいつがやってくれました。アリヴェーラ?」
「うぇっ? ……ぁ……ぇと、はい」
彼女はなぜかおどおどした声で、小さくそう言った。
え、何? 緊張? 確かに今まで一言も喋ってはいなかったけど。
「やっぱ使い魔だったか。その年齢ですげぇな? 何者だよお前」
「勇者って言ったら笑っちゃいます?」
「はははは! おもしれぇ冗談だ」
「本当に笑われた……」
受付の彼はそう豪快に笑ってから、カウンターを乗り越えてこちら側に着地する。
それから男二人を軽々と摘み上げ――空間に、大きな黒い裂け目を生み出した。そこに順番に男を投げ入れていく。
「うわ……転移魔法」
「生憎と今俺しかいねぇからよ。控え室にいる奴に投げたわ。まぁあれじゃなんにもできねぇだろ、拘束様々ってやつさ」
両手を払うように二度手の平を打ち合わせると、彼は再びカウンターの向こう側へと乗り越えて戻っていく。
「ま、座りな。初めての客サンだ、リピーターになってくれると嬉しいから何か奢ってやるよ」
「……おお、どうも」
随分と直接的な伝え方をしてくる人だ。
こういった接し方の方が、むしろいいのかもしれない。
どちらにせよありがたいことだ。
俺は促されるままカウンター席に飛び乗って座る。
……足が、付かない。座る前から分かっていたけども……。
「あ、お酒とか……貰えたり?」
「はははは! 止めとけ、ガキん頃からそんなんばっか飲んでたら頭おかしくなるぜ」
「ですよねー……いや、飲んでみたかっただけですよ。みなさん美味しそうに飲まれているので」
ちら、とテーブル席の冒険者の方々を見て話題を切った。
機会があるなら飲んでみたかっただけである。
駄目なら駄目で、他のものを貰えばいいのだ。
「アリヴェーラ、奢りだって。何か食べたいものはある?」
「ぇ……ぁ、そうねー……ううん、だいじょぶ」
「なに? さっきまでの我儘っぷりはどうしたの?」
「……………………知らない人、目の前……いるし」
アリヴェーラはぼそぼそと呟くと、頭から肩に降りてきてそのまま滑るように鞄の中に引っ込んでしまった。
えぇ……。
「知らなかった。うちの使い魔がこんなに引っ込み思案だったなんて」
「はははは! いや、本当おもしれぇよ。そもそも使い魔と喋ってるってのもあんまり聞かねぇし」
「そうなんですか?」
「あんまりってだけだから、いねぇことはねぇけどな。いやそもそも使い魔連れてるやつがいねぇがな! ……ま、そんじゃ、俺からサービスでオススメを出そうか」
最終的に彼はそう言うと、カウンターの背後にある瓶を幾つか取り出し始めた。
慣れた手付きで瓶から色の付いた飲料をグラスに注ぎ込み、それを別の飲料で何度か行ってから、別の容器で果物を棒で潰し、それらを混ぜ合わせている様子が窺える。
程なくして、机にそれらが入ったグラスが置かれた。
色は鮮やかな赤色である。
「カクテルってヤツだ。甘酸っぱくて疲れた身体にゃよく効く。酒じゃねぇよ?」
「おお、頂きます……」
すごい、早い。
語彙を見失った俺は両手でグラスを掴み、一口含む。
――彼の言った通り、甘酸っぱい味と香りが全身を包み込んだ。
ごくりと飲み下すと、清涼感が喉から胃までを一気に駆け抜ける。
ほんのり甘い余韻が残り、俺はほっと息を吐いた。
「う、美味いです」
「おおそうかい。今朝入った山苺が結構良いヤツでな。気に入ってくれたんなら良かった」
あまりの美味しさに、俺は感動を通り越して感激の域に達していた。
味わうように、山苺が入ったカクテルを少しずつ飲んでいく。
ああ、アリヴェーラ。馬鹿な奴め。
これだけ美味い飲み物を飲まずに閉じ篭もってしまうとは。
「さて……そんじゃ、本題に入るかね」
彼はカウンターに肘を付くようにして、カクテルを含んでいた俺に視線を合わせてきた。
他の客に聞こえないような小さな声で、彼は言う。
「依頼受けに来たんだろう。若ぇがそこら辺にいる奴らよりお前さんのが強い。それに良い奴だ。見合ったランクでいい仕事、回してやろう」
「……その前に、冒険者登録していいですか? 俺、まだなんですよね」
「――あん?」
一瞬、彼の表情がぴしりと固まった。
「お前、まだ冒険者じゃねぇの? 嘘だよな」
「嘘じゃないですよ。俺、〝アーサー〟って言うんですけど、登録してないはずです。銀髪赤目の子供で他に登録されているんだとしたら、それは人違いです」
「……ふむ、調べる。ちょっと待ってな」
彼は眉をしかめた後、懐から取り出した何らかの魔法機器に目を通し始める。
平らな形で、何やら複雑そうな機器だ。
見てもよく分からないな……と思っていると、彼がその機器を差し出してきた。
「この上に手を置いてくれな。魔力波を計測して、重複がねぇか認証させて貰う」
「はい」
そんなことができるのか。
俺はその平べったい機器の上に手を置き、軽く魔力を流し込む。
――すると、機器が小さく音を鳴らした。
「……勇者アルテ?」
「えっ?」
俺はその名を聞き、魔力波が勇者のそれと一緒であることを思い出す。
だが、彼は口を閉ざしたまま歯の隙間から深い息を吐いて――いや、と首を傾げた。
「いや、それはねぇか……ともかく、重複はねぇな。よし、分かった。確かに坊主は初めてだな」
「あー……もう一回とか、計らなくて良いですか? 何か数値がおかしかったのでは……」
「や、大丈夫だ。今の被りは気になるっちゃあ気になるが、まぁ絶対ねぇ。機器のエラーだよ」
俺はそう訊くも、彼は片手で遮って否定した。
それから、右手を俺に差し出してくる。
「――冒険者ギルドへようこそ。俺ぁギルド員兼酒場のマスターやってるジャックだ。お前さんを歓迎するぜ、アーサー」




