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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
31/107

31話 紛い物の夢を浴びて

 ――その日の夜。

 俺は珍しく夢を見た。


 魔王になってから、夢を見ることはほぼなかったのだ。

 そして、その夢はとりとめも付かないようなモノではなく、確かな意識が残る、地に足の付いた夢。


 夢の中の俺は細剣を持ち、大地を自由に駆けている。

 町を歩き、冒険者ギルドで依頼を受け、町のごろつきや外の魔物を退治している。


 その旅は一人ではなく、共に歩む仲間が居た。


 ただその仲間は、俺の知らない誰か。

 どこかステラにも似通った――妖精のような者を肩に乗せて、俺は旅をしている。


 町は、俺が昔立ち寄ったことがあるような景色。

 なんとなく知っているような、そうでないような、そういった者達と会話をしている場面もあった。


 そして。

 その夢は唐突に痛みを伴って、俺を現実へ引き戻そうとする。

 目覚める寸前――。


 ――俺はかつての仲間である騎士マグリッド・アレイガルドへ、斬り掛かっていたのだ。




 ◇




 見たくもない夢だった。

 俺は飛び起きるようにベッドから出ると、額を押さえながら深呼吸をする。


「なんだったんだ……今のは」


 珍しく夢を見たと思えば、マグリッドを斬る夢などとは……。


 胸の奥に、ずきずきと言い知れぬ痛みが残っている。

 あの時肩からばっさりと斬られた部分が、熱を発している気がする。


 黒い感情が渦を巻き、形のない何かが俺を侵食しているような嫌な感覚だ。

 ――苛々する。どことなく、気分が悪い。

 俺は頭を掻き毟るようにして頭の中から夢の記憶を排除し、水でも飲もうと階下へ降りることにした。


「……寒いな」


 一階、特に大広間はよく冷える。

 吹雪の日は一階の半ばほどまで雪で埋まるため、冷気が篭もっているのだろう。


 ただ、冬の日には水に困らない利点もある。

 普段水となれば湖まで汲みに行かねばならないが、この時期なら外にいくらでも雪は積もっているのだ。

 それを火で溶かし、混ざった不純物は一度布に通して濾すだけだ。


 俺は大広間から外に出ると、コップ一杯程度の雪をすくって調理場まで持っていく。

 そこには――ステラの姿があった。


「アルマ様? 真夜中に起きられるのは珍しいですね」

「寝覚めが悪くてな……ステラこそこのような時間にどうした」

「実は私もです。少し、変な夢を見まして」

「夢だと?」


 その言葉に眉をひそめれば、ステラは不安げに俺の顔色を窺ってくる。


「私、何か気に障るようなことを」

「――俺も夢を見た」

「……え?」

「悪夢だった。まさか、俺がここまで根に持つ男だとはな」


 彼女の隣まで歩き、手に持つ雪塊を鍋へ投げ入れた。

 それを火で溶かそうとして――びり、と頭蓋に生じた痛みに頭を押さえた。


 記憶に、見たくもない夢の続きが再演されていく。


 俺はマグリッド・アレイガルドを――斬る。

 硬い肉を刃が通る、重たい衝撃が手に走る。


 次いで、俺は血を吹き出す彼の顔に細剣を突き付けた。


 こちらを睨む、あの時と同じ凄絶な彼の表情が脳に焼き付いて。

 彼は、憎悪に塗られたその口を開いて――。


「アルマ様!?」

「……なんだ、これ、は……?」


 俺の中から黒い何かが溢れ出す。

 痛みが勢いを増して、脳に流れてくる。

 頭痛が収まることなく、酷くなっていく。


 ついには視界がぐるぐると廻り出し、その場に膝を付いた。


 俺の名を何度も呼ぶ、ステラの声が聞こえた。

 倒れた俺を支えているのだろう。柔らかい肌の温もりを全身に感じる。

 それが分かっているのに、返事ができなかった。


 頭痛だけではなく、五感さえもが消失していく。


 最後に映ったのは――必死に俺を揺さぶる、ステラの姿。


「――ステ、ラ…………っ」


 どうにか声を振り絞り、その名を呼ぶ。

 やがてその顔すらも暗闇に包まれ、俺の中から何もかもが消失した。




 ◇




「――ちょっと! いつまで寝てんのよー。あーもう私、お腹減ったー」


 暗闇の中。

 何度も何度も頭を殴られて、俺はゆっくりと目を開いた。


「あー減った減った減った減ったー!」


 仰向けの視界に広がる青空、中心に映っているのは――ステラ、ではなく。

 よく似ているが、別人。

 ステラから分離した存在であり、非常に似た顔立ちをした――アリヴェーラである。


 彼女は俺のこめかみを連打で殴り付け、自らの空腹を満たそうと一生懸命に暴れ回っている。


「いやお前ほんと、うるさ……ステラ見習って欲しい。それでもうちょい静粛にして欲しい」

「え、静粛にしろって何よ……はい。畏まりました、アーサー様。昼食を私にお出し下さい」

「言わねぇんだよなぁ、そんなこと」


 顔に張り付きそうなアリヴェーラをむんずと掴み上げて放り投げる。「ぴょっ!」と鞄の上に尻をつく姿を眺めながら欠伸を一つ、俺は気だるい身体を起こした。


「なんか、変な夢見たな」

「へんな夢ぇ……? あっ! わ、私を押し倒す夢とかじゃないでしょうね?」


 さきほど殴られた自分のこめかみ辺りを、右手の腹で軽く何度か叩く。

 なんの夢だったかは思い出せないけど、変な夢だった。


「いや押し倒したらお前ぺしゃんこでしょ」

「うん、ちょっと否定できないぞ。ムカつく」

「てか飯なら勝手に食べていいのに」

「じゃあ寝る前に紐! 解いておいてよ! キツく結びすぎて私じゃ無理じゃん」

「あー……なるほどなあ」


 アリヴェーラは鞄の先を指差して激怒する。

 何重にも紐を巻いて固く縛ってある部分を見て、俺は頷いた。

 仕方なく紐を解いてやれば、アリヴェーラは待ってましたとばかりに鞄の中に潜り込んでいく。


「さてと、ようやく人間界入りだね。まだ歩くけど」

「うん。もぐもぐ、そうだねーもぐもぐ」

「何食ってんの」

「乾いた肉ー」

「言い方。一枚ちょうだい」


 ほらよとばかりに鞄の中から飛んできた干し肉をキャッチ、口に運びつつ遠くの空を見上げる。


 雲ひとつ無い青空。背後には自然の豊かさを感じる大樹。

 そして地面には温かな緑のカーテン。


 視界遥か向こうの大森林と巨大な山脈を遠目に見渡し、ようやく人間界(こっち)に来たことを実感する。


 ここに来るまでの道程は正に地獄そのものであった。


 自分より何倍も巨大な魔物に立て続けに襲われるのは当たり前。


 纏まって休める環境はなく、短い仮眠を繰り返す日々。

 そうして山脈を越え、そこで終わりかと思いきや――人間界の入り口には広大な大森林が広がっていた。


 休まる場所などほぼ皆無。

 死に物狂いで森からも抜け出し、草原までどうにか歩いてきて――とうとう力尽きたのだった。


 それから、一体どれだけの時間眠っていたのかは分からない。

 今までの睡眠不足を補うかのように身体が休息を続けていたことを考えれば、アリヴェーラが怒るのはまあ妥当とも言えるかもしれなかった。

 ていうか眠ったのは空が明るい頃だったはず。


 もしかすると丸一日眠っていた可能性がある。それは……やばいな。


「それで、アーサー。どうするの?」


 鞄からずりずりと肉を引っ張り出してきて、アリヴェーラはそんな事を聞いてきた。

 そこまで具体的な行動を決めているわけではないけれど、最初にやるべきことは決まっている。


「そうだね。俺ってそもそも〝誰〟? って感じだし、まずは冒険者ギルドでも行こうかなと思う」

「へー冒険者ギルドねー。なんで?」

「路銀とか幾らか包んでくれてるけど、ほぼないじゃん。とりあえず生活するために仕事しなきゃいけないでしょ。名を広めるって名目もあるし、丁度良いかと思って」


 そう言って、俺は肉を齧り取る。

 目線をアリヴェーラから別の方角へ向ければ、遠くに高めの建物が見えている。

 あれが俺達が最初に目指す町だ。


 記録にある通りなら、この辺りでは結構大きな町。

 確か名前は……エールリ、だったかな。

 ちゃんとギルドもあったはずだ。


 まだ距離はあるが、大森林踏破と比べたら散歩みたいなものだろう。


「あ、その前に身体洗いたい。俺、臭いとかないよね? 自分じゃ分からないけど」

「私も水の中入りたーい……魔法で清めるのも限度あるよ……あ、ねぇ私、着替えとかどうするの?」

「え、ないの?」

「ないよ……一着しかない」

「大丈夫、俺もないよ。そんな余計な荷物は持てないから」

「アーサーは町で服買えばいいでしょ。私サイズの服、あるわけないじゃん」

「そっか。うん、頑張って」

「うおぉい! 適当かこら」


 アリヴェーラの服はまあ、おいおいなんとかするとして。

 俺は鞄を拾い上げて、傍に置いていた細剣を腰元のホルダーに挟み込む。


「よし、行こうか」

「……はーい」


 そして、いつものように肩にアリヴェーラを乗せて。

 俺達は初めての町へと向かうのだった。

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