30話 絶凍深まる安息の一日
日が経つ毎に、絶凍の猛威は激しさを増している。
城外を覆う吹雪。
空から降り注ぐ真白の粉が何もかもを白く染め上げ、とうに他の色は見えない。
城も塀の中まで雪に埋め尽くされており、外出にも一苦労という有様だ。
今日は、一段と酷い。
雪の重みではまだ城は潰れないとは思うが、いい加減に破損箇所の修復作業を進めた方がよさそうだ。
「……アルマ様。飲み物は如何されますか?」
部屋の端でぼうっと立ち、窓の吹雪を眺めていたステラがそう聞いてきた。
――ここは魔王城二階の一室。
城内に数ある部屋の内、長テーブルとソファが設置される談話室のような部屋である。
俺とステラがくつろが場としてよく利用しているのだ。
「そうだな。温かい茶を貰おう」
俺がそう返せば、彼女は一礼し背後にある棚へと向かった。
利用する前は何も置かれていなかったが、現在では様々な銀食器などが置かれるスペースになっている。
長居することが多いため、彼女が簡易で飲み物を用意できるように室内に拵えたのだ。
俺はといえば、ソファに腰掛けて書庫から引っ張り出した本を読み耽っている。
今も俺の手元には本が一冊。テーブルには積み重なった本が置かれ、視界の半ばほどまで埋め尽くされている。
今日は使い魔に関する魔法書ではなく、知識書の類を適当に選別して持ってきている形だ。
俺はステラに頼っているばかりで、魔界での常識を知らない。
それを少しでも補うために本から知識を吸収していたのだ。
「どうぞ、アルマ様」
ことんと銀のコップが目の前に置かれ、俺は一度顔を上げる。
「魔界史の方はどうでしょう? 必要であれば補足を致しますよ」
「ありがとう……基本的には平気だな。読めない本があるわけでもないし」
現在読んでいるのは、魔界での歴史を纏めた本である。
一体誰が書き起こしたものかは知らないが、昔から最近までを丁寧に書き連ねた本と言っていいだろう。
これらの本に書かれている文字は人間界と魔界でほぼ変わりがなく、俺でも読めるものだ。
今更ながらに何故字や言葉が同一なのかが気になったが、それもこの本に概要があった。
曰く、大昔は人間と魔物の垣根はなかったのだという。使われている言葉が同じなのはその名残のようだ。
「そういえば、ステラは魔人についてどれだけ詳しいんだ?」
「スタークス様のような、ですか」
「あぁ。できれば現存している魔人を知っておきたいと思ってな」
得ておきたい知識の一つに、魔人があった。
――魔人。
その土地における顔役という立ち位置で、基本的には魔王と同じ強力な存在である。
ただ、本当にそう呼ばれているだけらしい。
魔王とは違って、何か特殊な力を得て魔人として現れるわけではないようだ。
既に俺も二体とは関わっているが、桁外れの怪物共なのは間違いない。
得てして、そういう連中が魔人と呼ばれている。
ならば充分に注意すべき存在であった。
「現存となると……その、私はあまり外には出られなかったもので。幾人かの名前程度は知っているくらいでしょうか」
「……あー、すまない。それで構わないから、名だけでも教えてくれ」
彼女は物理的に外界との関わりを絶たれていた期間がある。
少し、聞きにくいことを訊ねてしまったな。しかし、聞けるのならば聞いておこう。
彼女は額に人差し指を当てて考えた後、記憶にあるものを絞り出すようにぽつぽつと語り出した。
「――まずは土塊族のデーヴァンストス。私達長命族とは険悪な魔人ですので、私も覚えています」
「ふむ……何故険悪なんだ?」
「全体的に折が合わないようで……彼本人、というより種族としての関係が悪いのです」
土塊族……どこかで聞いた種族名だ。
確か、バラカタの奴が言っていたな。
俺の種族を揶揄する際、長命族と共に連ねていたはず。
「具体的な特徴は分かるか?」
「彼らは比較的体格が良く、小さいのが特徴ですね」
例えば今のアルマ様くらいの――そこまで言い掛けて、ステラははっと口を閉ざした。
「も、申し訳有りません」
「そこで謝られると、いたたまれない気持ちになってくるぞ」
俺と同程度で既に身体としては成熟している、と。
ふむ。だからあの時候補に挙がっていたのか……。
「他にはあるか?」
「彼らは土を操る魔法を得意としているはずですね。様々な工芸品は、大半が彼らの手によるものでしょう」
ステラは自分の手に持つカップを軽く指で弾いた。
軽快な音が鳴る。
「恐らく、この銀のコップも彼らが造ったものではないでしょうか」
「そうか……強いかどうかは分かるか?」
「そこまでは……。ですが好戦的な方達ではないので、その辺りは安心して良いかもしれませんね」
言って、彼女はコップに口を付けた。
そういえば、作らせた癖して一口も飲んでいない。
まだ湯気の立ち昇るコップへ、俺も手を伸ばした。
「他の魔人ですが……豚族のオールダン、という方がおりますね。以前に城内でお見掛けしたこともありますから」
「なに、城に来ていたのか?」
冷めぬ内にと続けて茶を啜っていたのだが、その言葉でコップを口から離す。
「ええ……随分と前の話ですが」
「豚族なら軍勢と戦った覚えがあるな。その時かもしれん」
数年は前だっただろうか。
魔物の混成軍が攻めて来た際、豚族の群れに複数の集落が同時に襲われた過去がある。その時は多大な被害と何人もの死者を出し、沈静化には時間が掛かったものだ。
「そうか……奴は魔人にも協力させていたわけだな」
「恐らくは。前魔王は無理に戦力を増員しておりましたし、私も元はそのように運ばれてきましたから」
「うっ……また聞きにくいことを聞いてしまったか」
「お気になさらず。もう過去の話ですよ」
さらっと言い切るステラの表情には、確かに陰りは見えない。
「他の魔人ですと……うーん……この方は、あまり言いたくはないですね……」
そんなステラであったのだが、何か悩ましい表情で口ごもってしまった。
口元に手を当て、両目を閉じて静かに唸っている。
そういった彼女の姿を見ることはあまりないのだが。
「なんだ。そこまで危険な魔人がいるというのか」
「危険……ええ、危険です。私がお話した魔人にアルマ様が会いに行くというのであれば、お勧めはしませんよ」
「いや、わざわざ会わん。以前の件があったから、事前に知っておこうとな。で、どんな魔人なんだ?」
「ええと、そうですね……」
どこか観念したように、口元の手を退かした。
「夢魔、ご存知ですか?」
「? 知らんが……いや、待て」
どこかで見たような気もする。
記憶を総動員して呼び起こしていくと、すぐに辿り着いた。
「ああ、魔法書の使い魔にそんなものがいたな」
「その夢魔です。使い魔として呼び出された者は、使役する召喚者との接続が切れてしまえば同時に消えますが――稀に残る者が居ます。そういった存在は悪魔族とまとめられ、夢魔はその一人になります」
俺が疑問を挟むより先に答えてくれた。
召喚した使い魔が現世に残り続けて、魔人とまで呼ばれるのか……。
これは、俺があまり迂闊に使い魔を使役しない方が良いかもしれんな。
「どのような力を持っているんだ? 悪魔なら、幻想生物ほど危険ではなさそうだが」
「……」
彼女は俺をじっと見て。
「男性とまぐわって精を貪り、エネルギーに変えます」
「な、なんだと」
「アルマ様の天敵ですね?」
「どうしてそうなる」
「私に恥じらうようでは、積極的に誘惑してくる夢魔に耐えられると思えませんので」
「……そんなことは。ううむ、そうだな……言い返す言葉はないが……」
「彼女は遠くの地で娼館街を経営しておりますので、アルマ様から出向かない限り会うこともないでしょう」
まるで釘を刺すように、彼女はそう言った。
いつもと変わらぬ様子だが、どこか視線が痛い。
俺はこういう話は得意ではないのだ……。
「……その魔人については概ね分かった。他の魔人については知っているか?」
「いいえ。残念ながら私の知る魔人は以上です。スタークス様やバラカタ様については、既にアルマ様も知っておりますし」
邂逅済みの魔人の名を挙げると、彼女はふぅと一息吐いた。
その手のコップをテーブルに置き、無造作に本を一冊手に取って。
「アーサー様、無事に向こうに辿り着けましたかね」
少し寂しげに、呟いた。
「恐らくな。時期的にはとっくに町で活動しているはずだ」
それは俺も気にはなっていたことだ。
もう別れからかなりの日が経過しているため、人間界に到着しているとは思う。
しかし連絡手段がない以上、俺にはどうすることもできない。
「気になるか?」
「ええ。それは、まあ」
「ふむ……どうにかしたいものだな」
そう言って、俺は開かれたままの本へと再び目を落とした。
今日から月末まで、がんばっていっぱい更新すると思います。
何故なら応募中のコンテストが10万文字以上だったからです!
やっべ、間に合わないけどいくらなんでも文字数で落としたくはないなって感じなので、がんばります!




