28話 魔人会談
暗闇に満ちる、どこかの空間。
長方形のテーブル中央に蝋燭の火が灯り、周囲を鈍く照らしている。
そこには幾つかの空席と――四名の魔物達の姿が映っていた。
「魔王が現れた。これは由々しき事態ぞ」
――灰の法衣が揺らめき、眼窩の空く骸骨姿の魔物がまず口を開いた。
彼には声帯というものが存在しないからか、魔力に乗せて運ばれた特殊な音波が言葉になり場に居る他の者達に響き渡る。
彼は苛立ちを押さえるように、片手に持った黄金の杖を打ち鳴らした。杖先の装飾が振動で鳴り、死臭にも似た魔力が辺りへ満ちていく。
「あぁ……バラカタの奴が動かしてたモンを潰されたみてぇだな。俺が折角寄越してやった兵が、何もせずに帰ってきやがった」
――その骸骨に返事を返すのは、頑強な鉄鎧で身を固めた豚族の男だ。
彼は通常の個体よりも数段大きな身体を前のめりにし、両肘をテーブルに突いて同じように苛立っていた。彼は続けて吐き捨てる。
「っち……なんでったって今なんだよ。しかも邪魔してくれやがるとはな、相変わらず魔王ってのは何考えてんのかわかんねぇ」
「――そうではない! それよりもだ! 儂を差し置いて魔王に成った上、力も制御しておるのは何事だ? 屑どもを動かし謀略で魔王を死に絶えさせ、次に儂が選ばれるのは間違いなかったはずだと言うのに!」
憤りをぶつけるように、骸骨はテーブルに拳を叩きつける。
「知らねぇよ。だったら勇者なんか使わず直接殺しゃ良かったじゃねぇか」
「それが為せるなら苦労はしておらん……!」
「んな過去より今の話をしようや。今回の魔王もどうやら面倒クセェってことをよ」
「そんな話だと? この儂の計画を」
「――いつもじゃない、そんな話ばかりして。はぁもう、眠たぁ……呼び出された私の身も考えて欲しいわ」
――横から眠たげに毒を吐いたのは、長命族と比較しても、飛び抜けて整った容姿の女。
腰まで伸びる長い紫髪。側頭部から飛び出すに螺旋の黒角に、背中から生える黒羽。ほぼ局部のみを覆い隠す扇情的な格好。それは夢魔と呼ばれる、個体数の少ない悪魔族であった。
彼女は欠伸を噛み殺すように右手で押さえながら、もう片方の腕を椅子の肘掛けに置いて頭を揺らしている。
半ば全方位に向けて発射された発言を受け、骸骨は眼窩を光らせて言い返す。
「この淫売婦めが……貴様とて、魔王の存在は邪魔であろうが! 真面目に考えて欲しいものだ」
「別にぃ、今のところこっちに被害もないしぃ。それより淫売って言ったの? もしかして欲情してる? 抱いてあげようか?」
「近寄るな、誰が貴様など求めるか!」
「あっそう……臭そうだしぃ、私も別に良いケド」
「なんだと? 儂が魔王になったら、貴様などォ……」
「うん、はいはい。魔王になったら上も下も相手してあげるからね、おじいちゃん」
「貴様ッッ!」
叫び散らす骸骨から死臭が強まるも、この場の誰もが相手にはしていない。
「でよォ、お前からはなんか無いのかよ? ――白鬼族サンよ」
豚族は二人の会話を遮るように声を張り上げ、黙して座ったままの最後の一人へ顔を向けた。
「逆に聞こう。貴公からはもう有益な情報は出ぬか?」
――冷気すら漂わせる、静かな声が空間に通る。
白鬼族と呼ばれた彼は、垂れる黒髪の隙間から三白眼を豚族へ向けた。血液が通っていないのか、病的に蒼白な無表情が灯火に照らされる。
襟を立てた漆黒の外套で耳元から下全てを覆っており、彼からは体格すらも窺えない。
「は……? お前がなんも喋ってねぇんじゃねーか。俺はもうねぇよ」
「そうか。では……貴公からは?」
「え、あ私? あぁこっち見てるね……うんないない知らない」
「ふむ。そうか」
彼はそれだけ聞き終えると、全身を霧に包んで外套ごと霧散していく。
寒気を覚えるような冷気にも似た魔力がその場から掻き消え、白鬼族の気配が完全に消失した。
「あやつ――情報を貰うだけ貰って消えおった! というか、何故儂には聞かぬ!」
「そりゃあ、ねぇ。お金も貰ってないのに愚痴なんか聞きたかないんじゃない?」
「ぐぬぬ……!」
「で、どうしたいの? なんもないなら、解散ってことで私も帰りまーす」
「ええいだったら帰れ淫売! 貴様に頼ることなど何もないわ!」
そう骸骨が叫んだ瞬間、眠たげなその姿も魔力に包まれてふっと消えてしまう。
「ぜぇ、はぁ……どいつもこいつも、協調性がない奴らめ」
「二人しか残らねぇんじゃ話にならんわな。どうする?」
「どうするだと? 決まっておる! 排除するのだ――成り立ての魔王など、儂が捩じ伏せてやる」
「そうかい、頑張ってくれや。今んとこ暴れてるって話は聞かねーし、俺も自領が荒らされない内は黙っておくわ」
二人が消えたことですっかりやる気を失ったか、豚族の姿も同じように消えていく。
取り残された骸骨は顎の骨をかくかくと揺らし叫び散らすも、既に席には彼の声を聞く者はいなかった。
「クソどもめがァ……まぁ、良かろう。奴らになど功績は渡さん。苦節数百年……今度こそ、儂が魔王の座を奪い返そうぞ――しかし、何故だ? 何故、儂ではなく別の者に移ったのだ?」
誰も居なくなったことで逆に冷静さを取り戻し、骸骨はぶつぶつと一人呟く。
考えるのは、継承された魔王が〝自分〟ではなかったこと。
「間違いなく魔力量は儂が一番、魔法の才も最高峰、死霊の軍勢という力も持っておる……にも関わらず、誰とも知らぬ有象無象と来た。だのに自壊もしておらん。少し、本腰を入れ調べてみるか……」
杖をかん、と地面に叩き付けると、彼の姿も徐々に霞と消えていく。
――そして誰もいなくなり、蝋燭の火が消える。
小さな空間が閉じ、何も見えなくなった。




