25話 侵攻を止めよ③
最初に攻撃を仕掛けて来たのは、バラカタの方であった。
背中から大きく広がる翼。そこから更に赤く煌めく魔力が周囲に飛散し、幾つもの魔法陣を描いていく。
総数、十枚。
展開したそれらの中心部に、魔力が熱へと変換されていく。
――炎系魔法、フレアブレス。
バラカタの背後から赤き炎の柱が吹き荒れ、空を埋め尽くした。
「空ごと俺を灼くつもりか」
十の熱線が放線状に広がる姿に、俺はまず逃げるのは困難と判断した。
片手で眼前に障壁を張って防ぎ――
「おせぇ!」
その防御方法を予見していたか、背後からバラカタが現れた。
炎の波で攻撃と同時に視界を防ぎ最速で回り込んできたのだ。
咄嗟にもう片手で反対へ障壁を張った瞬間、彼の振り下ろした爪が高い音を弾いた。ぎゃりぎゃりと三つの爪痕の形に上から障壁を裂かれ、俺はその間に下方へ離脱する。
だが、飛行速度は魔法で飛ぶ俺よりも飛竜族に分があった。
逃げ切るには一歩遅かったか、突っ込んできたバラカタの爪が俺の肩を掠める。
――速い。
「オラオラオラオラオラァ!」
息をも付かせぬ連撃。
空中で揉み合うようにその一撃一撃を両腕で払って受け流しつつ、俺は彼との間に一度に多重障壁を展開した。今度は爪が幾つかの障壁を割り砕くが、俺まで届かない。
「あぁ!? またそれか!」
自ら作った障壁を足場にして飛び、バラカタから大きく距離を取る。
離れゆくその姿に、再び魔法陣が展開されていくのを確認した。
「……意外に隙がないな。どう凌ぐか」
遠距離魔法での牽制と、接近して爪で刈り取る力技。
スタークスのように攻撃時に目立った隙は生まれず、離れれば即座に魔法を展開する高い対応力と来た。
俺が一撃入れるには、こちらも遠距離魔法を駆使するなどの搦手を使うか、攻撃を受けつつ強引に突破するか、だろう。
後者の手段はあまり取りたくはないが――前者ができるかと言えば、怪しいものがある。
俺が僅かな思考に意識を割いている間にも、バラカタは障壁を引き裂いて一直線に向かっていた。
翼の背後には同じく十枚の魔法陣。
だが、放たれるのはフレアブレスではなく――赤い槍の雨。
「ぶっ放せ!」
射出されたソレは熱気を持ちながら実体を持つ槍と化し、瞬く間に俺へと殺到した。
今まで見たことがない魔法である。
しかし俺はこれを障壁で受けるのは不味い、と直感で判断した。
直前まで槍へとかざしていた右手を上へずらし、再展開した障壁を蹴って下方へ逃げる。
槍の射程から脱出した俺は、見る。足場用に展開した障壁が容易く貫かれ、十の槍に削り取られて消失してく様を。
やはり障壁で防がないのは正解だったか。
槍の突破力を持った一撃に面の防御で対抗していれば、今頃俺の身体をも貫いていた可能性がある。
「逃げてばっかりじゃねぇか! この雑魚が!」
逃げ回る俺に対し、上から罵るような叫び声が轟いた。
見上げれば、両手をわなわなと震わせてバラカタは大口を開けている。
……ふむ、確かにそうだが。困ったな。
「服が傷付くのは困るんだがな」
「アァ!? 舐めてんのか!?」
装甲へと変じた外套を一瞥する。
強度は上がっているが、それでもあの槍を受ければ無傷とは行かないだろう。
あの牙も爪も同様に、直撃は避けたかったのだ。しかし攻撃を掻い潜って一撃を与えるとなると難しい。
俺は魔法も大したものは使えないし、得物も持っていないからだ。
障壁も魔力をただ出力しただけの簡易なものであるし。
「おーい、魔王! だったら服なんぞ脱がんかい! 脱げ脱げ!」
地面からそんな声が耳に届いてきた。
ちら、と下を見やればそこにはやはりスタークスが。
彼の言葉に同調するように、他の魔物達も「だったら脱げ!」と叫び出している。
どうやら、彼らにとってこの戦いは見世物気分らしい。
「腐れ魔王が……だったら纏めて焼き尽くしてやるまでだ」
「まぁ、そうだな。少し舐めていたとは思う」
「――アァ!?」
派手に壊すと修繕が大変、とのことから避けていたのだが……。
端から戦場に来るつもりで着込んだ外套である。
それを無傷で済ませようというのは、苦戦を強いられる以上はふざけている行為だ。
俺は一つ覚悟を決め、再びバラカタと同じ位置まで上がる。
これ以上逃げても隙を作るのは難しいだろうしな、仕方ない。
耐久勝負に持ち込んで勝った所で、そんな地味な決着で俺という存在が認められるとも思えん。
「望み通り、逃げるのは止めにしよう。好きに撃ってこい」
「……は、っ、はは……ははは! いいぜ――いいじゃねぇか、舐めやがって。避けるんじゃねぇぞ、魔王」
構えを取って待機する。
バラカタは腸が煮えくり返ったように荒々しく笑い、俺を指差した。
「受けるっていうなら、受けてみやがれ!」
宣言し、彼はその大口を開く。
口腔の奥。今までと比べ物にならないほどの魔力が一点に収束していくのを確認した。
――ドラゴンブレス。
恐らくは彼らが持ち得る中で、もっとも破壊力の高い必殺の攻撃であろう。
……おっと。これは、乗せられてしまったな。
俺が逃げ回らないと言ったからこそ、発動にも多大な隙が生じる一撃を選んだのだ。
大勢から見世物にされている今、俺が不意打ちをすれば魔王失格も同然。
好き放題に威力を上げるバラカタの口腔には、時間を掛けた分だけの白色の魔力が輝く。
きっと、先ほどのフレアブレスや炎の槍など比ではないはずだ。
……これは、受けざるを得まい。
だが、流石に障壁を張るのは芸がなさすぎるな。
どう防いだものか。
「いいだろう」
奴が力を込める時間だけ、俺も同様に右の拳に魔力を圧縮させていく。
――そして。
たっぷりと時間を掛けて放たれる銀の吐息が、俺を飲み込んだ。




