24話 侵攻を止めよ②
「な、なんだ、コイツは?」
俺の何倍とある背丈を震わせ、翼竜族は一歩後退した。
つられて他の連中も下がり、俺を中心にして円形の隙間が生まれる。
「侵攻の集まりか、と聞いている」
「そうだけど……魔王、なのか?」
「ああ」
ぎょろりと動く両の眼が上から下まで俺を見定める。
俺の小さな身体と、しかしその身から溢れる魔力に困惑した様子だ。
だが、何もせず動きもしない俺を見てか、彼は徐々に元の調子を取り戻しつつあった。
集団という大きな力を得ていることもあるのだろう。
「……そうかい。で、俺達の作戦に駆け付けてくれたってわけか?」
「作戦? これがか?」
俺は宙へと身体を浮かせ、彼らの背後を見通せる位置で止まった。
「数集めただけの集団で人間界に出向こうとは、旅行にでも行くつもりなのかと思ったぞ」
「なっ、なん……だと?」
「で、翼竜族。お前はバラカタだな?」
聞けば、彼は忌々しげに俺を睨んできた。
いくら魔王とはいえ、唐突に降って沸いた存在。俺の態度にプライドが傷付いたのだろう。
「そうだけど。なぁおい、引き篭もってる魔王様は相手の名前すら覚えらんないのか? ていうか誰だよお前は。ぽっと出の奴が〝魔王〟になったからって、〝魔人〟を見下せると思うなよ」
ぽっと出の奴、か。そこは否定できんな。
俺のような無名の存在が魔王になるより、コイツのような元々周囲に幅を利かせている存在がなった方が格は高いだろう。
……いや、条件から言うのであれば、通常魔人とすらも呼ばれていない存在が魔王になることはない、か。
「そうか。なら、侵攻の提案者もお前だな」
「――お前は誰だって聞いてんだよ、このチビ」
低い咆哮が俺の言葉を遮り、空気を振動させた。
そこで険悪な雰囲気を感じ取ってか、話の聞こえぬ距離に立つ連中の気も張り詰めていく。
「大体、なんの種族だよ。なあ、小人族か? 長命族か? 土塊族か? いいや――奴隷みてぇな外見で魔王名乗られてもな」
「奴隷だと?」
「そうだ、よくみりゃ家畜以下の奴隷にしか見えねぇ! ナァお前ら見てみろ! この思い上がりの成り立ては、まぐれで〝魔王〟になったからって自分が最強だと錯覚しているらしい!」
機を図っていたのだろう。
バラカタは大声を張り上げ、周囲の全員に聞こえるように叫んだ。
萎縮していた連中が俺の姿を再確認し、各所で徐々に笑いが起こってくる。
俺の姿を笑いの種とし、瞬時に呑まれていた大衆を味方にしたのか。
最初の威嚇もそのうち効果は減っていくとは思っていたが……一瞬で台無しにしてくれたな。
しかし、そうか。
この世界で人間は奴隷と呼ばれているらしい。
逆に言えば、消息不明となった人間も少数は死亡せず、家畜として魔界で生きている例があるということになる。
それは知らなかった。
ならば、やはりこの姿は面倒だな。
人間に似た姿であることに何の利点も生まれない。
まぁ、今更か……。
「これみよがしに空飛びやがって、翼竜と同じ土俵に立ったつもりか? 俺を舐めてんのか」
「もう一度言うぞ、バラカタ。お前がこの侵攻を提案したのか?」
「ああそうだ、そうだぜ、何か文句があんのか? ボク以外に勝手されたら困りまちゅってか? それとも――自分と同じ奴隷に情でも沸いてるのかな」
彼は翼を大きく広げ、俺より高い位置へと飛び上がった。
明確に差し向けられる敵意と、周囲からの好奇の目が俺に集中している。
既に俺への畏怖は消えているらしく、悪口雑言が飛び交っていた。
遠巻きに見えるスタークスだけは無関係にペットと戯れていたが……。
ああ、思い出した。これに似た状況を良く覚えている。
――あの時も、周りは敵だらけだったな。
しかし、今は明確に違う部分もある。
あの時の絶望感を、俺は抱いていない。
そして、俺が牙を剥くことで文句を付ける奴もいない。
……まぁ、殺しはせんよ。
約束があるからな。
「ところで、お前は勇者が死んだと言っていたそうだな。何故そうだと分かる?」
「そんなことも知らねぇのか! 引き篭もりの新参魔王様はよぉ!?」
「ああ知らん。どのような手段で確認したんだ?」
「……ッチ、いい加減うぜぇな。そろそろ死ねよ。そんで――〝魔王〟を寄越せ」
とうとう痺れを切らしたか、バラカタは俺の問答に答えなくなった。
唾を吐き捨て、遥か空へと飛翔。
意趣返しでもあるのか、俺がやったのと同じように魔力を解放してきた。
肌が魔力の圧で焼け付きそうになる感覚だ。
ああ……これは強いな。流石は竜族、吠えるだけのことはある。
俺が勇者として戦っていた時も、この世にない幻想種の竜には苦戦したものだ。
「会話で分かり合えるなどとは、俺も思っていないさ」
ずっと、この時を待っていたのだ。
お前が周囲を巻き込んで空気を味方に付けたように、俺はお前が怒るのを待っていた。
俺からではなく、お前から仕掛けてくることを望んでいた。
――俺もバラカタと同じ位置まで高度を上げ、余波で被害を生まないように配慮する。
力を証明する以外に魔物を従える術はない。
スタークスから学んだことだ。
俺の姿は魔界では醜悪な奴隷であり、脆弱な存在であり、立っているだけで見下される弱者である。
彼らは同時に、そんな俺が〝魔王〟となっていることに大層憤慨していることだろう。
お前程度がなれるのであれば、自分もなれるはずだった、と。
当然、バラカタも思っていたはずだ。そして、彼はこうも考えているだろう。
タイミングの良い時に極上の餌がやって来た。この成り上がりを倒して魔王となり、その勢いで人間界を喰らい尽くしてやろうと。
その思い上がりを上から叩き潰すのだ。
全身を魔力で強化し、戦闘準備を整える。
俺の身体は何一つ変わらないが、流された魔力に合わせて外套が黒色の輝きを生んだ。
ただ纏っていただけのソレが頑強な鎧に引けを取らぬ装甲と化し、より黒く禍々しく邪悪に変貌していく。
「――来い」
勇者の時の戦闘スタイルとは全く違う。剣も持たず、素手一つ。
だが……それでいい。
俺に求められているのは、高度で研鑽された技術などではない。
圧倒的な暴虐である。




