23話 侵攻を止めよ①
意識を先に覚醒させたのは、魔人スタークスであった。
力を直接振りかざした方が先というのは――まあ、取り立てて不思議がることでもない。
彼は跳ねるように起き上がると同時、目の前で腕組みをしていた俺を見て叫んだ。
ペットの名を。
「パンパンちゃんがいないッ!?」
「……」
「――おお、魔王! ここは貴様の城であったか! 俺は貴様に落とされたのだったな! ガハハ」
「寝ぼけている暇はないぞ。太陽が沈む前に向かわねばならん」
あれからかなりの時間が経過してしまった。
窓越しの夕陽を指して、俺はスタークスを急かす。
彼の言葉が誤りでないなら侵攻は日没後だ。
俺の足ならどこだろうと間に合わんこともないが、できる限り急いでおきたい。
「はっ! そうだったな。ところでパンパンちゃんはどこだ?」
「……広間に居るよ。餌も食わせてる」
「そうかァ!」
起きるなりペットの心配しかしていない彼にげんなりしつつ、俺は彼を連れて廊下へ出る。
ステラを別室に運んだ際、広間へ獣の確認に行っている。俺が部屋で威圧を撒いたことで獣は一層怯えていたが、城から逃げ出してはいなかった。
俺を見るなり後退しながら唸っていたが、警戒されるのは当然だ。
スタークスが目を覚ますまで、獣にはまた長時間待たせることになる。流石にしばらく放置するのも、と思い備蓄から適当な肉を幾つか置いていた。
好きなものを食えと一方的に伝え、俺はスタークスの前に戻ってきている。
半ば見張り役として、だ。
こいつを放置したまま目覚めた時、何を始めるか分からなかったからな。
入口前の広間に到着する。
獣は全ての餌を平らげ、ちょこんと端に座っていた。
俺に警戒するよりも主人が戻ってきた安心が勝ったか、スタークスに寄り添って頬を擦り付けている。
常人なら吹っ飛んでもおかしくない強さで頬ずりを受けながらも、スタークスは高笑いし六本の腕を駆使して撫で返している。
……仲がいいのは充分伝わったよ。
彼らから離れていた俺は、毛皮の上着を脱いで壁掛けのフックへ掛けた。その後、隣のフックに掛かっていた前魔王の外套を手に取り、羽織る。
ステラが今の俺に合わせて作り直してくれたものだ。直した時に言われたが、この服には装飾も含め様々な魔法効果が織り込まれているらしく。
つまりは、そういった場に行くなら相応に仰々しい装備で現れた方が〝らしい〟ということだ。
「じゃれ合いが済んだなら行くぞ、スタークス」
「あァ? 長命族の女は連れて行かんのか」
俺の後ろ辺りへ視線を配り、彼はそう切り返しをしてくる。
ああ、そうか。彼はステラも付いてくるものと思っていたか。
「いや、俺一人だ。ステラは城に残す」
気配がしてこないため、ステラが目を覚ますのはまだ先になるだろう。
それに、俺がこれから向かう場所は危険だ。
ステラを守ることは可能だろうが、同時に俺が全力を出し切れない。
軍勢を相手にするならば、出し惜しみなく力を使える環境にしておきたかったのだ。
枕元には、朝までには戻ると書き置きも遺している。
万が一城に別の危険が発生する可能性も視野に入れ、出掛ける際は周囲に障壁を張っておくつもりだ。
そこまですれば問題は出まい。
「オウ、分かった。なら向かおう! 人間界で珍しいモン食おうなぁ、パンパンちゃん!」
……ん?
「待て、スタークス」
意気揚々と城から出ていこうとする彼を呼び止める。
呑気に振り返ったその顔に、俺は今抱いた違和感をぶつけることにした。
「お前、部屋での話覚えてるか?」
「おうさ! 人間界、滅ぼすんだろ!」
「……こいつ」
きっと頭に脳が入っていないのだろう。
俺は無駄だと諦め、説明を放棄した。
◇
――黒喰みの崖。
魔物が集結している地に付けられた名称だ。
度重なる魔力災害と戦争で大地が飢え、黒く変色し草木すら生えなくなった荒野の中心部。
大きく地盤がずれて崖となった場所の上に、様々な種族が集結していた。
まず目立つのは、竜族の群れであろうか。
巨大な体躯と翼を持つ翼竜族。
人型で二足歩行だが、頭部は幻想の竜の面影を残している。それらが数十体、長い尾を巻いて整列している。
次に、翼が無い代わりに太い尻尾を持つ地竜族。
基本的な姿は翼竜族と差は無いが、翼竜族よりも全体的に一回り大きく、筋肉に厚みが見られる。
それらも同じく数十体。
彼ら竜族の背後に、数百……数千だろうか。
数すらも不明なほど大量の盗人族と豚族の姿が集合している。俺が勇者として戦った時、何度も相手にした手合いだ。
他にも群れの中に数体の巨人族が確認できる。
数が多すぎて少数個体は把握しにくいが、そんなところだろう。
遥か空からその姿を見下ろした俺は、じっとその群れを見つめていた。
視線の下――獣の背に跨ってその軍勢に集合した魔人スタークスが、群れのリーダー格と思しき魔物と会話をしている。
俺は最初に空から向かうと伝えているため、彼には先行して貰っている形だ。
「群れのリーダーは、ドラゴンが翼ありとなしで一体ずつ。その他で幾つか率いてそうな連中は居るが……軍隊とは言えんな」
統率は各群れで行われているようだが、全体としては有象無象の集まりだ。一丸となって襲い来る魔王軍と比較してしまえば、最早野良の魔物と大差は無いだろう。
それでも、この数が突如人間界に押し寄せれば未曾有の大災害にはなるか。
「トップは見当たらんな。やはりあのドラゴンに接触するのが一番か?」
翼竜族、バラカタ。
スタークスと話していたソイツが先導した可能性は高いだろう。一体だけ他の地竜族とも引けを取らない体躯をしていることから、アレがリーダーなのも確定している。バラカタかどうかまでは確定していないが……。
遥か下で粒のようになってはいるが、筋肉達磨のスタークスと同等のサイズだ。
果たして竜族より遥かに巨大であり、ギガースにも迫る黒い獣とは一体何なのかが気になってくるところだが。
……いや、今はどうでもいい。
「っと――そうだな。彼らの前でドラゴン、とは呼ばぬようにしておこう。あれは人間界での通称だ」
これもステラの知恵から得ているものだが。
ドラゴン――それにゴブリンやオークなど、それらは全て人間側が呼ぶ名称である。もちろん、エルフも。
ならば魔王が彼らをそう呼ぶのは、魔物側からして不自然だ。侮辱にあたるかどうかは知らないが、わざわざ聞き慣れぬ名称を使って会話する理由はない。
俺はそのことを再認識しつつ、それまで内に秘めていた魔王の力を解放する。
すると、一斉に俺の浮かぶ夜空へと魔物の視線が突き刺さった。
いい反応だ。
存在感はある程度振りまかねば、この軍勢の前では霞みそうだったからな。
俺は彼らをしばらく見下す。
そして一気に下降し、翼竜族バラカタと思しき魔物の前へ降り立った。
「――人間界に侵攻しようという集まりだが、ここで間違いないな?」




