21話 不穏の種
治療後、スタークスは城内の空いた一室に招待していた。
獣の方は体躯の巨大さから城の広間までしか入れず、そこで待機させている。
さて彼の傷の具合だが、どうやら俺や本人が考えているよりも酷かったようだ。
何でも、立って歩いているのが不思議なほどで。見た目に異常こそ見られないが、中身がぐちゃぐちゃになっていたらしい。
喋る度に吐血していたのはそのためだ。
治療して形を元々の位置に整えているが、過度な運動と大声は厳禁とのこと。
そのため、スタークスは椅子に座らされ縄で固定されている。放置しておくとすぐに立ち上がるし、部屋の物色まで始めるからだった。
どうやらこの男に安静という概念はないらしい。
まぁ。縛った縄を引きちぎらないだけ分別はある、と好意的に捉えておくとしよう。
「しかし、なぁ。長命族がいようとは思わなんだ。治療とはそういうことであったか! ガッハッハ!」
「アルマ様。あの方、大声を出すなという簡単な忠告も聞き入れてくれません……」
「諦めてくれ。俺も何度も言った」
快活に笑うスタークスに吐血は見られないが、あまり無理をすれば元に戻した傷が開く可能性がある。半日は動くだけでなく叫ぶのも控えてほしいと言ったところ、彼は大声で頷いてきた。
全く分かっていないことが分かったが、今更である。
「ところで……ステラは長命族と呼ばれているのか。俺も気にはなっていたのだが、どのくらい生きるんだ?」
俺は小声にてステラに尋ねる。
人間界では一般にエルフと呼ばれるが、長命族という呼称に覚えはない。多腕族から分かる通り、特徴がそのまま種族として定着しているのだろうが。
ともあれだ。長命なのは知っていても、エルフの正確な寿命までは知らない。
人間の倍は生きるとして、二百ほどであろうか。
「そうですね。七百か、長くて千年ほどといったところです」
「……俺が十回は寿命で死ねるな、それ」
「それはどうでしょう。魔王には寿命がないと言われていますので、アルマ様も同じではないでしょうか?」
「なんだと」
それは知らなかった。
俺がステラの言葉に驚愕していると、「ですが」と首を振った。
「今までの魔王は戦いで命を落としているので、実のところは短命です。誰も真実は知りませんから、本当は寿命が延びるだけなのかもしれませんね」
「そうか……」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。
なら良い。
永遠に生きるなど想像も付かないが、あまり良いものではないとは思う。何せ、周りに誰も俺を知る者がいなくなるのだ。
生きる内に新しく縁が結ばれるとはいえ、その人物でさえもいつかはいなくなる。
俺だけが取り残され続けるというのは、きっと耐えられない。
彼女は俺のその姿を見てか、
「千年まではお傍におりますよ」
「何の慰めだ。やめてくれ……俺には百年先すら想像できないんだ」
人間の寿命は百もないのだ。
それに、俺はまだ二十年程度しか生きていない。
その何倍も過ごす未来を思い描くことすら難しいというのに。
「……そうか。俺が先に死ぬ未来もあるんだな」
「生物である以上は仕方のないことですよ。それに、アルマ様の最期を看取れるのでしたら、それほど幸せなことはありません」
「いや、いや、本当にやめてくれ。冗談ではないぞ」
ステラはくすりと笑むと、突然俺と同じ視線まで屈んでくる。なんだと見やれば、彼女はどこか悪戯な笑みを浮かべていた。
「ちなみに。私達長命種は成長が早く、老いが遅いのですが」
「ふむ。そうなのか」
「私、いくつに見えます?」
――確かに気になってはいた。ステラが何年生きているのかを知りたいと思うことはあった。
だが、まさ向こうから聞いてくるとは。
「……年齢は失礼だと思って、聞かなかったんだが」
「なるほど。でしたら、この話はなかったことに」
「いや待て、そうだな……寿命もあることだ、知っておいた方がいいだろう」
「はい」
「いくつなんだ?」
「ふふ」
彼女は柔和に笑った。
そして、そのまま上目遣いで黙ってしまった。
俺に答えろ、と。
答えた後でなければ教えないと言うのか。
なるほど……。
「言った方がいいか?」
「はい、気になります。私、アルマ様からいくつに見られているのでしょう」
「……なあ。ぴたりと当てられなかった場合、俺は物凄く失礼なのではないか?」
「そのようなことはないとは思いますけれども」
ステラは顎に人差し指を置くようにして、眉尻をやや下げる。
「八百年とか言われたら悲しいですね」
「俺が絶対に言わない解答だ」
いくら老いが遅いといっても、という次元ですらない。真面目だろうが冗談交じりだろうが失礼過ぎる。
さあ、真面目に考えよう。
俺は一度彼女から視線を外し、目を閉じて思考の海に沈む。
そうだ。どこかにヒントがあるはずだ。
俺とて、彼女とそれなりの日数を過ごしてきたのだから。
「……百年、か?」
しばらく考えて。
俺は顔を上げると、彼女の目を見てそう答えた。
――ステラの外見は、人間基準で見れば随分と若々しい。
十代後半か、二十代としてもまだ入ったばかりにしか見えないほどだ。
はっきり言って、見た目からは年齢を推測できない。
しかしとうに成長期は終えているのだろう。
また、彼女は前魔王の元で囚われている。
期間は知らないが……しかし何十年も囚われているとは考え難い。
何故なら魔王は俺が生まれた頃に発生し、俺が二十を迎えた年に討伐を果たしたからだ。二十年の内、魔王に始めから暴虐を振り撒けるほどの余裕はなかっただろう。
その期間から俺がやってくるまで、彼女には知識を得る時間はなかった。だというのに、得ている知識は豊富である。
彼女が持つ魔法の技量、長けた技術、そして魔界の知識。
その蓄積には、相応の年数が必要なはずで。
俺の答えを聞くと、ステラはじっとこちらを見つめる。
「考えすぎではありませんか。もっと、軽い気持ちで言って下さるかと思いました」
「言えるわけないだろう……」
「ですが、惜しいですね」
「惜しかったのか?」
「やっぱり、惜しくないかもしれません」
「どっちなんだ」
「んー……私、確かに初心な年頃ではないとは言った気はしますが」
ぷい、と俺から顔を背けて言った。
「そこまで老成はしていません。アルマ様より長生きですが、私はまだ六十にも満たないですよ」
ステラは姿勢を正して直立すると、今度は上から見下ろしてくる。
「その、なんだ。すまない」
「こちらこそ意地悪な質問でした。お許し下さい」
「許すも何もな――」
「貴様らァ! 俺の前でずっとイチャつきおってからに! 俺は何を見せられている!」
「「あ……」」
そこで。
俺とステラは再び顔を見合わせる。
途中からスタークスが黙ってこちらを見ていたため、すっかり存在を忘れかけていた。
よく今まで静観していられたものだ。
逆に言えば誰かに聞かせるようなものでもない会話を聞かれていた、ということだが。
ステラが咳払いした後、やや不機嫌そうにスタークスへと身体を向ける。
「……こほん。魔王アルマ様の御前ですよ。叫ぶだけでは飽き足らず、〝貴様〟とは。何ですか?」
「態度が急に変わりおった!? つうか言ってほしけりゃ魔王らしく振る舞わんか!」
「むっ――あなた、敗北したのでしょう? その上で生命まで救われて、アルマ様に振る舞いまで指摘するのですか」
「待てステラ……いいんだ。俺が魔王らしくない、というのは間違ってない。それに、元は俺が原因だからな」
何やら険悪な雰囲気を感じ、俺はステラの前へ割って静止する。
腕を差し出した時点でステラは反論の言葉を取り止めるが、どうやらスタークスの態度にあまり納得が行っていないようだった。
「退屈させて悪かったよ。だが、どちらにせよ半日はじっとして貰うがな」
「ええい! こんな傷唾つけとけば治るというに」
「治るわけないだろう。内臓破裂だぞ」
「それに半日も休んではおれん! 決起に間に合わんではないか」
「決起? なんだ、それは」
俺の報復に来た以外に何かあったというのか。
スタークスは俺の質問に僅かに首を傾げ「んん?」と怪訝に唸る。
それから、
「まさか、知らんのか――人間界侵攻の日だぞ?」




