20話 魔人スタークス
城までの道中、赤い男は自らを魔人スタークスと名乗った。
――魔人。
その呼び方には聞き覚えがある。
魔王と同様に、力ある存在を指した称号だったはずだ。
人間では兵を束ねる隊長、または集団のリーダーに相当する存在と言えばいいだろうか。
過去、人間界に魔人が攻めてきた記録も幾つか残っていたが……俺が知るのは一帯を支配する強者が魔人、ということ。
言ってしまえば魔王とやっていることは同じといえる。
「貴様は魔人種のようだが……何だ? 検討付かん」
「お前からすれば、俺は何の種に見えるというのだ」
「分からんから聞いている! 小人とは違うべバァ!」
口から血を吐く姿も、既に見飽きた光景だ。
言っても止めないため特に突っ込まない。
しかし、俺は何に属しているか分からないか。
姿から特徴が見えてこないのだろう。
人間だと言ってしまえば腑に落ちる可能性はあるが、教える義理はない。
「ところで、お前は何の種だ?」
「あん? 俺は見ての通り多腕族よ。腕っぷしが強い! ガハハガバハァッ!」
「……そうか」
彼ら人に近い魔物は、まとめて亜人種と呼ばれる。
魔界では人間界における人間と似る生態系の種族だ。身体の造りが様々なのは、厳しい環境に合わせて身体の方が変化、適応したということだろう。
それにしても、腕が多いから多腕族とは本当に見たままである。
「俺のパンパンちゃんとは腕と尾の本数で気が合ってな!」
「聞いていない情報だな」
「ふさふさでかあぁいいんだぁゲホボアッ」
「お前もう喋らなくていいぞ」
思わず突っ込んでしまった。
ちらと後方へ目を向ければ、一歩引いた位置からのそのそ付いてくる黒い獣もといパンパンちゃん。
視線に気付いたか、萎縮するように尾が垂れる。
ただ獣自体は俺を見てはおらず、主の方を向いたままだ。もう少し正しく言えば、彼が吐いた血痕を見つめているといったところ。
魔人スタークスは腹の中身を破壊されてなお元気そうに振る舞うが、獣はその身を案じているのだろう。
言葉は一方的にしか交わせないが、互いの信頼関係は成り立っているらしい。
「そう心配するな。これ以上は歩かせん、目的地は目の前だ」
俺は安心させるよう、後方に向けて言った。
誰がどうやって建てたか知らないが、城は深い森の中の一部を切り拓いて造られている。
整備された道はなく獣道を通る必要があり、辿り着く寸前まで外観が見えてこないのだ。この獣からしてみれば、どこまで進めば良いのか分からないのは不安材料だっただろう。
「お前達が初の来客だ。ようこそ、俺の城へ」
森を抜ければ、そこは巨大な魔王城。未だ修復されていない箇所こそ目立つが、今は俺の家である――と。
城の門前で、ステラがぽつんと立っていた。
「あ、アルマ様……ご無事でしたか!」
「ステラ。外に居たのか」
「激しい戦闘音があったものですから……そちらの、方々は?」
「あぁ、彼らが異常魔力の原因だよ。少しやり合ったが、問題はもうない」
俺はスタークスを親指で指し、続けて伝える。
「だが、やり過ぎてな。その男を治療してやってくれないか」
「ガハハハ、俺なら心配いらーんグホォッ!」
いや喋るなと言っただろうが。
盛大に門前に血を吐いた彼を見て、ステラの目の色が変わる。
「すぐに治します。そこの方、力を抜いて横になって下さい」
「ぬ、俺か? 立ったままで全然問題」
「――早く横になりなさい。死にたいのですか」
「ぬ、ぬぅ」
有無を言わさぬ眼光に睨まれ、あのスタークスが大人しく従っている。素直に横になる彼を見て、俺はステラの普段見ない一面に新鮮な心持ちを覚えていた。
ステラはこういう時、押しが非常に強い。
だが、そのような強い語気は耳にしたことはなかった。俺や勇者相手だからというのはあるだろうが……。
俺の話などまるで聞いていないスタークスが従ったことから、よほどの威圧感があったのかもしれない。
魔力による圧力とはまた、別の才能である。
彼女はスタークスの側に腰を下ろし、両手を彼の胸部付近へ掲げた。
緑と青色の輝きが粒となって集まっていく。
今度は粒が複数の大きな塊に分かれ、いっそう強い輝きを放つ。それらがスタークスの体内へとゆっくりと流れ込むと、彼は「おおお」と気持ち良さげに叫んでステラに怒られていた。
「……懲りない奴め」
俺は待機する獣と共に、傷が癒える様子をしばらく眺めていた。




