19話 戦闘と名乗り
戦闘に於いて実力を決定付けるモノは、魔力の量や質ではない。
魔力は個人が持つ戦闘力を計測するのに丁度いパラメータではあるが、強者が揃った際は実力を補強する程度の代物に成り下がる。
歴然の差が生まれているからこそ、一方的に弱い方が恐怖を抱くわけで。
つまりは、差が明確に現れない相手との戦いで不戦勝は有り得ない。
凶悪な魔力同士がぶつかり合う。
やや赤い男の圧が弱いが、それでも拮抗していると言えた。
強圧で木々を吹き飛ばす中央、互いを睨み合いながら――先に動いたのは、赤い男だ。
凶暴に荒れ狂う魔力が男の中に集約され、真っ直ぐに突進してくる。
全てを身体強化に費やした愚直なまでの接近戦。
それだけの魔力を持ちながら、奇しくも俺と同じタイプの戦い方だ。
空を切る左三つの拳による同時三撃。
同じく身体強化を施した右腕で手刀を行い、全て弾くことで受け流す。
拳は空を突き、雷が降るような轟音を世界へ刻んだ。
空を叩いた魔力の残滓が直線状に位置する地面に亀裂を生み、奥側の大木を真っ二つに裂く。
「俺の拳を受け切った、だと!」
速度、力、破壊力共に一流。
だが動きそのものは洗練されておらず、僅かな間隙が男に発生していた。いや、隙と言うには些細なものであはる。
相手が魔王でなければ――たったの一撃で勝敗は決していたが故の、男の見落としだ。
俺は拳を受け流すと同時に半歩踏み込んで身を落とす。
その重心の低さを利用し、左掌底を腹部に見舞った。
「ぐぅぉあァッッ!」
頑強な腹筋と身体強化で肉体の破裂は免れたが、男の身体は斜め上へと大きく打ち上がった。
俺は跳躍して男の上方を取った上で、同時に幾重もの障壁を周囲に展開。
互いの逃げ場を完全に消し去る。
「き、サマ……!」
「手加減はせんぞ」
右足に魔力を込め、一回転。
空中にて身体の自由の効かぬ男の胸部へ、全身全霊の踵を振り落とした。
地鳴りに似た重い振動で空気が揺れる。
胸部を大きく凹ませた後、男は障壁を突き破って地面へ落下していった。
俺はその姿を見下ろし、宙に浮いたまま様子を窺う。
手応えがあった。骨の幾つかは粉砕し、内側の臓器も幾つか潰した感触があった。
だから今ので終わったと思ったのだが……。
男は血塊を口から吹いたと思えば、仰向けの状態から即座に立ち上がってきた。
しかし、直撃は確かに身体に響いている。
空の俺を見て構えを取り直した姿に、最初ほどの力は感じられない。
俺は言い放った。
「止めだ、お前では俺に届かない。力に任せすぎだ」
「くっ……まだまだよ、まだ戦えるぞ、この俺は!」
「戦えはするだろうな。だが弱い拳では俺に届かんぞ」
構える男と同じ目線まで降り、俺は冷徹にそう告げる。
一切の手加減はしなかった。
男が力ある魔物だったからこそ本気で攻撃したのだ。
耐え切り、なお強い意識を保っているだけ讃えるべきであろう。こんな存在が魔王であれば、相当に厄介だったに違いない。
「俺はお前を殺すつもりはない。ああ、ペットを傷付けて悪かったな、それは謝ろう」
「……随分と魔王らしくもない台詞を吐きやがる」
「よく言われるよ」
主にステラに、だが。
俺は魔王らしく振る舞うつもりはない。
「で、要件はペットの敵討ちか? 魔王の簒奪か?」
「どっちもだが、目的は果たせなんだ……貴様強いな。本当に成り立てか?」
「なんだ。成り立てだと弱いのが常識なのか?」
「力に溺れると聞く。それで姿を見せぬのだと巷で言われてるぞ。貴様、それで何故篭もっている」
確かに。明らかに尋常ではない力だ。
継承したばかりの魔王は、それを扱い切れずにしばらく持て余すのだろう。魔王の俺が勇者の力を使いこなせないようなもの、と思えば納得しやすいか。
それはそれとして、俺に支配欲はない。
篭もっているのではなく、普通に生活をしているだけだ。
「今は絶凍期だ。好んで外に出たくないのではないか」
「っは、戯けたことをゲホォッ」
男は更に血塊を吹き出す。
ぺちゃっと地面に赤い肉の塊のようなものが吐き出されるのを見て、俺は流石に顔を歪めた。
「俺が言うのもなんだが、大丈夫か?」
「貴様! げぼっ敗者を気にかけるか! ガハァ!」
「叫ぶな。余計に傷が広がっているだろう」
その傷でどうして力一杯に叫ぼうとするのか、これが分からない。ともあれ、そのままでは無駄死にを生みそうだ。
絶凍の中、放置して帰って死なれても寝覚めが悪い。
俺は背後に設置したままの多重障壁へと歩み寄る。
そこに隔離していた上着を羽織り、男へ視線を投げた。
「そのままでは死ぬな。ついてこい、最大限の治療はしよう」
「……何故だ? 何故俺を助ける」
頭を振った男がまた血を吐き、俺は溜息一つ。
そんなことを言われてもな。
「元は俺が原因だろう。そこの獣に戦闘を吹っ掛けたのは俺からだし、始末くらいは付けるさ」
「な……っ」
「それでいいか? そこの獣。俺の言葉は分かっているのだろう?」
一歩後ずさった獣だが、俺の言葉に首を振った。
「そこまで言われてしまえば仕方ない……すまなかった! 不用意に喧嘩を売り返した俺のガハァッ! 俺のはやとちぐふっ」
「いや、何故叫ぶ」
「ハァ……ハァ、貴様の名だ。名を教えよ」
俺の心配など聞いていないのか、男は問うてくる。
おっと。
まさかこんなにも早く新たな名を披露する機会があるとは思わなかったが、丁度良い。
あの話をしていなければ今頃困っていたな、と俺は零してから。
「アルマ――魔王アルマだ」
そう男に名乗った。
【お知らせ】
色々タイトル試行錯誤してましたが、故あって元々のタイトルに戻しました。
以降タイトル変更はありません、紛らわしくってすまねぇ。




