18話 魔王と獣の主
絶凍の季節はすぐにやってきた。
勇者と別れ、既に十日は経っているだろうか。
俺は凍えるような空気に耐えるため、ステラ謹製毛皮の上着を羽織っている。
「勇者は、人間界に渡っていれば大丈夫であろうが……この寒さは中々に厳しいものがあるな」
魔王の身体と言えども、寒さには対応していないようだ。
一時的な痛みには我慢や耐性はあるが、恒常的に寒いものはどう足掻いても寒い。
体温が奪われ続ければ、魔王でもきっと死ぬ。
とんでもない死に方だ。仮にそんな死に方をすれば末代まで語られるかもしれない。
ともあれ、ステラの先を見る目は確かだったということだ。
「さて、この辺りか」
ずしゃり。雪に覆われた大地を踏みつけ、俺は開けた場所で立ち止まった。
人間界とは違い、絶凍期はその凶悪な寒さからほとんどの魔物の姿が減る時期である。
多くの魔物は余計な体力を消費しないよう、活動時間を減らしてどこかへ隠れる。土や雪、自分で掘った穴蔵に篭もってしまうと俺達の目には止まらない。
そういった魔物は絶凍期を終えるまで気配がほぼないため、存在も知覚できなくなる。
蔓延っているのは寒さに耐性を付けた一部の種類のみだ。身体の中に燃焼機関を備えているモノ、火系の魔力を扱えるモノなど。比較的影響の少ない地域に逃げ込んで活動を続ける魔物もいるようだ。
――俺は実際の絶凍期を知らなかったため、ステラの受け売りなのだが。
故に、狩りに適した時期ではない。
そうなるのを見越して、城内に絶凍を越すだけの蓄えは作っている。
では、そんな時期に何しに外へ出たのかと言えば。
「いつか見た姿だが……お前だったか」
この辺りに強力な魔力の気配を感じてのことであった。
それも一度ではなく、である。
城の周辺までやってくる同じ気配がここ最近で何度も現れた。まるで偵察されているような気分を感じ、こうして来てみれば――。
俺の姿に呼応するように現れた、一匹の獣。
その姿は黒一色で塗り潰したような四足獣だ。
銀色の大地では異彩を放ち、野良の魔物では唯一化け物と呼んで差し支えない体躯。
逆立つ六本の尾に魔力が籠もり――ソイツは、ひしひしと強い敵意を俺に叩きつけていた。
こうして小さくなった今、サイズ差は比べるべくもない。しかし一切の緩みは相手にないようで。
「なんだ。俺に復讐でもしに来たのか?」
俺の言葉が分かるらしいソイツは、しかし返事をしない。
ぐるると重く響く呻き声を上げながらも、俺から距離を取ったまま微動だにしなかった。
そのまま少し睨み合う。
互いに一歩も引かずに見つめ合うこと、更に少し。
何も仕掛けてこないのであれば適当にあしらって撃退しようかと考えた時、それは現れた。
「――貴様、貴様貴様貴様がァ!」
どん、と眼前の雪を吹き飛ばして空中から何かが降り立ったのだ。
耳障りな叫び声を上げながら、その何者かが雪煙の中で俺に叫んでいる。
「貴様が! この俺の大切なパンパンちゃんを傷付けたガキャコラァ――魔王!?」
「……パンパンちゃん?」
煙が晴れ、ようやくその姿が見えてくる。
灼熱のような赤い肌を持つ、人型の筋骨隆々な大男だ。
血管の浮き上がった顔は驚きによって口と鼻を大きく開き、肩から生える六本の腕が全て開かれた状態で硬直している。
その姿には俺も驚いた。
腕が六本あった、という部分にではない。珍しいとは思うが魔物にはそういった種もいるだろう。
ソイツは下半身にやたら豪華な衣類を纏いながら――上裸だったのだ。
「……魔王だとぉ!?」
「喧しいな。お前は誰だ、後何故上裸なんだ? 凍え死にたいのか」
「――ふっ。魔王なのに服を着なければ生きられないなどと! 臆病者だな!」
何を言っているんだこの魔物は。
おかしいのはお前だ。
しかし、この男が現れてから体感温度が上がったような気がする。それに背後の獣から、一瞬にして怯えが取れた。
さきほどの言葉と合わせれば、この魔物は黒い獣を飼っているのだと想定できる。妙な愛称を付けていることから間違いはない。
「一応、改めて聞いておこう。何の用だ?」
「何の用だと? 貴様がこの俺のパンパンちゃんを弄んでくれたと聞いたから飛んでやってきたのだ」
「飛んで……? 何日経過したと思っているんだ」
「だがしかし来てみれば魔王! ハハッそうか今代の魔王ならば成り立てだ――しかも小さな子供だと! 笑止ッッ笑わせてくれるわ!」
「……ほう。言いたいことはそれだけか」
「――ならばお前を殺せば、次の魔王は俺だな」
その瞬間だった。
ごう、と男から只ならぬ魔力の高まりが発生する。力の規模で言えば、背後の獣より遥かに高い。その圧だけで、息が詰まるほどの鬼気が吹き荒れる。
「お前……魔王になれる条件を知っているのか」
「知っているも何も、魔王より強いのだからそうなるは自明の理よ! いずれにせよ好機――さァ、俺の糧となれ!」
「そうか。いいだろう」
色々言いたいこともあったらしいが、ともかくこの男は俺を殺すためにやって来た。
それが分かれば充分。この男が爆発させた魔力の暴風で雪が周囲へ吹き飛び、その熱気で俺の身体も温まったところだ。
俺も男に呼応するよう、全身に力を込め――。
ふとあることに気付き途中で止めた。
「待った。赤い男」
「なにィ! 今更逃げようなどとは言わせんぞ!」
「いや、服が汚れる。脱ぐから待て」
「……は?」
上着を脱いでいると、男は心底から意味が分からないといった顔を向けてくる。
何がおかしい。もし破けでもしてみろ、大変なんだぞ。
服は俺達と違って頑丈じゃないんだ。
「よし、これで良いな」
脱いだ服の上から二重の障壁で空中に固定し、俺はふぅと一息吐く。
予想以上に戦闘が激化するかもしれない。もう一枚張っておいた方がいいかもしれない、と手をかざしたところで。
「貴様! そんな汚ねぇ服なんぞ守ってからに、ふざけたことして逃げるつもりじゃねぇだろうな!?」
男は今、一番言ってはならないことを俺に向かって叫んできた。
さて、なんと言ったか。
汚ねぇ服と言ったか。
俺の耳が聞き間違えるわけがない。
こいつは確かにそう言った。
「あ?」
俺は三重の障壁を張ったその手に極大の魔力を流し込み、男を睨み付ける。
――勝負、開始。
というわけで2章スタート!
ここからはほぼ城と外を行ったり来たりの1章とは違い、いっぱい外出するので引きこもりではなくなります。
あとめっちゃ些細なことなんですが、言葉の言い回しってめっちゃ悩みますね。
書ききった後、最初は魔王に成り立てのことを〝新米〟って言ってたんですが、
「新米? え、新米って概念ある……?」
って思って成り立てに変更した経緯など。米自体はあるかもしれないけど、新人に使う概念はなさそうだなっていう悩み。現代でないとない、って言い回しに気付いてしまうと、うおっどうしようってなるのは考えすぎかどうなのか……。
たまに意図せずそういうの入っちゃいますが、多分ミスってるだけなので深く気にしないで頂ければって感じです。です!
あと……うおお!些細なことでも感想が欲しい!寂しい!とはいつも思ってます。
あ、普段送らないのに無理して血反吐はいてまで送ろうって話ではないです。言っておくと気楽にもらえるかなって感じで言ってます。
というわけで、引き続き物語をお楽しみ下さい。




