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勇者様は魔王様!  作者: くるい
間章
17/107

17話 勇者珍道中

 勇者アーサー、一人旅。

 魔王城から出発するという人類史に類を見ない旅を初めて経験する、出生も経緯も狂っている物語の始まりである。


 まあ。

 誰かに自分の話をする際は、辺境の村から出てきたことにして有耶無耶にするしかないのだが。


 そんな勇者に早速困った事件が発生していた。

 魔王とステラから手厚く見送られ、少し歩いた頃だろうか。


「……ん?」


 何やら、背中の鞄が動いている。

 何度か肩甲骨の辺りを叩かれる軽い衝撃。明らかに鞄の中に生物が入っている感覚だ。


 しかし荷を用意したのはステラである。まさか変な物を荷に混ぜるとは考えられなかった。

 或いは、荷造りをしている最中に鼠か何かが混入してしまったのかもしれない。


 となると、鞄の中の食糧が心配だ。

 アーサーは一度立ち止まり、大木の根元に鞄を降ろす。

 結んでいた紐を解いて口を開くと――中から、小さな小さな少女が飛び出してきた。

 小さな、というか手の平サイズの少女が。


「はぁ、はぁ……ちょっと、なんで、すぐに開けないの」


 最初は妖精か、とも思った。

 しかしその小さな身体には羽が生えておらず、妖精ではないなと思い返す。

 妖精のように羽ではなく、魔力を消費して鞄の真上を漂っているのも尚更にらしくはない。


 眺めていると、少女はこちらをキッと睨みつけてきた。


「窒息して死ぬかと思ったじゃん!」

「えぇ……」


 いきなりそんなことを言われても。

 鞄の中に小動物が入っている事態を想定していないのだから、窒息も何もない。


「お弁当入ってるって言われてたよね? なんですぐ食べないの」

「言われたけど。それよりお前は、だれ、だ……あれ?」


 困惑していたところに突っ込まれ、アーサーは言い返す。怒鳴るその姿を見つつ、脳内に引っ掛かる何かを感じた。


 金色の髪。翡翠の瞳。

 そして、エルフに似た特徴的な長耳。

 その姿は、ステラと非常に酷似している。


「そうだよね。だって初めて喋るんだから、君が知ってるわけないよ」


 誰と言われ、彼女はごく至近距離まで詰めてくる。

 鼻先までやってきたその姿をどうにか視界に入れると、彼女は自分自身を人差し指で示した。


「この顔、誰に見える?」

「ステラに似てる……」

「うん、合ってる」


 姿を詳細まで見て貰うためわざわざ近付いたのだろう。

 元の鞄の上付近まで後退すると、ステラによく似たその少女は名乗った。


「私はアリヴェーラ。君が生まれる少し前に生まれた、ステラのもう一人」

「――は?」

「私、君の使い魔ってことになってるの。今後ともよろしく」





 ◇





 アリヴェーラ。

 そう名乗った彼女は、ステラが自分の肉体と魂をほんの一部切り離すことで生まれた存在らしい。

 やっていることは、魔王と勇者が分離したのと同じである。


 ただ、彼女はアーサーよりも先に生まれたと明言した。


 それが意味するのは一つだけ。

 つまりは、魔王と勇者の分離を成功させるため、ステラは自分を実験体に術式を組み上げたということだった。

 恐らくは部屋に引き篭もっていた時、絶対に部屋に入るなと頼んでいた理由なのだろう。


 伝えると魔王が止めてくる事を理解していなければ、そんな遠回しなことはしない。


「……マジか」

「はいマジ。ステラはそういう奴だよ。あの〝魔王〟の為なら自分の身なんて省みないし、私みたいなのも作っちゃう。しかもバレたくないから君に押し付けたってコト」

「……マジか」

「そこ、二回も同じ反応しない!」

「いや他になんて反応すればいいんだよ……」

「もっと驚いて」

「あとお前、ステラに似てなさすぎ」

「はぁ~~?」


 彼女はげしげしと首根っこを蹴ってくるが、別に痛くはなかった。


「似てないのは当たり前じゃん! 君みたいに魂を半分ちぎってないんだから」

「そうなんだ」

「でも身体は似てるでしょ!」

「その言い方、なんだか嫌だな……」


 ともあれ、事情は伝わった。

 何故ステラが何も話さずに鞄にアリヴェーラを詰めていたのかも分かった。ほぼ常に魔王と共にいたアーサーだけに話す、だなんてこともできなかったのだろう。


「で、使い魔として一緒に来るってこと?」


 首元の彼女を掴んで引き剥がす。

 ぐぇ、と腹部を摘まれて彼女は引き絞った声を上げた。


「……ぐるしい、はなじて」

「申し訳ない」


 優しく掴んだつもりだが、力加減が甘かったかもしれない。

 離すと、アリヴェーラはすぐさまアーサーから距離を取った。


「――いきなり腹掴むってどういう了見よ! 変態」

「変態じゃないし、先に蹴られたから……。あのさ、別に来ても良いけど人間界に入れないんじゃ?」

「そのための使い魔って言い訳じゃん。精霊使役しているみたいな感じで肩に乗せとけば、町中でも誰も気にしないよ」

「精霊ではないよな」

「じゃあ、何に見える?」

「見た目はエルフ」

「こんなちっちゃなエルフいないでしょ。背中に羽が生えてたら妖精と変わらないよ」

「いや、生えてないでしょ」

「はぁ~~? でもエルフには見えないでしょうが!」


 再び近寄ってきて、性懲りもなく首根っこを蹴ってくる。

 なんだろう。ひょっとして掴まりたいのだろうか。


 アーサーは右手の五指を開いたが、今度やったら拗ねそうだと我慢した。


 その後、しばらく蹴って満足したのだろう。

 肩で息をするアリヴェーラに声を掛ける。


「まあ、俺はいいけど……お前はそれでいいの?」

「……それでいいって、なに」

「つまりは体よく追い出されたんでしょ。文句とかないの」

「ないし、城にも戻りたくない。でも一人で外に出たらその辺の魔物に食い殺されちゃうから、君に付いてくのが一番良いの」

「ふうん。城に戻りたくないって、どうして?」

「――私は〝魔王〟が嫌い」


 はっきりと、少女はそう口にする。

 隠しもしない、憎悪さえも滲むその表情。

 ステラが絶対に見せないであろう表情に、アーサーはぎょっと目を見開く。


「見るだけで吐き気がする。近くにいるだけで寒気がする――何より、ずっと、身体が痛いの。だから今まで出てこなかったじゃん」

「……それ、前魔王のせい?」


 彼女が抱いている感情が、そのまま流れてくるようだった。

 原因は分かっている。魔王の瘴気だ。


 勇者であるアーサーは、あの全身に絡み付く泥のような気配を人一倍感じ取っているのだから。

 相手が悪ではないと断言できる存在でなければ、いつ身体が動いていたか分からなかった。


 最早、それは呪いに近い。

 魔王を殺す概念――ソレはずっと、叫んでいる。


「そう! でも今の魔王だって、変わらないよ。なんでステラが平気な顔してるか私にはわかんない。あれだけ痛めつけられて、でも見た目が違うからって許容なんかできないよ。きっと私だけに恐怖を押し付けて、全部捨てちゃったんだ。だから怖くないんだ」

「……そっか。俺は〝勇者〟だから、大丈夫?」

「君は魔王と関係ないでしょ、何言ってるの?」

「………………掴んでいいかな」

「ぎゃー! やめてー! ああ、変態! このっ!」


 手の内で暴れるエルフもとい妖精。

 さきほどより優しく揉みくちゃにしていると、隙を付いて人差し指をがぶりと噛んできた。


「普通に痛い」

「――もう、何すんの!」

「申し訳ない。散々首蹴られたし、まあお返しかなって」

「大きさ考えてよ……潰されるかもしれないって恐怖知らないの?」

「いや潰さないし」

「かもしれないって言ったじゃん!」

「でも潰さないし」

「う~~~~~」


 本当に、ステラには欠片も似ていないようだ。

 耳元で騒ぎ立てる小さな生物を一旦放っておき、アーサーは鞄の紐を締める。


「先は長い。お喋りは歩きながらにしよう」

「あっ、ちょっと待って、ずっと飛んでるのは疲れるから、肩乗らせて?」

「別にいいけど……」


 荷を背負い直して、アリヴェーラに肩を差し出す。

 すると彼女はちょこんと座った後、まるで自宅かのような気軽さで首元に寝そべってきた。


「俺の肩はベッドか何かかよ」

「はぁ……このまま眠れちゃう」

「いいけどさ。落ちないでね」

「うん……すぴぃ……」


 よほど寝付きがいいか、それとも疲れているのか。

 アリヴェーラの小さな寝息が聞こえてきた。


 やれやれと溜息を吐いて、アーサーは旅を再開する。


「捨てちゃった、か」


 道中、アリヴェーラが言っていた言葉を思い起した。

 アーサーは自分の胸の辺りを爪で引っ掻くように握る。


「そうだね……俺もそう思う。魔王は人間を、彼らとの思い出をきっと、捨ててしまっている」


 ただの独白だ。けれど何かを考えていれば一人でも退屈ではない。

 眠る彼女を起こさぬよう注意しながら、アーサーは先を進んでいく。


「――だから俺は、食い物以外にもそれは果たさなきゃなと思ってるんだ。せっかく行くんだし、会ってやろうってね」


 かつて勇者を裏切った三人の仲間達。

 彼らに会うのは勇者である自分の役目だ、と。


 そこで、ようやく魔王城がある森を抜ける。

 視界の先に広がっているのは茶と紫に染まる丘陵地帯。

 開けた視界の奥には、活動している魔物もちらほらと見えてくる。


「……うわぁ。ここからは大変そうだ」


 一人ではなくなるのは早かったが、アーサーの旅はまだ始まったばかりだ。

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