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勇者様は魔王様!  作者: くるい
5章 英雄の条件
107/107

107話 異変



 全てが怪しかった。


 神聖教会の執行神官、真偽のハート・セイティは港町を振り返り、銀色に輝く瞳で全体を見渡す。

 その瞳は世界の真実を見通し、嘘を見逃さない。


 相手がどのような存在であれ、そこに嘘が介在している限りはその裏の真実を表出させる。

 それは魔眼に近しい能力だ。瞳を得る代償は大きいが、得るだけの確かな能力を持つ。

 そして、誰でも瞳を得られるわけでもない――ハート・セイティが瞳を得たのは、必然であった。


「全くの無駄足というわけでもなかったようですが……」


 港から視界を切り、次へ向かう方角へと休むことなく駆け出す。

 足に込めた魔力は地を強く叩き、風を切る。


 馬車を待つ暇はない。

 残魔力は全て機動力に回し、一刻も早く情報を伝達する必要があった。


 アルヴァディス・レーヴァンにこの瞳はまともに機能しなかった。

 彼の言葉は明らかに意図された嘘を除き、真実のみだった。


 それは長年この瞳を使い続けてきた彼女からすると、違和感そのものである。


 アレは嘘を使い慣れている男の立ち振舞いだ。

 もっと言えば瞳の能力も把握されているだろう。

 そうであっても対策は困難で、綻びは出るものだが――それでも対策されていると見るべきである。


 それほどまでに、奇妙な不自然さがハート・セイティの中を駆け巡っていた。

 得られた情報だけでは辿りつけないが、アルヴァディス・レーヴァンは限りなく黒に近い灰色だと確信していた。


 アルヴァディス・レーヴァンが魔法使いサラ・アルケミアを匿っている事実は出なかった。

 しかし彼は重要な何か、知られるだけで終わるような秘密を確実に隠し持っている。

 確定のしない情報で断罪することはできないが、決して彼の疑いは晴れない。


 確定できたのは、サラ・アルケミアが魔界に居るということ。

 契約という術式を探知に使った情報が真実と出た以上、そこを疑う余地はない。


 サラ・アルケミアは魔法塔を破壊した後、魔界へ向かった。

 充分に重要な情報だ。


 一刻も早くこの情報を伝え、次の動きに繋げなければならない。


「――なんです、これは」


 だというのに、その足が止まった。

 ハート・セイティは王都ガデリアへの最短距離を進むため、街道から大きく逸れた山地へ入っている。

 多少危険な動物や魔物が出現するが、問題なく踏破できる道のはずだった。


 空気がおかしい。

 肌をひりつかせ、粘性の液体を飲まされたような重い空気。これは濃い魔力が滞留する特有の状態だ。


 それが山地を駆け抜ける彼女へ、たった今、悪寒として届いた。


 現在地は迷宮ではないはずだが、どうしてここまで魔力が濃くなっている?

 山地は地形の問題で平地より魔力こそ溜まりやすいが――ここまで酷い状態になった場所は迷宮以外にあり得ない。


 だが、ここは迷宮でもなんでもない場所のはずだ。


 そもそも迷宮とは、通常では世界を循環するはずの魔力が一処に滞留し、濃くなることで発生する異常現象である。


 その現象から洞窟のような魔力を堰き止める構造をしている地形でなければ発生せず、その数も十数程度しか存在していないほどである。


 起伏の激しい山地も通常より魔力は溜まりやすいが、延々と魔力が溜まり続けることはないため迷宮化などしない。いずれ溜まった魔力は地脈を流れる魔力と共に押し流され、世界に循環して正常へと戻る。

 だからハート・セイティが感じる迷宮特有の感覚は、明確な異常を指し示していた。


 すぐさま周囲の状況把握へ意識を傾ける。魔物は発生しておらず、動物の気配はない。

 現象は発生して時間は経っておらず、動物達は既に危険を察知して逃げていると見られる。


 ならば次に考えるのは、発生原因。

 通常発生しない場所に濃い魔力が流れている理由としては、地脈を流れる魔力に変動があったか、強力な魔物が現れたことで魔力が強制的に集約され、迷宮と同等の濃度に達したか。

 後者であれば魔物の気配が必ずあるため、地脈の異常が高くなってくる。


 地脈は大地を循環する魔力の流れ。

 大規模な変動は何度かあるが、()()の影響で起きていることがほとんどである。


「サラ、アルケミアが魔界に向かった理由と繋がっている……?」


 今遭遇した現象と直前に知った情報はタイミングが良すぎるものだ。

 とはいえ、直接的な原因はサラ・アルケミアの方ではないだろう。


 地脈に流れる魔力を操作したり迷宮を発生させるような天変地異は優秀な魔法使いが数百人集まっても到底起こせないし、いくら世界を救った勇者の仲間でも不可能だ。

 むしろサラ・アルケミアはこの状況を把握した後に魔界へ向かった可能性が高い。


 ――だとするのならば、何のため?

 重罪人のマグリッド・アレイガルド同様、地脈の異常を利用して王国に牙を向こうとしている?

 それとも、拘束されていた状態でも、まだ世界を救うために尽力している可能性はあるか?


「流石に分かりませんねぇ……考えても仕方ありません。魔物が出現する前に、この場を抜けてしまいましょう」


 この地は間違いなく危険だ。

 移動を再開し、強力な魔物の出現が始まる前に脱出しなければならない。

 幸いにして、付近に人里もなく、山地がこのまま迷宮化したところですぐに問題は発生しない。


 魔物の間引きのために定期的に冒険者に依頼を出す必要は出てくるだろうが、今緊急度を高める事態ではない。

 王都ガデリアへ向け、ハート・セイティは再び全速力で動き始める。


 その後姿を見届ける、何かがあった。

 地面がひび割れて隆起し、ずるりと顔を出したソレは遠ざかる姿を凝視する。

 その数、一つや二つではなく――。




 ◇




「アリヴェーラに聞きたいんだけど、王都までさ、転移魔法で行けたりしない?」

「知らない場所に行けるわけないじゃん……何言ってんの?」


 俺はサフィール港を出発した後、街道を全速力で走りながら王都ガデリアへと直進していた。

 王都は港から結構離れた場所に位置しており、普通の馬車を使って進むとなれば無理をしても十日は掛かってしまう距離である。魔走輪ならもっと早いんだろうけど、借りれるはずはない。


 しかし、俺が全力で走れば少なくとも馬車の十倍以上の速度を出すことができる。

 もしも一切の休憩を挟まずに走り続けることができるのなら、一日足らずで王都へは到達できるだろう。


 まぁ、いくらなんでも無理だ。できたとしても体力が底を尽きてしまう。

 疲労困憊のまま王都で戦闘行為なんかできないし、そこで転移魔法が使えたらと思ったのだが……。


「既に風魔法の追い風で速度は上げてるんだから、今以上は無理。アーサーだって自分がどれだけ無茶なことをやってるかって自覚はあるんでしょ?」

「……けどここまでしたんだ、処刑に間に合わないのはなしだ」

「告知が届いたばかりなら執行はまだだろうし、あの騎士団の人間達も騒ぎを起こすならもっと遅れるでしょ?」


 アリヴェーラの言うことはもっともだ。

 既にできる限りは尽くした結果、走っている。

 だが不安の気持ちは走っていても拭えない。


「ていうか聖剣、走るには邪魔だし重すぎるんだって……!」

「じゃ捨てれば?」

「いや一番駄目なやつだろ! ……ごめん、泣き言吐いてるだけだ」

「はぁ……」


 盛大な溜息と共に追い風が強まり、走る速度が更に早くなる。

 街道を突っ切る俺の速度はまさに風そのもので、景色がぐんぐん突き放されていく。


 かなり無茶なことはしているが、思ったよりも速く走れている。

 冒険者がこんな姿を見たら新種の魔物と見間違うかもしれない速度だ。

 まぁ、街道を使っている人なんて今日は見てないけど。


 ……そういえば、一人も見ていない。

 これだけ走ってそんなことがあるか?

 ていうか馬車一台も見てないけど。


「アリヴェーラ! ちょっと確認して欲しいんだけど、近くに魔物とかいなかった?」

「え? 見てないけど」


 困惑気味に言って、アリヴェーラは魔力探知を走らせる。


「うん、結構遠くまで調べたけど一体もいないかな」

「……え一体も!? それはおかしいかもな」

「いない方が安全だと思うけど、何が気になってるの?」


 アリヴェーラの言うことはもっともだが、()()もいない発言が引っ掛かった。

 速度は落とさず、自分でも警戒は強めながら考えてみる。


 人間界は基本的に魔物は蔓延っていない。これは勇者の記録からも明らかだ。

 魔物は森の奥深くとか、湖の水底とか、山脈の洞穴とか、あと迷宮とか、そういった場所に生まれるが、主に人間が住む平地や整備された街道付近に発生はしない。

 しかし発生しないだけであって、そこから出てきた魔物は一定数が餌を求めて平地までやってくる。


 だから、これだけの距離を動いているにも関わらず一体も見ていないのは流石におかしい。

 元々魔物がちょっと彷徨っているくらいなら無視するつもりだったから意識してなかったけど……何か不吉の前兆かもしれない。

 記録に前例があるわけでもないので、具体的に何の前兆かとも言えないが。


「俺の心を読んでもらった方が早いかも」

「追い風と探知を併用しながら更に心も読めって? 私も限界があるって分かってるんだよね」


 何気ない俺の要求に、アリヴェーラが溜息を吐く。


「や、ごめんって……えっと、人間界にも自然発生する魔物はいるんだよ。魔界と比べちゃ圧倒的に数は少ないけど、一体も出ないってことはないんだ。でも冒険者や商隊とか、乗合馬車にもすれ違ってないし、魔物が処理された後だとも思えない」

「……ふぅん、それで?」


 それ以上を求められても俺から出せる言葉はない。

 強いて言うなら、と質問を返す形で返事をする。


「なんとなくだけど、不安になった。アリヴェーラは何か感じない?」

「……魔力がちょっと濃い、かな。言われて気付いたけど、魔物がいないにしては濃度が高い。魔力体が形成されるような濃さじゃないけどね」


 魔力体とは、迷宮に発生する魔力だけで構成された存在だ。

 通常の魔物も似たようなものだが、魔力体は過去の再現に近い概念的な存在である。その地に刻まれた強力な過去が魔力で実体化し、魔物と化す。

 七彩迷宮 で散々戦った魔物はほとんど魔力体で構成された魔物であり、倒せば魔力に還り消失する。


 アリヴェーラの言う通り、そんな迷宮の状態と比べるようなものではないだろう。


「考えすぎだったらそれで良いんだけど……」


 目立った異常は見当たらないのだ。

 処刑まで時間もない、どちらにしろ足は止めれられない。


 だが、なんだ、この胸がざわつく感じは。

 冷え切った悍ましい寒気が腹の奥から喉までせり上がり、荒い息と共に吐き出されていく。


 こういう時、無心で身体を動かすことができるのは救いだろうか。

 これは、処刑に間に合うか否かが懸かっている不安もあるんだろう。

 ちょっとした違和感でも気になるのは、俺が緊張しているからだ。


 何もないならそれで良い――。

 そのはずだった。


「……おいおい。これは、ないだろ」


 疾風と如く駆けていた俺は、そこで走るのをやめた。

 魔法による追い風も止まり、通りがかった一つの街へと目を向ける。


 その街は決して大きな街ではないが、村というほど小さくはない街。

 そこには冒険者ギルドも存在しており、宿屋や酒場は昼も夜も活動しているはずだ。

 教会もあるし衛兵だって詰めている、街の入口には最低でも二名は立っているはずだ。


 なのに街の住民を含め、一人もいなかった。気配さえ、影も形もなかった。

 まるで初めからそうであったかのように、人の営みは消失していた。


「は……? なんだよ、これ」


 呆けた声を上げ、俺はアリヴェーラを凝視する。

 彼女もふるふると首を振り、眉をしかめて言う。


「誰もいない」

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