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勇者様は魔王様!  作者: くるい
5章 英雄の条件
105/107

105話 処刑の報と追手



 翌日、サフィール港はどこか騒然としていた。

 先日と比べて明らかに雰囲気が異なる街の空気だ。


 早朝、気分転換に外を散歩していた俺は、その微妙な空気感を首を傾げつつ広場へ向かい――。

 広場に張り出されていた一枚の紙を視界に入れ、目を見開く。


 張り紙に書かれていたのは、ラウミガ・ラブラーシュ処刑の告知だった。


 彼は迷宮で対峙した後、契約の術式によって意識を失ったまま逃走し王都方面へと逃げていたはず。

 その彼が処刑とは……どうにも解せない話である。


 だって俺はラウミガの術式を解除していない。

 彼は洗脳されたままのはずであり、処刑される理由が思い当たらない。


 しかし張り紙に記された文字に間違いはなく、周囲の話も神聖騎士団絡みの話題ばかりだ。

 話題としては安堵が多いが、当然か。


 普通に暮らす人々からすれば、貴族を無差別に殺し回る騎士団など魔物より厄介な化け物でしかない。

 ただ、一部からは不安の声も聞こえてくる。


 あくまで張り紙で告知されているのは、ラウミガ・ラブラーシュの処刑のみだからだろう。

 つまり、他の神聖騎士団員からの激しい抵抗の方を恐れているのだ。


「……それが狙いなのか?」


 そこまで考えていたところで、俺ははたと気が付いた。

 この処刑は国民に向けた物じゃなく、マグリッド達騎士団員、ひいては俺に向けているのだ。


 このまま何もしなければラウミガを殺すというメッセージに他ならない。

 もしこんな張り紙をマグリッドが見てしまえば必ず動くはずだから。


 その考えに至った直後、俺は別荘へと踵を返した。

 考えるべきは事は多いが、まずはこの内容自体は共有しておかないと。


「アーサー待って。そこの角に隠れて」

「え? ……ああ」


 別荘への道を進もうとした俺は、鞄の中から聞こえてきた声に従い、曲がり角に身を隠す。

 言われてすぐ、このまま進むと不味いのは理解した。


 曲がり角から本来の道へ視線を向け、こちらへ向かってくる人物を見やる。


「何で教会の人間が来てるんだ?」


 青を基調とした神官服の女が一人。

 この街に教会なんてものはないから、周囲の人たちもどこか訝しんだ様子で道を空けている。

 直前まで気付かない俺も俺だが、アレはこの場では目立つだろう。


 神官は辺りへ視線を配りながら、何かを探しつつ広場へ近付いてくる。

 ラウミガの状況を知った直後にこれだと、何だか嫌な予感がするけれど。


「見つからないように一旦離れよう。アリヴェーラ、遠くから監視できる?」

「やめた方が良いかな。そういう追跡行為をしたら、対象を特定できなくとも相手だって気付くでしょ」

「……分かった」


 何の目的でこの街に訪れたのか知りたかったが、藪をつつくものじゃない。

 神官が現れた情報だけでも意味はある。


 神官から視線を切り、そのまま遠回りで距離を取る。

 途中、背中から何か刺すような視線を感じた気がしたが、一切の反応を返さず別荘へと戻った。




 ◇




「神官がこの街に?」


 別荘へ戻った俺は、まず外での出来事をアルヴァディスへ報告した。

 すると彼は眉間に皺を寄せ、嫌そうに首を振る。


「で、神官の様子はどうだったかな」

「うーん、誰かを捜し回ってるっぽい感じだったけど……」


 彼は顎に手を当てると、少しだけ考え込むように黙ってから。


「この別荘を隠れ家とするのは少し軽率だったな。よし、悪いが荷物をまとめてくれ」

「え、逃げるんですか? まだ俺の正体がバレたわけでは……」

「いいや神官が探しているのは私だ、何せサラ・アルケミアの主人だからね。見つかってすぐどうこうなるわけではないが……とにかく面倒臭いんだ。相手によっては、嘘が見抜かれる可能性もある」

「嘘が見抜かれる?」

「言葉通りの意味さ。まぁ、だったとしても心まで読まれるわけではないし、やりようはあるがね」


 貴族服の襟を正し、彼は首を鳴らした。

 どこかおどけた表情が真剣なものへ切り替わると、視線が俺達から別荘の出入り口へ向けられる。


「裏手から出ていなさい。君達は居ない方が都合が良い」


 彼の言葉の直後、足音がその方向から聞こえてきた。

 この状況では神官以外には考えられない。


 もう来たのか?

 いや、アルヴァディスが目的なら別荘の位置は割れていてもおかしくはない、か。


「でもルルさんはまだ眠ってるんじゃ」

「行くよアーサー」

「ちょっ、アリヴェーラ?」


 俺が行動を起こす前に右耳を掴まれ、そのまま後方へ引っ張られる。

 ここで大声を出すわけにもいかないし、確かにルルさんを起こして全員で別荘を離れる暇はないが。


 彼女に耳を引っ張られながら、通路から裏手へ繋がる部屋へと移動する。


「おやおや、遠路はるばるお越し頂いたようで――」


 アルヴァディスの応対を背に、音を殺して別荘から外へと逃げ出した。


 早朝のため周囲は静かなものだが、どこにも違和感はない。

 あの神官以外に、何かを仕掛けているということもなさそうだ。


「アリヴェーラ……そろそろ離してくれ。何でいきなり引っ張ったんだよ?」

「あの神官、問答無用で入ろうとしてたみたいだから急いだの」


 広場で確実に目を向けられた人物が別荘に居るのは不味い、とアリヴェーラは付け加える。

 それからすぐに俺の耳元から離れて鞄の中へ潜り込むと、口紐から顔だけを出して言う。


「ひとまず様子見るよ。中の会話ならここからでも盗み聞ける」

「……それって相手に勘付かれる可能性あるんじゃ?」

「対象は神官じゃないから心配要らない。アーサーにも同調させて聞こえるようにしてあげる」


 アリヴェーラから小さく魔力の輝きが迸った。

 一瞬、頭に痺れるような刺激が走ると、小さな音が脳裏へ届く。


 アルヴァディスの朗々とした言葉と、そして神官の怜悧な声が――。




 ◇




「さて、本日はどのようなご用件でサフィール港まで? 事前に伺っていれば歓待の一つや二つ、用意したものだけれど」


 アルヴァディスは扉を開けて侵入してきた神官に対し、手始めの牽制を放っていた。


 施錠した扉を問答無用で開く解錠の魔法。

 そんな手段を初手から放ってきた相手に対し、歓待などがあろうはずもない。


 誰でも分かる嘘を一心に浴び、神官は首を横に振った。

 表情を覆い隠す長い銀髪が左右へなびけば、内に隠されていた銀眼がアルヴァディスへ突き刺さる。


 ――神官が持つ、真偽を見抜く瞳の特徴。

 瞳に刻む魔法陣によって視覚が白黒に変化し、黒く映った対象を嘘と認識するとのこと。


 一部の貴族から得た情報と、自身で確かめた過去の経験からアルヴァディスはそれを知っている。

 その瞳を持つ神官はそういないが、目の前に現れた以上は警戒の濃度を強める必要があった。


「それには及びません。所定の用事が終わりましたら、私共(わたくしども)は直ぐに此処を離れましょう」

「随分と忙しいご様子だ。かくいう私も多忙な身でして、手短にして頂いても?」

「では、()()()()()()()()を匿っていますね?」

「――いいや。私は彼女の主だが、それと()()()の件は関わりがないと言っておかねばなるまい。立場が崩れるような真似はできないだろう?」

「魔法塔の事件は秘匿されておりますが、誰から話を聞いたのでしょうか?」

「無論、サラ・アルケミア本人からだよ。ついこの間、一方的な連絡が届いたばかりでね……こちらとしても大層驚いている」


 神官の目が僅かばかりに細められた。


 少なくとも、アルヴァディスは現時点で明確な嘘は放っておらず、言葉は全て真実だ。

 神官の瞳が何を以てして嘘と判ずるかまで明瞭でない今、この際考慮はしない。

 真実に幾ばくかの嘘を織り交ぜ、情報の出し方で掻い潜るのみ。


「しかし何処へ消えてしまったのかが()()()()()ね……こちらとしても静観は良くないと思い、使用人を総動員して捜し回っていたのだよ」

「総動員して、何が分かったのでしょうか?」


 見透かしたようなその神官の言葉。

 聞き方から察するに、アルヴァディスの嘘を確かに見抜いた上での台詞である。


 それに対しての言葉は予定調和に、アルヴァディスは最初から決めていた答えを返す。


「――彼女は魔界に居るらしい。これでは私が捕まえることもできず、お手上げだ」


 その答えとは、真実と嘘が一体になったもの。

 言葉の全てが真実で、ある側面で見れば全てが嘘に成り代わるもの。


 アルヴァディス・レーヴァンという貴族の立ち位置はあくまで神官側に寄り添ったものであるべきで――故に、初めから協力している姿勢を見せる必要があった。

 サラ・アルケミアは魔界に居て、自分にはどうすることもできないのだと伝えるために。


「………………それは」


 魔界、という返答に耳をぴくりと動かし、神官は瞬きを一つ。


「それは、()()()()()()()()()()()()()


 放たれる尋問に対し、アルヴァディスは極めて冷静に答える。


「少々手荒な魔法を使わせて貰ったんだ。私と彼女に繋がる契約を逆手に取って、その繋がりから位置を探ろうとね。まァ半分成功、半分失敗かな……二度と同じ手が通じないよう対処されてしまったよ」


 やれやれと肩を竦めたアルヴァディスに、神官は怪訝そうに首を傾げる。


 それはそうだろう。

 何だその魔法は、と神官も思ったに違いない。

 アルヴァディスも知らない魔法であり、知らないが故に高度な魔法であることは相手にも伝わってしまう。


 だが、嘘ではない。

 デタラメを吐いたならともかく、今出した情報はアルヴァディス目線で真実であり、嘘を見抜く神官にとって信憑性が高い情報となる。


「私から伝えられず、ご足労かけたことは申し訳なく思っているとも。しかしながら、私も良く分からぬままに詰められ、良く分からぬまま裁かれたくなかったのでね。この情報で許して欲しい」

「……ええ、ええ、とても良い心掛けですね。それでは、他にも何か()()()()()()()()あるのではないでしょうか? そちらもお教えください」


 抽象度の高く、中々に嫌な聞き方の台詞が神官の口から飛んできた。

 仮に知らないと答えれば嘘になり、明確な隙を生むことになる。


 ここで必要なのは何の情報を与え、相手を満足させるか。

 中途半端な情報(共に居た赤毛の女)は当然知っていると見るべきで、そんなものに価値はない。


 重要なのはアルヴァディスしか知り得ないような情報。

 否と言えぬ以上、情報を出すからには持っていなければならない。

 つまり、何をどう出すかで今後の命運を左右することになる。


「――あぁ、勇者」


 故にアルヴァディスは単語のみを呟いた。

 その単語に一瞬、神官が予想外の反応を見せたのを見逃さない。


「サラ・アルケミアが言っていたか。彼女が魔界に居るのと、勇者は何か関係があるのではないかね?」

「……勇者についての何を聞いたのでしょう」

()()()()()()()()、と。勇者アルテは死んだと聞き及んでいるがね」


 実際には、前者と後者の話に直接の繋がりはない。

 前者はサラ・アルケミアからの話、後者はアーサーからの話を繋げたからだ。


 が、あたかも繋がりがあるかのような言い回しを重ね、アルヴァディスは神官の反応を窺う。


「……勇者が存命なはずはありませんね」

「フム、妙に断定するようだが。実際に死体を見たのかな?」

「いえ――知らない方が良いこともあるものですよ」

「うん? どういうことだろうか」


 神官が妙な反応を見せているが、これ以上深掘って訊けば墓穴の方を掘る可能性があった。

 黙した神官にさらなる追求はせず、アルヴァディスは締めに入ろうとする。


「もう良いだろうか。出頭せよと言うなら大人しく従うがね、これ以上提供できる情報もなさそうだ」

「……ええ、ええ、誠実なご協力に感謝を。それでは最後に一つ、宜しいでしょうか」


 神官は恭しく頭を下げ――次に顔を上げた時、前髪から覗く瞳が銀色に輝いた。

 アルヴァディスの嘘に勘付いている、と言わんばかりに。


「どのような理由で、魔界から最も遠い位置のこの別荘まで足を運んだのですか?」


 質問自体は至極真っ当なもの。

 しかし内容に難があり、アルヴァディスは返事に詰まってしまった。


 幾つか言い訳は浮かぶものの、今までの回答に比べると論理性が乏しい。


 第一に、サラ・アルケミアの捜索をしているというのにそこから最も遠い港に居るのは確かに妙だ。

 捜索を諦めるにしても、この位置では不自然に映るだろう。


「――おはようございます。お客人のようですね」


 と、そこで――客間から顔を覗かせたルル・エウルートが二人の間に割って入ってきた。

 彼女は神官の瞳を一心に見つめながら、アルヴァディスへこう告げてくる。


「また新しい女に粉でも掛けているのですか。先日私がしたお話はもう忘れてしまったのですかね」

「いやいや何を言っているんだ、そういうわけでは……」

「――あなたはどちら様でしょう?」

「あぁどうも、神官様。ルル・エウルートと申します。先日、この人に求婚されて断った者です」

「……はい? では何故、一緒に居るのでしょう」

「研究費をくれると言ったので一緒に居ます。昨日は材料に使えそうな海水も汲んできたので、今日は一日中研究漬けができそうですね」

「……? はぁ、そうですか」

「アルヴァディスさん、この後買い物に付き合ってください。来たことないので地理に疎いのです」


 矢継ぎ早に捲し立てつつ、彼女はローブから出した小さな手をアルヴァディスへ押し付けてきた。

 その手には何やらメモが挟まれており、大量の材料が走り書きされている。

 ――その一部、アルヴァディスにだけ見えるよう、メモの折れ曲がった箇所に『合わせてください』と一文が添えられていた。


「ひとまず肝が売っている場所へ案内して欲しいですね」

「き、肝?」

「料理ではなく、研究に使おうと思っていまして」

「それは分かるのだが……」

「私の言う事を聞いてくれるのであれば、結婚を考えてあげないこともないですよ」

「売り場までご案内しましょう」


 アルヴァディスがルルの手にキスをと手を差し伸べたところで軽く払われ、情けない声を上げる。

 神官はというと、二人のやり取りを信じられないものでも見るように凝視しており、その後に一歩退いた。


「私共は失礼します。サラ・アルケミアの処置については、後ほど通達を送りますので受け取るように」

「――ああ、そうしてくれ。私はレディに肝をお渡しせねば」


 返事はない。

 怜悧な視線と共に扉が閉まると、その場に立ち止まるでもなく、足音が別荘から去っていく。

 アルヴァディスは完全に神官の気配が消え失せるのを待って――深い溜め息を吐いた。


「……良い手助けだった。最後の質問ははぐらかす以外に道がなかったから、少し肝を冷やしたよ」

「私が最初から横で聞いていて助かりましたね。さ、不自然がないよう買い物は行っておきましょうか。勿論、考えるという話は嘘ですからね」

「アレは本心ではなかったのかい!?」

「ふぅん。大声で叫べば今からでも間に合うでしょうか」


 くすくすと笑い、ルル・エウルートは静かにメモを懐へ仕舞い直した。


 話を隣の部屋から聞いていたにしても、咄嗟の機転としては有り得ないほど頭の回る少女だ――アルヴァディスは内心畏敬の念を抱きつつ、冗談交じりに軽く流すのだった。

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