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勇者様は魔王様!  作者: くるい
5章 英雄の条件
103/107

103話 困難な道

「魔界って……冗談だろ」

「私の精度に信頼ないならそう思ってくれて構わないけど?」

「いやアリヴェーラが言うなら信じるさ、でもなんで魔界に」


 サラ・アルケミアの現在地が魔界となると、事は一刻を争うかもしれない。


 彼女は確かに優れた魔法使いだ。

 魔界へ侵入できる実力者なのは言うまでもないのだが。

 しかし強いとはいえ……人間一人で生き抜けるほど魔界は甘い場所じゃない。


「迷宮と魔界じゃ、話が全然変わるぞ」

「じゃあ、助けに行く?」

「それは――」


 いくらなんでも難しい話だ。

 俺とアリヴェーラは魔界から人間界まで一直線に向かったからこそ、無事踏破できたのだ。


 サラの捜索となると、そういうわけにもいかない。

 彼女も動き続けるだろうし、魔力探知も妨害しているだろう。

 今アリヴェーラが位置を把握できているのはアルヴァディスとの契約を辿っているからであって、常にじゃない。

 当然、戦力として見込めない彼を魔界へ連れて行くのは論外だ。


「フム。彼女が魔界にいるということが分かったのであれば、追わなくても構わないよ」


 しかしアルヴァディスは冷静に首を振って、そう俺達へ告げた。


「けど……」

「私が第一に気に掛けるべきは、彼女が囚われの身にならないことだ。魔界なら人間の追手を警戒しなくて良いだろう。私は彼女の言いつけ通り、君に協力するまでだ」


 ぴしゃりと言い放ち、はだけた服を着直す。


「数日に一度、君の使い魔が居場所を調べてくれれば良いさ」

「残念だけど無理かな……さっき繋いだ時に気付かれたみたいでさ。こっちから接続するための通路を焼き切られちゃった」

「そんなことができるのかい?」

「うん。まあ、この状況でも主はあなたの方だから無理矢理繋げなくもないけど……そうするとあなたの身体が壊れるのが先になる」

「そりゃ困ったな。まァ、対策するほど元気だと考えようか」


 彼は肩をすくめて溜め息を零すと、俺へと視線をやった。


「なら話は終わりだね。今日のところはゆっくり休みたまえ、どこでも好きな部屋を使ってくれていいから」


 そう告げるや否や、彼は疲労を隠さぬ表情で通路の奥へと去って行く。

 俺としても掛ける言葉が出て来ず、ただ頷いて見送るだけだった。


「アリヴェーラ、どう思う?」

「何に対してどう思うって話? 具体的に言ってみてよ」

「……悪い。どうすれば良いか分かんなくて、アリヴェーラに判断を投げた」

「ふぅん。ま、都合良く動ける範囲が増えたんだし、指名手配をどうにかした方がいいんじゃない」

「そうだよなあ……」


 アルヴァディスという後ろ盾が登場し、身を隠しながらでも活動はできるようになった。

 指名手配の理由……ほぼ予想はできるが、この状態を脱するのが先決なのに変わりはない。


「でも、多分ラウミガ・ラブラーシュの情報で指名手配されたんだろ。どうやったら解除できるんだ」

「手配理由が公開されていないってことは、大半の人は理由も分からないまま漠然とアーサーが罪人じゃないかと疑ってるわけでしょ。それを改めて貰うとか?」

「それ、言うのは簡単だけどかなり困難そうだな……」

「分からないものの弁明なんてできないんだから仕方ないでしょ。アーサーは漠然とアーサーを信じてくれる人達に訴えかけるくらいしかできないよ」

「俺に知り合いとか、絶望的にいなくないか?」

「いつも勇者の話持ち出して勝手に頑張るのに、自分のことになると使わないの? 都合よく勇者(アルテ)()()とやらを使えば誰か出てくるでしょ」

「そ、れは――」


 まぁ、いる、といえばいるんだろう。記録自体は全て読んでから生まれてきている。

 過去に何があったか、どんな人間と関わって来たか、忘れているわけじゃない。


「――いや、その方法は使えないんだ。頼る相手がいない」


 首を振って、俺は視線を床へ落とした。

 記録を映像にして、床に過去の情景が浮かび、走馬灯のように流れていく。


 その中で、勇者はいつだって戦っていた。

 誰からも頼られていて、いつも何かを守っている。

 一度剣を取れば魔物が滅びるまで止まらず、彼の人生は返り血で塗れていた。


 争いがなくなれば、すぐに次の争いへ奔走する。

 その繰り返しを延々と続け、魔王を倒すまでに至ってしまったのだ。


「勇者が背中を預けてたのは、あの三人くらいだったよ」

「友人とか一人もいないってこと?」

「今の俺くらいの背だった頃に、故郷の村ごと家族も友人も皆死んでる。この剣技は独学だから師匠みたいな人もいないし、旅先で仲間以外の誰かと深く関わったことがない」

「でも勇者に感謝してる人はいっぱいいるでしょ」

「それは、俺じゃない。俺が勇者だと誤認するような連中はあの三人だけだよ」

「……なにそれ。信じらんない生き方」


 冷え切った低い声で、アリヴェーラが吐き捨てる。


「じゃあ私が言った方法は忘れていいけど、なら人間とかどうでもよくない?」

「よくない、俺には約束がある。それにルルさんやリーズリースのような人だっているだろ」

「その言い方だと()()はどうでも良いって言ってるのと同じだよ。魔物は殺すけど私とは普通に話すってのと、一緒だよね?」

「――」

「だから、まずアーサーはその理由から探さなきゃ。()()がどうでも良くない理由を探すんだよ。そうじゃなきゃ、アーサーは勇者ではいられない」


 見透かした目で、彼女は俺へ告げる。

 その言葉は――全くもってその通りだ。


 でも、どうして言葉にしてしまうんだ。

 俺がずっとモヤモヤしていて、上手く言葉にできなかったものを一瞬で――それじゃあ、俺でもはっきりと分かってしまう。それじゃあ、駄目なのに。


「逆に言えば、それさえ見つけたら後は上手く収まるよ」

「……そうなのか?」

「うん。私はそんなこと望んでないし、アーサーが勇者やる必要ないと思うし、そもそも嫌いな連中を守る理由なんかないし、さっさとあんな剣投げ捨てればって思ってるけど。それならいくらでもやりようがあるし」

「おいなんてこと言うんだよ……」

「でもアーサーは諦めてないんだから、そろそろ真面目に向き合った方が良いんじゃない? 頭空っぽにして逃げてると、冷静になった時に限界が来るからね」

「……あぁ、分かってる」


 頭をがしがしと掻いて、脳裏から流れ続ける映像を断ち切る。

 静寂を取り戻した通路はただただ暗く、俺を酷く冷静にしていった。

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