69 捕縛完了
声を上げた人物は、先程ナルサスがこちらへ近づいてくるまで一緒にいた冒険者ギルドの制服を着た女性だった。
「何だ、ハーミル。そんな声を上げて。俺に依頼の相談でもあったか」
「はい……少し込み入った話があります」
「あん? まぁ少しぐらいならいいぞ」
「それではこちらへ」
ナルサスは面倒くさそうなにしながらも、受付の女性……ハーミルと一緒にこの場を離れようとした。
しかしそこに人影が割って入った……マリアンさんだ。
「ハーミル先輩、この場を離れるなら先に[審判の宝玉]へ触ってからにしてください」
「マリアン!? どういうつもり……まさか私を疑っているっていうの?」
「別に先輩を疑っている訳じゃないです。ただ冒険者の方々がこれだけ協力してくれているのに、検査を受けないでこの場から離れるといらぬ疑いをかけられることになると思うんです」
マリアンさんは自身で[審判の宝玉]を持って潔白であることを証明しつつ、ハーミルへ[審判の宝玉]を受け取るように促した。
「検査を受けないわけじゃないわ。冒険者であるナルサスさんを待たせることをしたくないだけよ。検査は話が終わってからでもいいでしょう」
「そうだ。なんで俺が待たされなければいけないんだ」
「一瞬で終わる検査を何故そこまで拒むのですか? 何か理由でもあるんですか?」
焦ったハーミルを擁護するようにナルサスがマリアンさんへ凄んだけど、マリアンさんは、昔僕を守ってくれた時のように一切怯むことなく凛とした表情をハーミルへと向けていた。
ハーミルはマリアンさんの勢いに押されるかのようにナルサスの陰へと隠れた。
「おいハーミル、何で俺の後ろに隠れるんだ。俺まで巻き込むなよ」
「すみません。マリアンの顔が怖くて」
その瞬間、僕の位置からナルサスがハーミルへと何か渡しているのがハッキリと見えた。
「くっくっく。まぁあんな勢いで迫られたら恐くもなるよな。それよりも用があるならさっさと[審判の宝玉]に触ってやれよ」
「……そうですね。分かりました」
ハーミルは先程までの焦った表情ではなく、勝ち誇るような顔をしてマリアンさんへと近づき、[審判の宝玉]に触れた。すると[審判の宝玉]は赤く発光した……。
「「えっ!?」」「なっ!?」
マリアンさんとハーミル、そしてナルサスは驚きの声を上げた。
マリアンさんは同じ職場の仲間としてハーミルを疑っていなかったみたいだ。
「そんな……。ナルサスさん、私を騙したんですね」
「いや、そんなはずはねぇ……。俺は確かに……」
二人が混乱している中、マリアンさんが本当に残念そうな顔をしてハーミルの腕を掴んで視線をジュリスさんへ向け、一度頷くと再びハーミルへと視線を戻した。
「ハーミルさん……残念です」
「いや、ねぇマリアン、これはきっと何かの間違いだわ。だって……」
「お、おい、ハーミル。俺の腕輪はどこだ」
ハーミルの次の言葉を遮ってナルサスが声を上げ、ハーミルはナルサスの言葉を聞き、先ほど付けたはずの腕輪を確認しようとしたが出来なかった。
既にその腕輪は僕が【シークレットスペース】へ【収納】してハーミルの腕から無くなっているのだから。
「えっ、あれ、なんで? ないわ。いつの間にか無くなっている……」
「さっき渡しただろうが!」
「そんなこと言っても私は確かに付けたのよ。なのに何で無くなっているのよ」
「どうするんだ! あれがないと……」
「はいはい。痴話喧嘩はその辺にしておいてもらえますか? どうやら冒険者ギルドの職員で裏切り行為をしていた人は見つかりましたし、取調べをすれば色々と分かることもあるでしょう」
ジュリスさんは焦る二人へ声をかけて笑った。
「な、なら俺は帰らさせてもらうぜ」
「そんな……。私を捨てるって言うの!?」
「人聞きの悪いことを言うなよ。とにかく俺は帰らせてもらうぞ」
そう宣言するや否やナルサスは身を反転させ入り口へ向かおうとする。
「ずっと尽くしてきた私を裏切るなんて――。今ならナルサスも[審判の宝玉]が赤く光るはずよ」
しかしそれよりも先にハーミルの声が早くギルドの中に響いた。
するとナルサスはなりふり構わずギルドから逃げ出そうとしたけど、その場で踏み止まることになった。
きっと視界に自分が普段からしている腕輪を持った僕が目についたからだと思う。
「その腕輪は……貴様かぁぁぁぁ」
ナルサスは瞬時に僕が腕輪をどうにかして奪ったことを理解したようで、憤怒の表情を浮かべながら、体格差のある僕へ体当たりを仕掛けようとしてきた。
でもそんなナルサスの前にゴロリーさんが立ちはだかった。
「どけっ! 爺」
「眠れ」
ゴロリーさんの低い声が聞こえたと思ったら、ナルサスの身体が一瞬だけ浮かび、沈むと前のめりに倒れた。
「クリス、無茶をしてくれるな。だが今回はよく逃げずに気を引いたし、腕輪についてもよく機転を利かせたな」
ゴロリーさんは小声で話しかけてくれて褒めてくれた。
「本当はすごく怖かったです。でもここで何もしなかったらこれからずっと同じような場面でも逃げてしまう気がしたので……」
「良くやったぞ」
その言葉を聞いて勇気を出して良かったという安堵感と、もしゴロリーさんがいなかったらという恐怖感が押し寄せてきた。
その間もジュリスさん達が次々に捕縛の準備を進めていく。
「マリアンさんだっけ? [審判の宝玉]貸してもらえる」
ジュリスさんはマリアンさんから受け取った[審判の宝玉]を受け取ると気絶したナルサスの手に触れさせた。
そして[審判の宝玉]が赤く発光したことを確認して、ナルサスも無事捕らえることになった。
その様子を見てからゴロリーさんはギルドマスターへと声をかける。
「ベルガン……。今回の結果が俺達ファスリードの街の住人から見た現在の冒険者達の姿だ。俺がまだ冒険者だった頃は商人と同じで信用商売だったはずなんだが、今は見る影もないぞ」
「……それでも一部の冒険者に頼るような組織にはしないと、私はあの時に誓ったんだ」
「それで質より量を選択した結果がこれか? しかも少ない高ランクの冒険者だけしか把握せず、冒険者ギルドを一番支えている中堅の冒険者達を把握していないとは……これだったらまだ受付をしていた頃のお前の方がマシだったな」
「ッ!? ……だったら、そんなに幻滅している冒険者ギルドに何故再び関わろうとするんだ」
「仕方ないだろう。弟子が冒険者となったのだから」
「なっ、[双竜の咢]の“双斧の破壊神”弟子だと?」
「エリザの弟子でもある」
「“雷姫”もだって!? そんな冒険者が……」
一瞬ギルドマスターが[隠密]状態の僕を捉えてゴロリーさんへと視線を戻した。
「だがな、冒険者ギルドが変わらず不甲斐ないままなら、いずれ騎士団へ入団してしまうだろう」
「なんだって!」
「冒険者ギルドはこのままでいいですよ。既に騎士団からは団長自ら勧誘していますし、愛想を尽かしてくれた方がいいですから」
驚くギルドマスターへジュリスさんが意味あり気に笑って答えた。
「ジュリス、もう終わったのか?」
「ええ。[審判の宝玉]に反応したのはまだ駆け出しの冒険者が多かったですし、ゴロリーさんがナルサスを一撃で伸してくれておかげで、逃げ出そうとする者がいなくて助かりました」
「そうか。それではいつまでもここに長居する必要もないだろう」
「ま、待ってくれ」
「特にこれ以上は話すこともない。あ、ただ一つだけ忠告しておこう。冒険者が足の引っ張り合いをしたら、迷宮を踏破することは一生不可能だ。新人冒険者と志を失くした冒険者の管理をしっかりするんだな」
「ゴロリー、君は……」
ギルドマスターはまだゴロリーさんと話したかったみたいだけど、ゴロリーさんはバッサリと助言して会話を切った。
「それでは今回犯罪者となった皆さんは騎士団の詰め所へと参りましょうか。そして冒険者ギルドの皆様、ご協力ありがとうございました。大変お騒がせしました」
そんなジュリスさんの宣言を聞きながらも、ギルドマスターはただジッと僕達が冒険者ギルドを出るまでゴロリーさんへ視線を向けていた。
そのギルドマスターの隣ではマリアンさんがハーミルを心配そうに見つめていた。
きっと今回のことで冒険者ギルドは荒れると思うけど、僕は冒険者として少しでもマリアンさんの力になれたらいいな……そう思った。
それにしてもお兄とお兄とパーティーを組んでいた冒険者達はいなかったな……。
そのことに少しだけ引っ掛かりを覚えつつ、僕達は冒険者ギルドを後にしたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
今回無事に投稿することが出来て安堵しています。
これからも継続していけるよう頑張ります。




