同族
何やら夢を見た。
それは、くねくねと妖しく迫り来る猫人族の美女の夢だった。
おそらくモデルはサイカ嬢だろう。でもサイカ嬢と決定的に違うのは、その美女の目だ。
サイカ嬢が俺に向ける事は、まずありえない目。すなわち生き物のメスとしての目。
正直いうと、夢の中の俺は完全ににその目に魅入られていた。
エロい肢体に目が釘付けになっていて、どうにも逃げられそうにない。
これは、まずい。
追い詰められていって、逃げ場がない。
誰か助けてくれ。
そうしていたら、唐突にその圧力が消えた。
(?)
なんだろうと思ったら、いつのまにか俺はアイリスのヒザに頭をのせ、手当てを受けていた。
『大丈夫?』
……ああ、何とかな。
しかし驚いた。いくら夢とはいえ、猫人族に対して本気でピクッと来ちまうなんて。
そんな事を考えていたら、
『驚くような事じゃないでしょ?』
そんな声が響いてきた。
目覚めの頭は少し重かった。
「おはよう」
「……ああ」
どうやら今度は夢じゃないらしい。本当にアイリスの膝枕だった。
「俺、もしかして、うなされてたか?」
「うん」
前にもこうやってアイリスに膝枕されていた事があるが、あの時も変な夢の後だった。
どうやらアイリスは、俺がうなされているのに容易に気づくらしい。
しかし。
「なんていうか……変な夢だったな」
「そう?猫人族だって人間種族のひとつなんだから、別に不思議はないよ?」
「そうなのか?」
「うん」
そう言うと、アイリスは少し話をしてくれた。
「どんな姿カタチだろうと猫が猫であるように、どんな種族になろうと人間は人間なんだよ。少なくともこの世界ではそうだよ?」
「そうなのか?」
「うん」
視覚的なものは関係ないという事か?
俺は異世界の人間だから、視覚的に全く異なる『人々』が同じ人類には見えない。上下がどうのというのではない。犬と猫が別の生き物であるように、それは当たり前の事に思える。
だけど、精霊分を取り込み変質したこの世界の広い意味での人族にとり、それは違うという事か。
「もちろん、同種族で集まる傾向はあると思う。でもそれは地域的なものだよ」
「だんだん血が薄くなるとかはないのか?」
「能力の傾向を決めるのは、血じゃなくて精霊分だから」
「……なるほど」
「とりあえず、パパが特殊な趣味を持ってない事はわたしが保証するよ。何より、わたしが獣人族の姿になってないのがその証拠でしょ?」
「……そりゃそうだ」
アイリスが全てとは言わないが、色々な意味で俺の理想なのは事実だ。見ているだけで眼福だし、何より俺の下半身が雄弁にそれを物語っている。
そんな会話をしていたせいか、俺はこの時に気づけなかった。
つまり、アイリスが俺の夢の中の続きに、そのままナチュラルについてきている事に。
まぁその、なんだ。アイリスならかまわんけどな、今さら。
やれやれと起き上がると、周囲はまだ暗い。
暗いけど隣も気配が動き出していた。
「おっと、おはようだニャ」
「ういっす」
結界の中、しかも地底でまわりは暗いとはいえ、朝の挨拶はいつものように。
まぁ、お互いの車から顔出しての挨拶というのも新鮮だけどな。
LEDランタンとテーブルを二台の車の間に置き、国境でゲットしておいた野菜に日本の生麺を組み合わせラーメンを作る。
今朝は食事をするのは俺とアイリス、そしてサイカさん夫妻の四人。
サイカさんたちはまぁゲストなわけだけど、これはまぁ、見せびらかすのもなんだ、というだけの理由によるもの。そもそも日本の生ラーメンが口にあわなかったら最悪の朝飯だしな。
「このスープは異世界の即席用ニャ?」
「そうです、口にあえばいいんですが」
「問題ないニャ」
ふむ。しかしどうやら少し濃かったようだ。
「少し薄めに作りましたが……猫人族さんにはきつかったですか。水どうぞ」
若干ぬるめの水を飲んでもらうと、どうやら喜んでもらえたようだ。
冷たい水が本当はいいんだろうけど、外は寒いからな。後で体調崩されるとまずい。
「ふう、食った食った。これはなかなかのものニャ」
「味の調整が必要っぽいですけどね」
「種族が違えば当然の事ニャ。それに、濃いといっても味自体はユニークだニャ。研究してみたいニャ」
ちらちらとこっちを見てくる。
「ま、商売の話は後でしましょう。それより今日の予定を」
「そうだったニャ」
今にも交渉に入りそうなサイカさんを苦笑しておさえ、話をはじめた。
「おそらく今日中にその壁とやらには到達できるニャ。その後は穴をあけるニャ?」
「結界の作動を確認してから、車がギリギリ通れるだけ開けましょう。向こう側に連絡は?」
「マーゴ?」
「すまん、この中からはどうも無理のようだ」
「わかったニャ。まぁそこは仕方ないニャ」
ふむふむと納得するサイカさん。
「サイカさん、向こう側に穴あけるのはいいんだけど、あっちの通路はどうなってる?」
「瓦礫や資材の運搬には、これは同じ魔道車を使ってるニャ。つまり最悪でも、キャリバン号だけなら通れるニャよ」
「了解。じゃあ、そういう手筈で進みますか!」
「わかったニャ」
俺たちは打ち合わせをすませ、荷物を片付けていく。
あっというまに準備も終えて、俺たちはそれぞれの車に乗り込んだ。
「結界解除するよー」
「キャリバン号、エンジン始動」
ブルルとキャリバン号が胴震いをはじめた。
で、あっちとこっちの運転席で合図を交わす。声は伝声石な。
「んじゃ、昨日と同様に。こっちが前いくんで」
『了解だニャ。では行くニャ!』
「りょうかい」
真っ暗な遺跡。
一晩その中で寝たわけだけど、何しろ広いうえにここは通路の上なんで、まわりのゴースト・タウンっぷりまではちゃんと見てなかった。
これがハリウッドあたりの娯楽作品なら、結界なんか知るかーいと脳筋バカがぶち破ったり、一攫千金狙いのバカがサイカさんたちの苦労を台無しにするんだろうけど、ここはハリウッドではない。俺たちはただの即席調査チームなわけで、そういうイベントとは無関係に進んだ。
まぁ、強いていえば。
なんか、昨夜は見なかったはずの巨大ムカデの骸ががあちこちに転がってるのが印象的だ。
「残骸増えてるな。おまえが食ったのか?」
「ワフ……」
ランサの鳴き声が微妙だな。俺も参加したけど俺だけじゃねえよと言いたいらしい。
「なるほど。マイも参加して夜中に食べ放題していたと?」
「わん!」
「アイ」
「いいけど、ふたりともヘンなものは食べてないだろうな?腹こわすなよ?」
「わん!」
「アイ」
一応、一番うまいとこ以外はやめとけと寝る前に釘さしといたんだけどな。なにせ対象物がデカイし。
「ムカデ野郎たちは全滅したのか?」
「このあたりのはほとんどね。けど遠くの個体は動いてないよ」
『今日の行程で遭遇しそうな個体は全て始末したようです。しかし、また別の個体が縄張りを埋めるでしょう』
「そうか。まぁ、ごくろうさん」
うちの連中はみんなチートだよ。凄いもんだ。
さて。
『ここニャ』
「あいよ。停止」
恒例の結界設置に入る。地味だけど大切な作業だな。
『大変ニャけど、これさえやっておけば、次からはさっそく商隊が通過できるニャ。結界さまさまニャよ』
「え、もう使うのか?」
『最初は試験的な小さい商隊ニャ。けど使うのは間違いないニャ』
「たくましいなぁ」
『そのかわり、商人のネットワークには一瞬で広まるニャ。広報も報告の手間もいらニャいし、皆、結界の事もわかってるプロばかりニャ』
「なるほど」
まぁ、さすがにこんな危ねえ場所の結界壊しをもくろむ阿呆はいないか。
『たまにはそういうバカもいるニャよ。けど、貴重な遺跡になればなるほど、そういう阿呆はいなくなるニャ』
「なんで?」
『異世界には対魔物結界がニャいから理解しにくいかもニャけど、結界壊しは途方も無い重罪ニャ。かりに戦争のため、祖国のためにやったとしても、その祖国から一族郎党皆殺しにされかねないほどの、とんでもない罪になるニャよ』
「……マジか」
『マジニャ。戦えぬ人を魔物から護り、社会を、流通を守るとはそういう事だニャ。国同士、民族同士の思惑なんぞで足を引っ張っていたら共倒れになるニャ。実際、過去にはそれで滅びた国もあるニャ』
ふむ。やっぱりそういうとこ、地球とは違うんだな。
サイカさんたちがドアをあけて降りて、そして設置作業を行った。
そして車に戻り、再び合図して前進。
で、また伝声石の会話は続く。
『ところで、ひとつ聞きたいニャ』
「何だい?」
『ウチらの祖先の事ニャ。祖先は自分をサイカの者と名乗ったそうニャが、それ以外の事はまるでわかってないニャ。何かわからニャいかニャ?』
「それだけだと難しいなぁ」
サイカと聞いて想像するのは、いわゆる雑賀衆だ。
でも、たとえば単に紀州・和歌山県の人が異世界でそう名乗った可能性もあるわけだしな。
そう告げると、
『ワカヤマ……ふむ』
何か吟味するように声が聞こえてきた。
『確か、先祖は鉄砲撃ちだと言っていたそうニャ』
「だったら尚更、雑賀衆の子孫かもしれないな」
俺は紀州の雑賀衆について、わかる範囲で説明した。
数百年前の日本の戦国時代に名を馳せた地方豪族などの集団で、傭兵集団のようでありつつも海運、貿易等にも関わっていたらしい事。色々な話が伝わっているが、その中でも有名なイメージのひとつに、武装商船団のようなものもあるという事。
『なんだか、どこかウチらに似ているニャ。商売をはじめたのも初代と言われているニャけど、たとえそのサイカ本家ではないにしても、遠い異世界で、それにあやかった可能性はあるという事かニャ?』
「ああ、大いにありうると思う」
たとえサイカゆかりの子孫だったとしても、そいつが本当に商才がなかったら、見知らぬ異世界で商売なんてできないはずだ。
どういう人だったか知らないけど、凄い人だったんだろうな。
「おっとサイカさん次だ」
『了解だニャ』
そうやって、ひとつ、またひとつと結界の設置が進んでいって……。
そしてようやく、行き止まりの壁に到達したのは、時計の針が夕刻を刻んだ頃だった。




