ポリット平原(2)
なんていうか、ただの愛玩ポジだったうちのランサ君(生後不詳)が、実はとても強い事が判明したわけで。
「あ、ランサちゃんだよ。女の子」
「え、マジ?」
「なんで気づいてないかな……わたしはちゃんと気づいたよ?」
「なんだ、アイリスも後で気づいたんじゃないか」
「え、なんでわかるの?」
そんなアホな話はともかくとして。
さて、手頃な大きさに切れた大蜘蛛の脚。ちょっと手前に布を巻いて持ってみる。
「そんなもの何にするの?」
「いや、研げば刃物にできそうに見えるからさ」
「できるよ?」
あ、やっぱりできるんだ。
「大蜘蛛の足先って、だいたい鉄の硬さくらいらしいよ?」
「へぇ」
魔物素材ってわけか。ちょっと胸熱な感じだな。
「でも万能とは言えないんだって」
「ほう。どういう点が問題なんだ?」
「金属のように自在に加工はできないの。パパが言うみたいに、研いで?刃物にするくらいだと思う」
「そういうことか」
確かに鍛冶的にはおいしくないよな。
でもまぁ、俺としてはそっちは問題ない。別に俺は鍛冶師じゃないしな。単に資源を有効利用したいだけだ。
ふむ。じゃあ、どうやって加工するかな?
(……ああ)
その時俺はふと、昔のバイク友達を思い出した。
ヤツは右足がヒザまでしか無かった。しかし自分で工具を駆使してバイクを改造し、右手だけで後ろブレーキも操作できるように改造して乗っていたのだ。
ああ、そうだ。
ヤツがこの鋭い蜘蛛足を見たら、なんていうだろうな?
息をするように、いつも何かを造っていた男。
今はもういない、古い友の姿が脳裏に浮かんだ。
『それが例のやつかい?ちょっと貸してよ』
ふと気づくと、目の前にはヤツがいた。
ヤツは楽しげに笑いつつ、俺の手から蜘蛛足を手にとった。
『へぇ、こりゃあ面白そうだ。ケンさん、これをナイフにすりゃいいの?』
そう。できるかな?
『ま、やってみるよ。まぁ使えるだけってので仕上げはアレだけどさ』
それでいい、頼む。
『わかった、ちょっと待ってて』
そんなヤツの手元で、蜘蛛足は次々とナイフのカタチになっていく。
ほほう、あいかわず仕事早いな。
『取っ手は木でいいかい?どうせ手元に何か巻くんでしょ?』
ああ、そうだとも。俺の手にあわせて頼むな。
もうあるはずのない、古い古い友との会話。
懐かしいモーターの音。金属の匂い。
ああ……。
「……パパ?」
「!?」
アイリスに声をかけられ、俺は我にかえった。
「え、あれ?……俺どうしてた?アイリス」
「……」
アイリスは黙って、俺の手元を指さした。
「……これは」
俺の手元に、六本の蜘蛛足ナイフがあった。雑な作りだが木の取っ手まで付けられている。
しかも、この取っ手の具合は……あまりにも懐かしいものだった。
そんな……まさか。
「な、なぁアイリス、俺、今なにしてた?」
「覚えてないの?」
「ない。すまんが教えてくれ」
「うん」
アイリスの話だと、俺の周囲の空間がいきなり強烈な魔力で歪んだらしい。
かと思うと、いきなり全部の脚が一斉に切りそろえられ、何か見えないチカラに削られ始めたんだという。わけもわからず驚いて見ていたら、たちまち取っ手がとりつけられ、今のカタチになったんだと。
な、なんじゃそりゃ?
「パパ」
「なんだ?」
「今度はパパの番。何してたの?パパの見た事を教えて」
「あー……昔の友達に会った。で、これを加工してもらってたよ」
「お友達?じゃあ、元の世界に行ってきたの?」
いや、それは違うな。
「どうして断言できるの?」
「あいつ、もういないんだ。……大昔に事故でね。死んでるんだよ」
そう。
あいつ……マサは俺の悪友であり親友だったヤツ。
つるんでた期間は短いけど、ふたりで駆けまわった日々は今も俺の宝物なんだ。
「……そう」
アイリスは少し考えこんだ。珍しいことにタブレットを操作しようともしない。
もしかして、彼に問い合わせしてるのかな?
少しして、ウンと何か結論づけるように顔をあげた。
「パパ。グランド・マスターが、これじゃないかって推測を話してくれた」
「ほう。教えてくれないか」
ウンとアイリスは大きくうなずいた。
「キャリバン号と同じだって。パパは、工作の得意なお友達の『思い出』を呼び出したんだろうって」
「……なに?」
つまり、こういう話だった。
俺はつまり、彼なら蜘蛛足の加工ができるだろうって人物の夢を見る事により、現実の蜘蛛脚を加工しちまったんだと。
「そんなこと、できるもんなのか?」
「普通は無理でしょ。でも、じゃあ逆に聞くけど、パパはキャリバン号を自分で作れたの?イチから組み立てたり修理したりできたの?」
「え?」
「どうかな?」
「……」
ああ、なるほどと思った。
俺にとってキャリバン号は相棒であるが、中身まで知ってるわけじゃなかった。そんなものは専門家任せだったわけで。
にもかかわらず、俺はオリジナルのキャリバン号と同等以上のものを呼び出しちまったわけで。
「……そ、そういう事か」
「うん。そういうこと」
なんていうか、言葉がない。
刃物を作るスキルなんて俺は持ってない。
そんな俺が、単に友人の夢を見る事で刃物を加工してしまった。
……だったら。
もっと危険なもの……たとえば、自衛隊の演習やショーを見に行った夢をみたらどうなる?
いや、それどころか……映画で見た小型核爆弾なんかを現実に作ってしまえたら?
そして、その能力を悪意の第三者に嗅ぎつけられたら?
「……まさか。冗談じゃないぞ」
思わずゾッとした。
そんな俺をじっと見て、そして何かを思ったのか、
「うん、だからグランド・マスターも、パパにわたしを寄越したんだと思う」
アイリスはそんな事を言い出した。
「どういうことだ?」
「あくまで推測なんだけど」
「かまわない、教えてくれ」
わかった、とアイリスはうなずいた。
「グランド・マスターはね、たぶんパパの能力をある程度理解してたんだと思う。だから助けがいると思って、それでわたしを作ったんじゃないかな?」
「そうなのか……でも、何のために?」
「……それは」
少し躊躇するようにアイリスは黙ると、そしてやっぱり言葉をつないだ。
「悲しいことにならないように」
「……」
「異世界からきた人たちはね、本当なら、とても珍しいお客さんで、歓迎すべき存在なの。だって、この世界にない知識とか、高い魔力を持っていて、そして、なぜかみんな心優しい人が多いから」
「……心優しい人?今までの全員が?」
「うん。理由は知らないけどね」
へえ。何か基準でもあるんだろうか?
それとも、何か特定の精神状態が鍵なんだろうか?
「ふうん。でも、心優しいっていうのは外れてると思うけどな」
俺は優しい人間なんかじゃないぞ。普通に自己中な人間にすぎない。
だけど。
「はいはい、そうだよね」
いや、そこ。なんでそうニヤニヤ笑ってる?
「話戻すね。
だけど昔から、この世界にきた異世界人はみんな悲惨な目にあわされてきたんだよ。それはもう、見てられないくらいに」
「……そうなのか?」
「わたしは知らないけど、そうなんだって」
「ああ、そりゃそうか」
まぁな。数日前に生まれたアイリスが実体験として知っているわけがない。
「だから、グランド・マスターは、わたしをパパに押し付けたんだと思う。
できる事なら、平和に生き延びてほしい。悲しい目にあわずに、せめてこの世界を楽しんでほしいって」
「……そうか」
異世界人の俺を、哀れんでくれたっていうのか。
でもなぁアイリス。
アイリスみたいな存在をパパッと作れて、そんな昔の事情まであの彼が精通していて、それでもなお、俺みたいな存在を『元の世界に送り返す』のでなく、少しでも快適な旅になるように助けてくれるって事はさ。
それってもしかして……帰れないって事なんじゃないの?
「……パパ?」
「!」
おっと、いけない。無用な心配をさせたか。
「なんでもないよ。ちょっと考えちまっただけだ」
「……そう?」
「ああ」
俺の事情なんて、アイリスには関係ないことだろ。
アイリスはただ、俺のために良かれと贈られた存在にすぎない。つまり、なんら他意のない無垢な存在だ。
この子に……こんな重たい気持ちを持たせたくはないぞ。
「そうか、そういう思惑でアイリスが俺のとこに来たのか。わかった」
「あくまで推測だよ?本当のとこはわかんないよ?」
「そうだな。いつか直接再会する事があったら、彼に尋ねてみよう」
「うんうん」
良かった、アイリスには気付かれなかったようだな。
(そう、それでいい。くだらない事におまえまで巻き込む事はない)
まあ、この時の俺の考えはものすごく間違っていた。
「……」
アイリスは人間のカタチをしているが人間ではない。彼女はしっかりと気づいていたし、後でそれを思い知らされる事になったんだけど。
まあでも、この時だけは、この話題はここで終わった。
と、そんな時。
「!」
「なんだ?」
突然、キャリバン号から何かのお知らせみたいなチャイムが鳴ったんだ。
アイリスが駆け寄って、ダッシュボードにかけてあるタブレットを覗きこんだ。
「パパ、近くに人間が接近してる。騎馬じゃない」
「なんだって?近づいてるのか?距離?」
「一キロ割ってる!ほんとにすぐ近く!走ってる!」
「……走ってる?」
「うん。狼の群れに追われてるみたい」
おっと。




