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芽吹と春夏秋冬  作者: 霜月ぷよ
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春α7 秋人ごめんリバース!

「待ってました!」な方には《お待たせしました!》  

 それ以外の方には《お任せしました!》ご自由にどうぞ。

 桜が舞い散る青空と、桜並木を水面に移したお堀の池の上を、一艘のボートが漕ぎ進む。


「そろそろ疲れたんじゃない、秋人?僕が代わろうか?」

 僕がボートの後方に座って、秋人が前方で、ゆっくりゆったりとしたリズムで左右のオールを持って、体を前後に揺らしながらボートを漕いでくれていた。

 母さん達と合流した場所は手漕ぎボートの船着場。そして現在。僕と秋人がこうしてボートに乗ることになるまでには、擦った揉んだ斯く斯く然々があったのだ。





 母菜花と父風吹、秋人が待つ場所に芽吹と筑紫が合流した。一応合流は出来たのだが、着いたところで芽吹は辺りを見回して言った。


「ミヅキちゃんがまだなんだけど、どこまで行っちゃったんだろ?兄ちゃんの携帯が見つかったこと知らせないと」

「ハル、あいつの携帯の番号知らないのか?」

 秋人が聞いてくる。


「……うん」

 心配そうな表情で小さく頷く芽吹。

 そんな妹の表情を見てか、横にいた筑紫が一つ溜め息を漏らした。


「はぁ……。自分の携帯管理がなってなかった俺の責任だ。仕方ねぇ。俺が探してくるから、お前らは母さん達と一緒にいろ」

「それもそうだね。ミヅキちゃんは兄ちゃんのために携帯探しに行ってくれたんだし。行ってらっしゃい」

 納得した芽吹は当然という顔で当然のことを言った。

「カワイイ妹はそこで兄ちゃんをフォローして『お兄ちゃんがそんな責任感じることないよ。芽吹も一緒に行ってあげるから自分を責めちゃダメ』とか言うもんだろ?」

 カワイイ少女風のものまねを交えながらも真顔でカワイイ妹像を語る筑紫。それに対して芽吹の反応はというと、


「僕、自分のこと『芽吹』なんて言わないし、どう考えてもさっきの騒動は兄ちゃんの全責任だよね?ミヅキちゃんはたぶんいろいろ奢ってもらったお返しみたいな気持ちで兄ちゃんの携帯探しに協力してくれたんだよ」

 芽吹も筑紫に負けず劣らず真顔で答えた。

 この兄弟のやり取りを横で眺めていた秋人。


(さっきのお化け屋敷以降、ハル、やたらとトゲがあるな。珍しく正論派になってるし。こりゃどうにか機嫌直してやらないと俺の気が参りそうだ)



 本心からか建て前か、筑紫が海月冬耶を探しに数歩駆け出したところで、突然芽吹が後ろから抱きつかれた。


「ぐにゃっ!?」

 あまりに突然の急襲に芽吹の口からくぐもった悲鳴が漏れた。


「芽吹ちゃん芽吹ちゃん、ボートよ。ボートがあるの。手漕ぎボート。一緒に乗りましょ!」

 犯人は菜花だった。

 菜花は、びっくりしながら振り向いた芽吹の両手をがしっと掴むと、勢い良く上下にブンブン振り回した。


「芽吹ちゃん乗りましょ。一緒にボート乗りましょ!ネ!ネ!ネ?」

「にゃにゃにゃにゃ……ちょっちょっ、か、母さん、母さん、腕がっ、もげっもげっ、もげるちゃう……!」

 腕ごと体を上下に揺すられる芽吹。そこへ更に、


「ちょっと待った菜花さん!」

 父風吹が止めに入ってきた。


「菜花さんの方が芽吹ちゃんとの共演シーンが圧倒的に多いじゃないか。ここくらいは父親である俺に譲るくらい余裕じゃないですかね?」

 ……訳ではないようだった。


「芽吹、たまにはパパとも絡みたいよな?そろそろデレデレ母さんはもういいよな?パパと一緒にボート、どうだ?」

 見るからに必死な父親の顔が間近まで迫る。

 一応の"娘"としてはさすがに構ってあげてもいいとは思うけど、僕にはまだ"息子"的な感情もあるんだよねぇ~。ちょっとだけ鬱陶しいかも。かと言って、母さんと二人っきりて状況も警戒したいんだよなぁ~。

 そう内心で悩む芽吹を前にして、はしゃぎながら芽吹争奪戦のような血走ったオーラをぶつけ合う両親。


 芽吹は秋人と筑紫に振り返る。

 困惑を通り越して親への哀れみと、自分の複雑な立場としての混沌ぶりに半泣き状態の表情で芽吹は視線で二人に訴えかけた。


(……僕、どうしたらいいの?)

 それに対して秋人は、さっきからずっと芽吹の肩をはずさんばかりにぶるんぶるん揺すっている菜花と、まるで飼い主からの散歩の合図を待ちわびる犬のように芽吹にプレッシャーを掛けている風吹を交互に見ながら、顎に手を当てて何かを考える仕草をした。

 そんな秋人の様子に助けを求める視線を送る芽吹。


「ハル、これはちょっと面白い展開だからもう少し成り行き見てたいから、……頼むよ」

「ほえ……、た、頼むよって何が!?」

「まあまあ、とりあえず頼むよ」

「……?」

 さすがに疑問符が頭の上で飛び交う芽吹。そんな芽吹、秋人とは別に、筑紫は誰にも聞こえない声で一人呟いていた。


「これは勝負だな」

 この言葉が意味することとは……。


 ――数分後。


「ツインテ!」

「ポニーテ!」

「「よよいのヨイ!」」

「アイコか……。再度だ」


 再び意味不明な闘志をチャージし始める芽吹の両親。

 そして再度、


「美少女!」

「銀髪!」

「「よよいのヨイ!」」

 

「よしっツ!」

 一瞬の間の後、父風吹が小さくガッツポーズを決めた。


「芽吹ちゃん、父さんが勝ったぞ。たまにはパパにも出番をくれ。可愛い我が子とボートで戯れる絶好のイベン……!」 


「ようやく見付けました。ここにいたんですかハルちゃん!」


「ミッ、ミヅキちゃん!?」

 父さんが突然僕の視界からフェイドアウトしたと思ったら、同時にミヅキちゃんが目の前に現れた。いつの間に……?


「おい、男性が一人掘りに落ちたぞ!」

「大丈夫ですかーー!?」


「おお!お城のお堀にボートとは面妖な。これは今時の世間で言うところのリア充アイテム、リア充シチュエーションというやつですね」

「ミヅキちゃん良かったぁ。姿が見えないから心配してたんだよぉ。あのね、兄ちゃんの携帯、たまたま何故か父さんが見付けててね……、」

「お~いハル~」

 心配していた海月冬耶が現れたことで、芽吹の脳内からは父親の危機はどっかにフェイドアウトしてしまったようだ。一応それを心配して秋人が芽吹に呼びかけるが……、芽吹はすっかり海月冬耶との会話に夢中になっていた。




「もう~、何いきなり掘りに落ちてるのよ。大丈夫?」

「父さん、次落ちる時は少し太っとけば。ある意味イケポチャになれるぜ」

 これには菜花が氷点下の視線を送っていた。


「芽吹ちゃ~ん、良かったねぇ友達が見つかって。ほら見てごらぁん。パパは全然大丈夫だぞ~。心配ないから、お友達とボートを楽しみなさぁ~い!……へっぶしょいん!」

 ずぶ濡れの父風吹が娘に心配をかけまいと手を振る先。芽吹が乗ったボートは船着き場からは遥かに遠く、また、他にも数隻のボートがあっちこっちに散らばっているため、どれが芽吹なのか分からない。現に、


「そろそろ秋人疲れたんじゃない?今度は僕が漕ぐよ」

 船着き場の様子など全く見ていない芽吹だった。いや、見えないのだ。芽吹は悪くない。


「ホントに別にいいよ秋人。ボートなんて小さい頃に乗ったスワンボートくらいしか知らないし、一回自分で漕いでみたいんだよ」

「でも、大丈夫か?」

「大丈夫だってば。僕だってこれでも日本男児なんだからね」

 まだまだ控えめな胸を張る芽吹。それでも秋人は何か思うところがあるのか、小さな溜め息をしてまだ渋る。そんな秋人の態度に、芽吹は少し心配そうに言った。


「秋人……、彼氏らしいこと意識し過ぎなんじゃない……かな?」

「え……?」

 芽吹からの予想外の指摘に、驚きの表情を浮かべ、すぐに困惑の表情へと変わる秋人。


「もしかして俺、重かったか?」

 秋人の問いに芽吹は何かを考えるように頭を傾げた。すると今度は何やらボートとその周りの様子をキョロキョロと見始めた。


「ハル?」

「他の人のボートより沈んでる感じはしないよ。むしろ僕達の方が軽いんじゃないかな?」

「……?」

 突然何の話か気付けない秋人。


「秋人は別に重くないと思うよ」

 一瞬の沈黙の間を魚が一匹水面を鳴らした。


「ハル」

「ん?」

「交代しよ。俺、なんかちょっと疲れた……」




 その後、張り切った芽吹がオールを漕ぎ始めたのだが、すぐには乞が掴めず、同じ場所で旋回させたり、すれ違う他の人のボートにぶつかってしまったり。秋人がなんとか教えるも、最後は船酔いになったところで制限時間になってしまったのだった。


「うにょ~……、ぎもぢ悪いぃ~……」

「大丈夫かハル?あん時すぐ俺に変われば良かったのに。お前が変に意地になるから」


(今はこんなんでも僕だってたまには男らしいとこあるって、出来るって。僕と秋人の今の関係は彼氏彼女だけど、それ以上に……、前みたいな友達の感じ、もっと気楽な感じでいたいだけど)


 船酔いでフラついた芽吹を支えて歩く秋人。その横顔を横目に見る。


(僕このまま行けば、秋人のお嫁さんになっちゃうのかな?あ、でも母さんと父さんのことを考えると、もしかしたら秋人お婿さんになっちゃうかも?そもそも僕の性別はこのままなのかな?う~ん……うっぷ!)

 今後の秋人との関係のことを考えていた芽吹だが、突然限界が来た。


「秋人ごめんリバース!」

「っ!?」

 突然早口でそう叫んだ芽吹。支えていた秋人はそれに瞬時に反応し、咄嗟に橋の欄干から芽吹を放り出した。勿論胸から頭までだ。

 そして芽吹の食道は臨界点を突破してしまった……。



「ハーイ。キラキラはいりまーっす!編集担当ぉ、後でしっかり編集よろしくぅ!芽吹ちゃんはマーライオンにして、虹の滝着けといてねぇ!はいそこー、『鯉の餌ヤバい』とか言わない!」


「海月、お前一人で何やってんだ?」

「はい?何って美少女ヒロインの威光を保つために必死に編集に力を入れるスタッフのマネ?」

「マネ?じゃねぇよ。大声でマニアックなマネするな。逆効果だっつーの!」

「ぅえ~ん……。お嫁さんになれない。お婿さんにもなれない。秋人もお婿さんに来てくれない……」

 泣いた上に少しやつれ、血の気が引いた青白い顔で秋人の腕にしがみつく幽霊のような有り様の芽吹。


「何の話だよ。それよりハル、肩ハズレそうだから出来ればもうチョイ自分で歩いてくれ」

「はぅ~……。大勢の前で掘りにリバースしちゃったよぉ~」

 そう言いながらまた泣き出しそうになる芽吹。

「もう気にするなって」

「そうですよ。大丈夫!池の鯉ちゃん達にとっては高級な"五目あんかけ"みたいなもんです」

「生々しい比喩をするな!」




 結局、芽吹が船酔いで体調を崩したため、母菜花、父風吹は娘とのラブセッションは叶わなかった。芽吹争奪戦に参戦もできず、セリフすらもらえなかった兄筑紫は、はしゃぐロリエルフを横に連れ、30分のボート代を払い、大人用も子供用も微妙に合わない救命胴衣をロリエルフに着用させて、はしゃぐロリエルフとは対照的に死んだ魚の目でボートに乗った筑紫。そしてオールを握ってゆっくりと漕ぎ始めた。だが10メートル程進んだ辺りで急に回転速度を上げだし、そのまま掘りを真っ直ぐ直進して行った。

 姿が見えなくなってからわずか3分。筑紫とロリエルフが乗ったボートはモーターボート並みのスピードで船着き場に向かって爆走して来た。係員が止まれの掛け声を出しているところをスレスレでまさかのモンキーターン。


「手漕ぎボートってあんなことも出来たんだね」

「いや、普通は無理だろ」

 ズレた感心をコメントする芽吹に冷静にツッコむ秋人。

 海月さんを乗せた筑紫の一人競艇は30分間で5回往復したのだった。


 海月さんは筑紫の一人競艇は凄い楽しいと喜んで、今度は芽吹も一緒にと誘ったり、お面の出店を見付けては、また変なお面を買い、お面の口部分に空いた穴からわざとジュースをリバースして芽吹を困らせたりと、芽吹のリアクションを楽しむためにやりたい放題だった。



 辺りが段々と薄暗くなってきた頃。


《ご来場の皆様、まだまだ肌寒い弘前城桜祭りでございますが、この後17時からは夜桜祭りへと移行しますので、これよりライトアップのお色直しをさせて戴きます。各地に設置されておりますライトは大変強い光と高温になりますので、どうぞご注意くださいますよう。それでは……!》


 祭り会場に響いた標準語になりきれない訛りの残った独特なアナウンスの直後、あっちこっちで満開に咲いた桜達が、下からのライトに照らされて昼間とは違う姿を表した。"妖艶"という言葉はこういう場合にも使える表現なのだと、うっとりした表情の菜花が、芽吹と秋人に教えていた。

 ついさっきまでやりたい放題だった海月さんも、今はうっとり、しかしわずかに切なげに、黄昏時を過ぎた藍色の空とそれを覆う頭上の桜を仰ぎ見ていた。

 そのわずかに切なげな表情に、ふと気付いた芽吹は小さく首を傾げた。しかしそれはすぐに忘れ、夜桜を堪能した。

 春風家ご一行は翌日、青森県を発ち、我が家に帰宅したのだった。



 ―――――――――



「ハル、これお前にお土産」

「ほえ、なに?」

 帰りの新幹線の中で秋人が僕に小さな紙袋を手渡してきた。手の平くらいの大きさ。


「今開けても?」

「ああ。」

 セロハンテープで簡単に閉じていた袋を開けて手の平の上に逆さまにした。すると出てきたのは赤い丸い物。それに爪楊枝みたいな棒が刺さっていた。


「ん?」

「それ、りんご飴のキーホルダー」

 言われて手に取ってちゃんと見ると、


「あはっ。ホントだ。りんご飴だ。なんかちっちゃくてカワイイかも」

「青森のお土産らしいだろ」

「うん。りんごと言えば青森!」

「青森と言えばりんご!」


 帰りの移動中も、家に帰ってからの翌日もしばらく、青森気分が抜けない芽吹と秋人だった。


「今度、横磯先輩に"めんこい"って言葉言ってみよっと」







続く…

 一応納得した上で、桜祭りパートを完結させることが出来ました。詰め込み方に苦労したので、今作の基本3ページルールは無しにしました。長いと思った方、すいません。

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