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夢で逢いましょう!!!  作者: おっさん
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第八話

                                 *


「私……友達を殺しちゃったんです……」


まさかの言葉に宏は息を詰まらせた。


「部活で……フルートがうまい子がいたんです。中島美紀ちゃんっていうんです……」


 その名を聞いた時、宏の脳裏に1人の少女が浮かんだ。快活で意志の強そうな眼をしていた小柄な娘で、その手に楽器を入れるケースを持っていたことを思い出した。


「美紀ちゃんって、時々、うちに遊びに来てた子じゃないか?」


宏がそう言うと由香は頷いた。


そして……しばし沈黙した後、部活であった事を口にした。



「……みんなでイジメてたんです……みんなで……」



由香はそう言うとポロポロと涙をこぼした。


それに対し可憐な少女は乾いた口調で尋ねた


『何故、虐めたんだ?』


由香は嗚咽をこらえると口を開いた


「凄くフルートがうまくて、音大の付属高校から推薦が来たんです。特待生の扱いでいいって……」


由香は続けた、


「みんな受験があるから……塾とかいってるのに……名門の高校に1人だけ受かって……それで、みんな……羨ましくて……」


由香がさらに続けようとした時である、しゃがれた声の持ち主が口を開いた。


『順風満帆な未来に対する嫉妬か……』


それに対し可憐な少女が続いた。


『それだけか?』


少女の口調は静かで落ち着いたていたがそこには明らかに詰めるような鋭さがあった。


『受験云々だけで人を死に追いやるようなことは普通ないはずだがな?』


少女に言われた由香はうつむいた。


「最初は少しからかう感じだったんです……だけど……徐々にエスカレートして……練習中にわざと譜面を落としたり……後輩たちに無視するようにそそのかしたり……そのうち……SNSとかメールとかでも……」


『誹謗中傷したのか?』


少女の問いに由香は頷いた。


「みんな、ストレスをぶつけるようになって……」


由香はくぐもった声で続けた。


「あの日、美紀ちゃんの持ってるフルートを隠そうって、みんなで……相談して、それで……」


由香はそう言うと美紀を死に至らしめた事故の原因を話し始めた。


                                  *


「みんなで美紀ちゃんのフルートを隠して練習を始めたんです……フルートがなくて困ってる姿を見たくて……不安な顔で自分のフルートを探す美紀ちゃんを見て……みんな内心、ニヤニヤしてました……」


 年頃の娘の嫌がらせとしてはよくある方法だが、人間の精神の卑しさが集団に波及したことで、その悪質さは群を抜いていた。


「美紀ちゃん、推薦で合格がきまってたから、やめたくても部活をやめられなくて……みんなそれを分かってて……わざと……」


 部活を途中でやめると顧問の推薦が無効になるため推薦合格が取り消されてしまう。それを考慮した中島美紀は虐められてもそれを我慢して享受していた。


「みんな、美紀ちゃんが羨ましかったんです……すごくフルートがうまいし、お母さんも有名な交響楽団の演奏者だし……正直こんな地方の公立学校にいるような子じゃなくて……」


由香が俯いてまぶたを閉じると可憐な少女が声を上げた。


『続けろ』


 可憐な少女は目を細めていた……そこにはまだ由香の話していない闇を見通す眼力が宿っている。由香はそれを見ると大きく息を吐いた。


「あんなことになるなんて……思わなかったんです」


由香はそう言うとおえつを漏らした。


                                  *


由香の話の顛末は実に後味の悪いものであった。


「隠したフルートを、そろそろ美紀ちゃんに戻そうって……それで準備室に隠してあったフルートを後輩に取らせにいったんです。だけど、その子が……間違えて窓からフルートを落としたんです……それで……フルートが……3階から落ちて……美紀ちゃんのお母さんがくれたすごく大事なフルートが……」


由香は再び涙をポロポロ流した。


「美紀ちゃんが……それに気づいて……落ちたフルートを拾いに……でもフルートは壊れてて、それで美紀ちゃん、壊れたフルートを持って校舎を飛び出したんです……そしたら……」


由香がそう言った時である、宏の脳裏に一つ事故が浮かんだ。


「まさか、交通事故で亡くなった中学生って……」


宏がそう言うと由香が頷いた


「美紀ちゃん、飛び出したんです。きっとフルートを修理に出そうと……すごく大事なフルートだって言ってたから……」


由香はそう言うと体を震わせた。


「最初に、私がフルートを隠そうって……言ったんです。私がそんなことを言わなかったら……美紀ちゃんは死んでなかったのに」


由香がそう言った時である、宏は由香に近寄るとその胸ぐらをつかんだ。



「何てことしたんだ!!!」



宏は生まれて初めて激高した、実の妹が犯した罪があまりに許しがたいと思ったからである。


「やっていいことと悪いことがあるだろ!!」


宏は猛然と拳を振り上げた。



その時である、凛とした声が病室に響いた。



「殴るのは後にしろ、まだ聞きたいことがある!!」


反駁を許さぬ物言いで可憐な少女は宏の腕を取った。


『あんちゃん、この事件は、まだ続きがあるはずだ、もう少し話が聞きたい』


しゃがれた声にいさめられると宏は唇を震わせてうつむいた。


『お嬢ちゃん、俺たちはお前の夢の中で様々なものを見てきた。だが、夢の中にいた夢魔は『根』の一部でしかなかった……意味が分かるか?』


しゃがれた声がそう言うと宏も由香もかぶりを振った。


『つまり、夢魔の『根』はまだあるんだ、この事件の本質は他の所にある』


しゃがれた声がそう言うと可憐な少女が続いた。


『いじめにかかわった人間のことを話せ』


可憐な少女に言われた由香は頷くと顧問の音楽教師、副島洋子の事を口にした。


                                *


「副島先生は美紀ちゃんがいじめられていることを間違いなく知っていました。でも、多

少のことは目をつぶるスタンスで……多分、副島先生も美紀ちゃんの才能に嫉妬していたんだと思います。」


由香は続けた。


「私、美紀ちゃんが死んだあと、美紀ちゃんのお母さんに本当のことを話そうと副島先生に相談したんです……でも先生は黙ってろって……あの出来事は不幸な事故だから……これ以上波紋を広げるようなことは止めろって……」


由香の言動に対ししゃがれた声がポツリと漏らした


『監督責任をのがれたいのが見え見えだな……どうやらハズレの教師らしい』


『ああ、クズだ』


可憐な少女はしゃがれた声に相槌をうつと由香を促した。


「私、美紀ちゃんのお母さんに本当のことをメールしようとしたんです……だけど、先生にそれも止められて……」


美紀はそう言うと今まで以上に青い顔を見せた。それを見ると宏が声をかけた。


「由香、話すんだ!」


だが由香は再び口を真一文字に結んだ。


その様子を見た可憐な少女は宏に声をかけた。


『お前に聞かれたくないことがあるんだ、外に出ていろ!』


言われた宏は反論しようとしたが、可憐な少女に睨まれると色をなくした。


宏が出て行くと由香は再び口を開いた。


「SNSで美紀ちゃんのお母さんに連絡しようとしたんです……そしたら、すぐに先生から電話がかかってきて……」


『それで?』


「事件として立件されれば、将来が失われるって……他の部員たちの未来も閉ざされるって………推薦とか単願とか全部できなくなるって……」


『脅されたのか?』


 しゃがれた声に言われると由香は頷いた。だが、その様子を見た可憐な少女はさらに厳しい目を由香に向けた。


『まだ、あるだろ?』


由香は小さく頷くと、事件隠ぺいに関わった理由の核心を話した。


「副島先生が、黙っていれば、成績を……内申書をよくしてくれるって。私……内申点が足りなくて、推薦がもらえなかったから……」


由香は実に罪深い表情を見せた。


『お前は内申点のために真実を隠したのか?』


可憐な少女が乾いた声で言うと由香は沈黙した。


『やって、いいことと悪いことがあるんじゃないの?』


しゃがれた声の持ち主は飽きれた声でそう言った。


『もうお前の友達はフルートを吹けないんだぞ……美味しいものも食べられないし……恋だって、結婚だってできない……』


可憐な少女が静かにそういうと由香は泣き出した。そして消え入るような声でポツリと漏らした。



「……お兄ちゃんと一緒の学校に行きたかったから……」



 きわめて身勝手な理由であったが、兄に対する特別な感情は由香の精神に溝を作り、夢魔を呼び込む充分な隙間になっていた。そしてそれは事故の深層を隠ぺいする事さえ厭わぬ選択肢を選ばせていた。


『……そういうことか……』


 しゃがれた声は脱力した響きでひとりごちた。そこには思春期の透けてみる打算と感情の暴走が合いまった結果を揶揄する匂いが漂っていた。


可憐な少女はその言葉を聞いてため息をついた。


『お前のやったことは許されることではない、たとえこの世界で法的に免れてもな』


可憐な少女は由香をジットリとした目でにらんだ。


『自分のやったことをその心に一生刻み込め。そしてその心労に苦しみ、悶え、苦悩しろ――それができなければ、再びお前の心は夢魔に侵食される』


 可憐な少女が厳しい口調でそう言うと由香はその場に泣き崩れた。そこには明らかな後悔の念と夢魔に対する恐怖が浮かんでいた。


『お前が夢魔から逃れられたのは、良心の呵責があったからだ。その気持ちゆめゆめ忘れるな!』


少女は一瞥してにらみを利かすと病室を出た。そして外で待っていた宏に声をかけた。


『聞いていたんだろ、今の会話?』


宏は小さく頷いた。


 妹の抱えた闇の深さ、そして宏に対する特別な思い、そうしたものが複雑に絡まりあった由香の深層は事件隠ぺいという最悪の選択肢を選ばしめていた。


そしてそれを理解した宏は兄として何とも言えない思いをもった。


『次に必要なことが何かわかっているな?』


 言われた宏は可憐な少女の目を見た。二重で大きな瞳は実に魅惑的だったがその瞳の中には黒い焔が灯っている


「部活の顧問、副島洋子……ですね」


宏がそう言うとしゃがれた声が答えた。


『副島洋子に接触しろ。そしてお前の持つ髪飾りを副島のできるだけ近くに置くんだ』


 言われた宏は手にしていた髪飾りを見つめた。鼈甲を牡丹に誂えたその櫛はシンプルだが雅な雰囲気を醸している。


『そうすれば、副島洋子の状態がわかる。まあ、とっくに夢魔に喰われてるだろうけどな』


しゃがれた声がそう言うと可憐な少女が続いた。


『宏、それでお前の妹を救った貸し借りなしだ』


少女の声に宏がふりむくと……少女の姿は病院の廊下から消えていた。




 由香はイジメの加害者だった……そして被害者が亡くなったことで精神を病んで夢魔に侵食されたようです。

 由香は幸運にも可憐な少女によって助けられますが、物語はこれでは終わりません……今度は顧問の副島洋子に夢魔に関する疑惑が生まれます。 はたしてこの後どうなるのでしょうか?


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