第二十四話
安倍は捜査員の口調で話し出した。
『内藤家は40年前に火事があって屋敷が燃えているんだ。そしてその時、生まれたばかりの赤ん坊を助けようとして両親が亡くなったんだ。その結果、生まれて間もない乳飲み子だけが残された……それが内藤さおりの母、ゆかりだ。そしてゆかりが大きくなり結婚して内藤さおりを生んだんだ。』
宏は別段普通の話のため『意図がつかめない』という声を出した。
『まあ、焦るな、一番の問題はその火事で助かった乳飲み子のことなんだ。当時はDNA鑑定がないから助かった子供はみんな内藤家の人間だとおもったんだ。だけどね、一人だけそれを否定した人間がいてね……』
安倍はそう言うと否定した男のことに触れた。
『その男は内藤家の親戚なんだけど、おおきくなった赤ん坊が死んだ父親にも母親にも似てないって言うんだよ』
安倍は続けた、
『その親戚は火事でなくなった父親と仲が良くて、毎年一緒に花見をしていたらしい。内藤家の本宅で仲良く酒を飲んでたそうだ。それもあってだろう、その親戚は当時の火事が放火じゃないかって騒いだんだ……』
宏は内藤家に仄暗い秘密があるのではないかと疑い始めた。
『じゃあ、その親戚の人と内藤母娘のDNAを比較すれば』
宏がそう言った時である、安倍が重い声を出した。
『実はその親戚……20年前、崖から落ちて死んでるんだ……所見では自殺となっている……』
それを聞いた宏と由香はまさかの展開に沈黙した。
『だけどね、友人に頼んで亡くなった親戚の血縁を見つけてもらったんだ。そしてその人に協力してもらいDNAサンプルを取った。そしてそれを内藤家の母、ゆかりのアレルと比較したんだよ。』
『アレルってなんですか?』
『アレルは兄妹、親子の間にあるDNAの特徴だね、アレルを追えば血縁かどうかわかるんだ』
安倍はそう言うと雄々しい声を出した。
『内藤母娘とその親戚の間にアレルの共通項はなかった……つまり血縁はなかったんだ。』
『えっ?』
宏は怪訝な声を出した。それに対して安倍は確信的な情報を述べた。
『つまり、40年前の火事の時に助かった赤ん坊は内藤家の人間じゃないんだよ』
宏は話が読めず困惑した。
『実はね、火事で両親が亡くなった時に内藤家に仕えていた女中も一人いなくなっててね……その女中にも乳飲み子がいたんだけど……』
言われた宏は『まさか』という声を上げた。
『そうだ、内藤家の赤ん坊と自分の赤ん坊を火事のどさくさに紛れてすり替えたんだと思う。つまり女中が内藤ゆかりの母、言い換えれば内藤さおりの祖母になる……』
安倍は低い声で続けた。
『その女中は火事の原因をつくったと噂されたんだが……当時は証拠不十分で釈放されてる……そして、その後は姿を消している……』
安倍は刑事らしい推測を見せた、
『この事件の根っこは、40年前の家事を発端にした『背のり』なんだ。赤ん坊をすり替えてその戸籍を乗っ取る……科学鑑定が発展していなかった時代だから可能だった犯罪だよ』
宏はギョッとしたが、それと同時に素朴な疑問が浮かんだ。
『すり替えられた本物の赤ちゃんは?』
安倍は淡々と答えた
『多分、死んでいる……いや、殺されてるだろうな』
安倍の発言を聞いた宏はあまりの衝撃に微動だにできなくなった。
『話を現在に戻そう。ゆかりとさおりは内藤家の戸籍に入り込んで、なりすました2代目、3代目になる。そして僕は彼ら自身が成りすましていることを認知していると思う』
安倍はそう言うと確信に満ちた口調で続けた。
『今までの君の話から夢魔という存在を犯罪学の観点からアプローチしてみたんだけど……』
安倍はそう言うと一呼吸置いた。
『夢魔に侵食された人間はサイコパスにそっくりなんだ。一切の良心の呵責はなく、苦しむ他人の姿に悦びを見いだす存在。彼らは人の姿をしているだけで、その内側は人間じゃない……』
≪人間じゃない……≫
宏は安倍の言葉としゃがれた声の言葉に共通項があることに気付いた。
『宏君、僕がいま言ったことは捜査で知り得た情報なんだ。だから本当は君たちに話ちゃいけないんだ……もし警察からの情報漏えいだと向こうにバレたら、その時点で握りつぶされる。内藤家は中央の権力者ともコネクションがあるからね、そのコネでこちらに圧力をかけてくるはずだ』
安倍がそう言うと宏はその意図を理解した。
『つまり、警察の名を出さずに、秘密裏にやれと……』
『そうだ……』
安倍は申し訳なさそうに言った。
『廃人になった伊藤さんがすり替えた副島洋子の遺書があれば、僕らも表から捜査と言う形を取れたんだけど……物的証拠がない状態では……動けないんだ』
安倍はそう言うと声のトーンを落とした。
『すまない、今はわかっているのはこれだけだ……何かあったらまた知らせるよ』
安倍はそう言うと電話を切った。
*
宏は由香に安倍の話を伝えると納得した表情を見せた。
「親子3代のサイコパス……きっとさおりの祖母から夢魔に侵食されてるんだよ!」
由香の言動に宏はうなずいた。
「だけどそれをどうやって、伝えればいいんだ……夢魔なんて世間一般には理解されないし……誰も信じやしない。それに戸籍を辿るっていっても……戸籍でDNAがわかるわけじゃない……」
宏がそう言ったときである、どこからともなく声が聞こえてきた。
『今のやり取りきかせてもらったぞ』
それはしゃがれた声であった。
『母、娘、孫3代にわたる夢魔の侵食……そりゃ生まれながらに化物なはずだ。俺たちの琴線に触れないのも無理はない……』
しゃがれた声は続けた。
『だが、弱点も分かった……奴の心を揺さぶる充分のネタができたんじゃねぇか、宏!』
言われた宏は怪訝な表情を浮かべた。
「でも、どうやって……相手は財力もあるし権力者にたいするコネもある、俺たちで敵う相手じゃない………」
宏が続けようとした時である、いつ間にやら現れた可憐な少女が口を開いた。
『お前たちは、何のためにその道具を持ってるんだ?』
そう言うと少女はスマホを指さした。
『そういうこった、宏、頭を使え!』
しゃがれた声はそう言うと可憐な少女が実に不道徳な顔を見せた。
『まともじゃない相手に、正攻法を使う必要ないぞ。相手の一番嫌がるところをつけばいい』
そう言われた宏は生唾を飲んだ……そして宏は一つの方法を思い浮かべた。
助かった安倍によりもたらされた情報は驚くべきものでした。
40年前の火事のどさくさに紛れて内藤家に仕えていた当時の女中は自分の赤子と内藤家の赤子をすり替えていました……そして何食わぬ顔で内藤家の戸籍を乗っ取っていたのです……
宏と由香はその事実を知って驚愕しますが、一方でしゃがれた声の持ち主は今がチャンスだろ宏に示唆します。
はたして宏と由香はどうやって反撃するのでしょうか?




