#18.一通の手紙
「――カオルさん達の町への貢献は方々から聞き及んではいるんですがねえ……船幽霊を出迎えてくれというのは、ちょっと我々には……」
翌昼。
翌日昼にはまた船幽霊が現れる、という事で、カオル達は町長に協力を頼めないか、相談しに出向いていた。
この町の町長で、漁業を取り仕切る網元だという中年男は、最初こそカオルの顔を見て「おお、君が話に聞く!」と歓迎の様子で迎えてくれたのだが、船幽霊を迎える協力の要請には苦い顔をしていた。
元々どこか老いを感じさせるくたびれた顔だちではあったのだが。
「でも、それで問題が解決されるかもしれないんだぜ? なんとか、協力を頼めないかな」
「君達のおかげで、あの船幽霊が旧海軍のものらしいというのは解りましたが……もし敵と思われて砲撃でもされたらと思うと、そうそう容易には町の人に声を掛けられませんよ。実際問題、町の漁師が砲撃された事だってあるんです」
「それは俺も話に聞いたけどさ」
話は平行線をたどる一方。
何せ町側からすれば船幽霊の存在は「自分たちに害為す謎の存在」として認識されていたので、今更それを取り除くのは容易ではなかった。
この一週間、カオルとて町の人々から徐々に名前を覚えてもらえるようにはなっていたが、その程度の信用ではまだ、船幽霊の前に立ってくれるよう町の人を説得するのは難しいらしかった。
「せめて船幽霊の危険性が無い事さえ確認できれば、我々だって船幽霊自体はどうにかしたいのですから、協力は考えたいですがね……今の段階で焦って行動して、間違いが起きるのが私達にとっては一番困る訳で」
「……そっか、解った。それじゃ、今度船幽霊が出た時にでも、その危険性が無い事を確認できればいい……って事だよな?」
「そうですねぇ。それが解れば、こちらも協力にはやぶさかではないですよ」
消極的なのにも正当な理由がある以上、彼らの懸念をなんとかできなければ、これ以上は無理に動かす訳にもいかない、というのはカオルにも伝わっていた。
サララもこれに関しては無理に動かすつもりはないのか、いつものように口をはさんだりせず、じ、と、町長の様子を眺めていた。
「ちぇー、やっぱ無理だったぜ。なかなか上手くはいかねぇなあ」
「そうですねえ。まあ、いきなり来て『協力して』って言っても中々できませんよねぇ」
それからいくらか粘り、昼過ぎまで説得は続いたが。
結局相手は最後まで首を縦には振ってくれず、二人、とぼとぼと町を歩いていた。
頭の後ろで腕を組みながら、白い空を眺めるカオル。
サララは、そんなカオルに眉を下げながらも、「でも」と、言葉を続ける。
「悪い人ではなさそうでしたよね。やる気がない訳ではなくて、あくまで住民に一番被害がない方法を模索しようとしていて……結局いい案が浮かばないまま今の状態になってしまってる感じ」
「ああ、そうだな……船幽霊どうこうって話になっても話自体はちゃんと聞いてくれてたし、俺達がその対策の為にどうにかしようとするのは、普通に受け入れてくれてるっていうか」
「できる事ならやりたいっていうのは本心みたいですしね。ただ、町長ともなると責任が掛かってきますから。言い方悪いですけど、私達ってあの人達から見たらまだまだ余所者だろうから、おいそれと頷く訳にはいかないんでしょうね」
そこをなんとかできればあるいは、というのを言外に伏せながら、サララはちら、と、カオルの顔を見る。
つまりその穴を埋める事が出来れば、今の状況を動かすことは可能、という事。
その視線、その意味に気づき、カオルも頷く。
「明日はやる事が多そうだぜ。ベラドンナに船に行ってもらって、こっちはこっちで、実際に港に立って大丈夫かどうか……それと、最悪に備えて船の後ろに回れるか、とか考えないと」
「忙しい一日になりそうですね。トーマスさん達、間に合うと良いんですけど……」
最悪、ベラドンナだけは机を用いた魔法で転移が可能だが、王城へと向かったトーマスがどの程度で戻れるか、そればかりが気がかりだった。
何かが起きた時、自分一人ではその対処・対応が間に合うか、それがまだカオルには不安だったのだ。
「とりあえず、宿に――」
『あーっ、カオルさん発見しました! こんにちはー!!』
宿に向かおうとしたカオル。
唐突にその背に向け掛けられた大きな高い声。
とてもとても明るいその声に驚き振り向くと、そこには赤い帽子。
白いリュック型の郵袋を背負い、ふわふわとした動物の毛皮でできたコートを羽織った少女の姿。
他でもない、郵便配達の少女・ティッセであった。
「郵便の子じゃん。こんなところまで配達かい?」
「はい♪ 私の担当エリアは国内全域ですから。王都を中心に、どこにいても配達にきますよー!」
「すごいフットワークの軽さですね~」
「ほんとな」
ふわふわとした調子で話しながらも、ティッセは袋に手を入れ、目当てのものを取り出す。
手に持っていたのは一通の手紙。
これを差し出し、にこりと微笑むのだ。
「――それでは、カオルさん。こちら、王城よりのお手紙となっています。お姫様からです」
「お、お姫様が郵便使うのか……ありがと」
「いえいえ~」
郵便配達を利用するお姫様、というイメージが全く浮かばなかった為混乱しそうになるが、受け取りながらお礼を言うのだけは忘れないカオル。
郵便配達に対しては、余裕がある限りはお駄賃としていくらか渡すのが礼儀というかマナーらしいとはカオルも聞いていたので、懐からいくらか取り出そうとしていたのだが。
ティッセは首を横に振り振り、手を前に出してにっこり。
「お気遣いいただかなくても大丈夫ですよ~。今回はお駄賃分、お姫様から沢山弾んでいただいてまして~」
「お、そうなのか……流石お姫様だな」
「そんな訳ですので、お手紙だけお渡しして失礼する事にします」
「ああ、お疲れ。今度手紙書いた時には頼むぜ」
「またよろしくお願いしますね」
「はい! では失礼します!」
ぺこり、礼儀正しくお辞儀したティッセは、そのままきびきびと袋を背負い直し、背を向けて走り出す。
《ギュイーン》
とても少女の走る音ではない音が町中に響き渡り、後には冬場に相応しくない土煙が舞っていた。
気が付けば、もういないのだ。
「……速ぇなあ」
「よくあんな速く走れますよねえ。毎日沢山走ってるから体力はあるんでしょうけど」
あの小柄な体のどこにそんなスタミナと爆発力があるというのか。
二人して感心しながら、渡された便せんを眺めていた。
「とりあえず、どっかで開くか」
「そうですね」
立ち読みもなんだからと、適当な公園を探してそこで読むことにした。
鳥のマークを記した封蝋がなされていて、よく知らないながら「お洒落な封筒だなあ」と、カオルは感心ながらに開く。
※※※
カオル様、サララ様、お元気にお過ごしでしょうか?
城内も落ち着き、私もアレクも穏やかな日々を過ごせております。
これもひとえにカオル様がたの尽力のおかげと、国王陛下も仰っていました。
カオル様達がカルナスへ戻ってから幾日が経過したことでしょう。
今、城内はカオル様達が居られず、多くの者が寂しがっています。
貴族や土地の有力者達も、パーティーの度に「カオル殿はご不在ですか?」と尋ねられるほどです。
カオル様の、この国での知名度を推し計る一件となっているものと思います。
私もカオル様達と会えないのは寂しいですが、公務もあり、容易に会いに行く、という訳にも参りません。
カルナスは今、深く雪が積もっているものと思いますが、お二人にはどうぞ冬風邪などひかれぬように、と願ってやみません。
今回、私は外交の為に友好国のリリーマーレンに向かう事になりました。
このお手紙が届く頃、恐らく私は船にて南のニーニャ近くの海を旅している最中になると思います。
一応、予定通りでしたらニーニャに寄る事はないようですが、その辺りまでの航行の安定を見て、リリーマーレンまでの船旅ができるかの最終チェックを行うようですので、場合によってはニーニャに寄港する事もあるかも知れません。
リリーマーレンから戻った折にはまたパーティーを開きたいと思いますので、どうかカオル様達もご参加いただければと思います。
追伸
船旅にはイワゴーリ様も護衛としてご一緒していただくことになりました。
私、とても幸せです。
ああ、この旅の間に何事か起きてしまったらどうしましょうか。
もしかしたら旅の間に大変なことが……などと考え始めたら大変なことまで書きだしてしまいそうなので、ここまでにします。
それでは、また。
※※※
「……お姫様らしいな」
「ステラ様らしいですねえ」
途中まではすごく丁寧な文章だったのに、最後の最後で台無しである。
というかただののろけであった。
カオルも思わずぐしゃりとしてしまいそうになっていたが、そこはお姫様からの手紙なので踏みとどまる。
「リリーマーレンってどこなんだ?」
「んー……海を挟んで西に行った先の国ですよ。海賊が支配する国だったりします」
「めっちゃ危険じゃん」
「エルセリアとは友好関係ですからねえ」
海賊という単語はカオル的には完全にアウトなのだが、サララはあまり気にした様子はない。
「海賊って、危なくないのか?」
「モノにもよりますけど、リリーマーレンの海賊は、どちらかというと海賊という名の軍隊なんですよ。私掠船と言って、特定の国の王家や政府から依頼を受けて、依頼主の敵国の貨物とかを襲うっていう」
「義賊とかとも違うのか……っていうか、国が海賊雇ってるのか」
「そんな感じですね。海洋国家だとよくやってます。平時なんかは通行手形を配布して、自分達の管轄する海域を通る時に持ってない船を敵とみなして襲うんですよ」
割と楽しげに語るサララに、「異世界的には海賊はそんなに悪いイメージがないのか」とカルチャーショックを受けそうになっていたカオルではあったが。
そんなカオルを見て、サララは何かひらめいたのか、に、と、頬を緩める。
「……なんだよ」
「いえ、カオル様にとっては、海賊っていやーな存在なのかなあって」
「嫌って言うか、俺のいた世界だとろくでもない奴らっていうか、山賊とか盗賊と大差ない扱いだぜ」
「なるほどなるほど……世界が違えば価値観も違うんでしょうかねえ?」
「多分な」
「因みにこちらの世界だと、そういう無差別に襲ってくる賊は別として、私掠船の海賊達は子供達のヒーローみたいな扱いだったりもするんですよ」
「海賊がヒーローなあ……なんか、すげぇ価値観」
あくまで犯罪者というイメージばかりが先行してしまうカオルと違って、この世界の子供達は海賊=ヒーローなのである。
これに関してはもう価値観の違いでしかないから文句の言いようもないのだが、サララをして楽しげに海賊を語っている辺り、本当にヒーロー的な扱いなのだろう、とはカオルも実感できてしまった。
「まあ、そんなに悪い感情を抱くような相手ではないって事です。少なくとも、リリーマーレンの海賊は、エルセリアにとっては悪というよりは正義側の存在ですね」
「そっか……じゃあ、お姫様も心配ないのかな」
「大丈夫だと思いますよ。あちらはあちらで結構長い事エルセリアと仲良くしている国ですから」
流石にその辺り国同士の友好関係と政治バランスを優先するはず、というのがサララの弁で、カオルにとってもそれで安心できるならその方がいいに違いないからと、それ以上に余計なことを考えるのはやめる事にした。
折角の想い人との船旅である。楽しんでもらいたいと思っていたのだ。
「それはそうとカオル様?」
「うん? どうしたんだ?」
手紙のおかげでお姫様の向かうリリーマレンの話になってはいたが、サララはカオルの手の中の手紙を見つめながら、小さく首を傾げる。
カオルも同じような仕草になる。
カップルで同じポーズである。
「そのお手紙通りなら……もしかして、今お姫様ってこの辺りの海にいるって事なのでは……?」
「ああ、うん。そうみたいだな。すごい偶然だぜ……って、あれ? つまり――」
「そうですよね?」
普通に受け流しそうになっていたカオルだったが、話しながらにサララの言いたいことが伝わり、今度はサララと二人して頷く。
この辺り、もう自然と互いの言わんとしている事が伝わるようになっていた。
「……よし、ベラドンナが戻り次第、やる事が増えたぞ!」
もしかしたら、状況の打開に繋がるかもしれない。
そう思い、カオルは更に奮起した。




