#2.兵隊さんへ報告
翌日、村を出る前の事。
収穫用の背負いかごと釣り竿、糸と針の入った筒を手に、「さあ行くか」と張り切ったカオルはしかし、サララに「待ってください」とその足を止められる。
「まずは、兵隊さんに話しましょう。いきなりいなくなると心配されますよ?」
ごもっともな意見であった。
初めての山、それもサララと二人きりでどこかに行くという事でカオルは舞い上がっていたのだが、村を離れる事になるので、その辺りきちんと報せた方がいいに違いなかった。
何せ人と人との繋がりの大切な村である。
うっかり帰りが遅れ、知らぬ間に二人がいなくなったなどと知れ渡れば、村人総出で捜索が開始される事すら考えられた。
無用な心配をかけないように、行先だけでも告げた方がいいだろう、と、カオルも納得したのだ。
「解った、じゃ、ちょっと行ってくるぜ」
「はい。私は今のうちに、ちょっとしたものを包んでおきますね」
いってらっしゃい、と、にこやかな笑顔で見送るサララ。
カオルは家を出て、兵隊さんの居る詰め所へと向かった。
「――そんな訳で、シラカワと、山菜をとりに行こうと思ってさ」
まだ早朝ながら詰め所にて書き物をしていた兵隊さんであったが、カオルは構わず入り、その辺の椅子に座って事のあらましを説明していた。
兵隊さんも慣れたもので、カオルが語るに任せ、ペンを動かす。
「これから行って、夕方くらいに帰れればって思うんだけど、どうかな?」
「山登りか。私も暇なら同行したいくらいだが、この時期は魔物が出やすいからそういう訳にもいかん」
カオルが話し終えた為か、兵隊さんはペンを置き、くるりとカオルの方を見ながら笑った。
「まあ、近くの山くらいならそんなに恐ろしい魔物も居まい。盗賊を蹴散らせたカオルなら、この辺に出る魔物くらいは余裕で蹴散らせるだろう」
「魔物かあ……そんなに強いのはいないの?」
今まで遭遇したことはなかったが、この村が平和な事から「そんなに大した魔物はいないのかな?」と、首を傾げる。
「ああ、せいぜい厄介なのがスライムくらいで、他はミノタウロスやレッサーデーモンといったものしかいない。女子供でも片手で倒せるよ」
「なんかすげぇ聞き捨てならない名前が出たんだが」
「うん? ああ、確かにスライムは不慣れな人なら手ごわい相手だな。苦手なのかい?」
「いやいやいや、俺魔物とか初めてだけどさ」
予想外に聞き慣れた名前が出てきてカオルは焦っていた。
勿論スライムではない。ミノタウロスとレッサーデモンの方である。
それくらいのモンスターなら、カオルはゲームである程度見知っていた。
RPGやネットゲームなどでよく敵として出る、筋骨隆々な牛頭の化け物と、巨大な羽の悪魔である。
スライムも知ってはいるが、カオルがやっていたゲームの中では最弱と言っていいほど弱いか、多少強くても序盤の敵くらいの扱いであった。
ゲーム終盤で出くわすようなミノタウロスやレッサーデーモンと比べると、カオルにとっては明らかに格落ち感があったのだ。
そういった記憶と重ねると、「この村って実はゲーム終盤にある村とかそういう状況なんじゃ」と、カオルは考えてしまったのだ。
だが、兵隊さんは笑っていた。
「君だって盗賊やあのヴァンパイア相手に戦えてたんだから、そのくらいの魔物、なんてことはないだろう?」
「いや、そりゃ、確かに戦えてたけどさ」
あくまでカオルが盗賊を殲滅できたのは不死の身体と棒切れカリバーという、女神様からもらえた特典のおかげである。
実はヴァンパイアだったと言われるあの占い師を撃破できたのだって、兵隊さん達の捨て身が大きい。
カオルは、未だ自力で勝利できたとは思えていなかった。
「今言った魔物くらいなら多分、君が倒した盗賊達だって倒せるぞ。なにせ、ああいった連中は村の外で生活しているんだからね。遭遇する確率は、我々よりもはるかに高い」
「……そういやそうだな」
確かに、と、兵隊さんに言われて、カオルは一旦冷静になる。
棒切れカリバーで殲滅してしまったが、あの盗賊たちですら今兵隊さんが例に出した魔物を倒して日々を生き抜いていたに違いなかった。
それなら自分でも大丈夫そうだ、と、カオルは小さく頷く。
「うん、なんとなく、大丈夫そうな気がしてきたぜ」
「ああ。そうだろう? とはいえ、油断は禁物なのは間違いないが。我々にとっては、野盗ほど恐ろしいものはこの辺りにはいない。それもこの間壊滅したという話だし、一応この辺りは平和になったと言える」
それでも警戒を怠る訳にはいかないが、と、兵隊さんは小さく息をついた。
「まあ、スライムだけは厄介だから、サララちゃんが一人きりにならないように気を付けてやってくれ。あの娘はか弱そうだしな」
「ああ、気を付けるぜ。お土産、いっぱい持って帰るから期待しててくれ」
「ははは。ああ、シラカワは私も好きだ。楽しみに待つことに……おや、地震か?」
「おお、なんか揺れてるな」
会話の最中、不意に家が揺れた。
そんなに大した揺れではないしすぐに収まったが、兵隊さんは「最近多いな」と、首を傾げる。
「確かに最近地震が多いよな。夏はそんな事なかったのに」
「うむ。まあ、秋の山なら地震があってもそこまではな。地すべりが怖いといえば怖いが、今のところそんなに大きな地震は起きていないし、崖近くに立たなければ大丈夫だろう」
兵隊さんも落ち着いたもので、すぐに机の上の書類に目を向ける。
机の上の書類は多い。この間のヴァンパイア騒ぎは落ち着いたが、それでもまだ、色々とやる事は多いらしいのだ。
カオルも「あんまり邪魔しちゃ悪いな」と思い、用は済んだので立ち上がり、詰め所を出た。
家へと戻ると、既にサララも準備を終えたのか、「おかえりなさい」と、にこやかに出迎えられる。
カオルがあらかじめ用意した荷物もちゃんと入り口に置いてくれて待っていたのだ。
「ああ。それじゃ、そろそろ行くか?」
「そうですね。行きましょう」
かごを背負い、釣り竿を手に持つカオルと、小さなサックを肩にかけるサララ。
「サララは何持ってくんだ? 水は水筒に入れてあるけど」
向こうでよく見知った形とは違う、手提げ袋のような水筒を見せながら、サララの持つサックの中身が気になるカオル。
「んー、簡単な傷薬の軟膏と毒消しのハーブを調合したもの、それから火打石、松明、包帯代わりの布切れ……それといざという時の為の替え着ですね」
「結構いろいろ入れてるんだな。重くないのか?」
小さなサックだが、それなりにコンパクトにまとめられているらしかった。
「まあ、我慢できる重さですよ。きつくなったらカオル様に押し付けるつもりですし」
「おい」
この辺りはやはりサララであった。
カオルもツッコミを入れたくなったが、サララは逃げるようにして家を出てしまう。
「ささ、早く出発しましょ。近くにある山だからって、あんまり遅く出たら日が暮れるのはあっという間なんですから!」
それを誤魔化すかのように、だけれど無邪気に笑うサララ。
カオルは「仕方ねぇなあ」と、その笑顔をそんなに悪くない気分で見ながら、その後を追いかけた。




