#13.夜歩きのレイチェル
「――つまり、君たちはあの占い師が怪しい、と?」
「ああ。あの人がネクロマンサーかどうかは解らないけどさ、少なくとも、何か隠してる事があると思う」
まずは、先ほどの占い師の一件を通してカオル達が抱いた疑惑を、兵隊さんに説明していた。
「あの人、精霊魔法を占いに使っていたんですが、『北に行った事がない』って言ってたんです。『寒くなるのが嫌だから』って」
「精霊魔法は北の方で使われていると聞く……それに、砂漠だって陽射しが当たらない日は相当寒くなるはずだが。妙だな」
「それにさ、こないだ兵隊さんにも聞いたけど、ちゃんとギルドの免許持ってる商人ってのは、腕に刻印してるんだろ? あの人、『証明書を持ってる』って言ってたぜ。つまり――」
「何らかの理由で、商人のフリをしている可能性がある、という事か」
「俺たちはそう思ってる。だからこうやって兵隊さんを呼んで、いろいろ考えようと思ってさ」
「なるほどな。よく知らせてくれた」
わずかばかりのやり取りではあったが、兵隊さんはきり、と眼を鋭く細め、やるべきことを理解した様子だった。
顎に手をやり、しばし考えるように俯くが……やがて、席を立つ。
「彼女を見張ってみよう。もうすぐ暗くなる――彼女がネクロマンサーか、あるいはそれに操られているか。何にしても、何かしらアクションを起こすかもしれない」
「じゃあ、俺たちは――」
「君達は、できれば別の場所を見まわってほしいな。確かにあの占い師が怪しいが、もしかしたら、他にも何かあるかもしれない」
「ああ、そうだな……キャラバン、もうすぐいなくなるし、キャラバンの中に犯人がいるとしたら、動き出すのは――」
「そういう事だ。今夜か、少なくとも彼らが発つ前に動くだろう。頼めるか?」
「解った。サララも、いいよな?」
「勿論です。カオル様一人では心配になってしまいますし。心配したまま待つ位なら、サララはカオル様と一緒に見まわりますよ」
方針は決まった。心強く微笑むサララに、カオルもにかり、子供っぽく笑う。
兵隊さんはそんな彼らを見て「頼りがいが出てきたな」と、口元を緩めるのだ。
占い師を見張るのだという兵隊さんと別れ、カオルとサララは、村に異変がないか見回りを開始する事になる。
家の外に出ると、もう闇は村を覆いつくし、満月の光のみが、二人の道筋を照らしてくれていた。
「カオル様、松明は焚かない方がいいかも知れませんね」
「そ、そうか」
腰に棒切れカリバー、手に松明を持ったカオルであったが、前に立つサララが隣に寄り添い、耳元で囁くように話しかける。
ちょっと照れくさく感じながら、火をつけようとした松明を腰のベルトに引っ掛けた。
そうしているうちに、空いた方の手をサララに引かれてゆく。
「まずは、村の西側の方から見ましょうか――」
「ああ、そうだな」
ゆっくりと歩き始めるサララ。
まだ目が慣れていないカオルは足元に気を配りながら、サララに引かれるまま歩き出した。
「んー、今のところは何もなさそうですね」
「物音とかもしないな……今夜は何事もないかな?」
「そうかもしれませんねー」
緊張気味に歩いていた二人ではあったが、村の西側からぐるりと回り、北側、馬車のある東側、と巡回し、自宅へ戻った頃には、いい感じに力が抜け始めてしまっていた。
結局この日も何事もない。「最後に広場の方を見て帰ろうか」と、兵隊さんが張っているであろう、村の中心部へと足を向けることになる。
(――待ってくださいっ)
(えっ!?)
不意に足が止まる。
広場へ向かっていた二人の近くで、『ギィ』という物音がしたのだ。
サララがピン、と耳を立て、しばし沈黙。
(……こっちですね。足音を立てないようにしましょう)
(ああ、解った)
少しして方角を特定したらしく、再びカオルの手を引き歩くサララ。
カオルも頷きながら、慎重に足先に力を入れ、余計な音が鳴らないように気を配った。
(いた……)
ぴた、と足を止めるサララ。
かがり火の近くをゆらゆらと歩く影が、カオルからでもはっきり見えた。
赤髪の、白い花をつけた少女。
(あれ……もしかして、レイチェルか?)
(そうみたいですね。兵隊さんの勘ってすごいなあ)
三人で占い師を張っていたのでは気づけない事態であった。
こんな時間に、レイチェルが一人で出歩くなど、違和感しかない。
二人とも気を引き締め、よたよたと歩くレイチェルをそのままに、静かに後を追いかけた。
そうして、追跡の果てにたどり着いたのが、墓地であった。
満月の淡い光しか当たらぬ、静かな夜。
レイチェルは迷うことなくここに向かい、到着するや、墓地の門を手で『ぎぃ』と、押し開こうとしていた。
だが、簡単には開かない。
墓場の門には、墓守り親子によって結界が張られているのだ。
これを破らねば、墓に入る事はできない。
(何度も押したり引いたりしてますね。門が悲鳴を上げてるみたい……)
(バチバチ鳴ってるな。あれが結界なのか……)
無理に門を開こうとするレイチェルは、その手をバシャバシャと電撃のような何かに干渉され、やがて吹き飛ばされてしまう。
それでもうめき声一つ上げず、再び門へと向かい、またこじ開けようとするのだ。
そうしてそれはやがて、門へのダメージになっているのか、サララの言うように木製の門は軋み、少しずつ、だが確実に、結界は弱まっていく。
「――うあぁっ!!」
やがてレイチェルは叫ぶように声を張り上げ、どん、と、強く押す。
すると、いよいよ耐えきれなくなってか、門は『ぎぃ』と開いてしまった。
手は白くブスブスと煙をあげていたが、それでもかまわず、レイチェルは前に進む。
(……サララ、ハスターさん達と、それから兵隊さんを連れてきてくれ)
ここで、カオルは判断を下した。
このまま自分達だけでレイチェルを追うよりは、兵隊さんと、ネクロマンサーに詳しいのだというハスター親子の助力を仰いだ方がいいに違いないと、そう思ったのだ。
(解りましたけど……カオル様は、無理しないでくださいね)
(ああ、解ってる)
今一人になってしまう心細さを我慢してでも、増援を期待できる方がいいに決まっている。
カオルはそう考え、今の不利を選んだ。
音もなく走り去るサララを見ながら、そっと、レイチェルの後を追う。
夜の墓地は、格別日常とは異なる雰囲気を醸し出していた。
昼ならばただ寂しく墓石が並ぶだけの場所が、夜ともなると、霊魂が舞い、ひんやりと、冷たい空気すら感じさせていたのだ。
こればかりは向こうとはそう違いもなく、カオルは、腹の底から来る失禁してしまいそうなほどの恐怖を、なんとか正義感だとか、使命感だとかで無理矢理堪えていた。
レイチェルは墓地の中心に立っていた。
何をするでもなく、ぼーっと。
霊魂の浮かぶ空間を、さも何も考えていないかのように立ち尽くしていた。
それが奇妙に思えたからか、カオルは、一旦恐怖心をしまい込み、周囲の観察に注力する事にした。
とにかく、怪しいところがないか調べたかったのだ。
今の墓地は、確かにカオル視点では恐ろしげで、とても日常とは思えぬ光景が広がってはいたが。
だが、それだけで、特別何かがそこから生まれている訳ではない。
例えば、化け物が土の中から現れるだとか、レイチェルが突然変な呪文を唱え始めるだとか、そんな事はないのだ。
ただ立ち尽くすだけのレイチェル。ただそこにあるだけの墓地。それだけである。
だからか、カオルは次第に冷静さを取り戻し、慣れる事が出来た。
変化がない事が、カオルにとって幸いしたと言える。
どれほどの時間が経過しただろうか。
五秒、五分、五時間。
いずれとも感じられるのに、どれでもないような、そんな曖昧な時間の流れ。
空気の重苦しさ。気持ち悪さ。
そんなものを感じ始めたのはいつからだろうか、と、カオルは喉の渇きに気づく。
「――ふふ」
そうして、ようやくその時が訪れた。




