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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
3章.オルレアン村編3-ダメ男と村娘とネクロマンサーと-

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#13.夜歩きのレイチェル


「――つまり、君たちはあの占い師が怪しい、と?」

「ああ。あの人がネクロマンサーかどうかは解らないけどさ、少なくとも、何か隠してる事があると思う」


 まずは、先ほどの占い師の一件を通してカオル達が抱いた疑惑を、兵隊さんに説明していた。


「あの人、精霊魔法を占いに使っていたんですが、『北に行った事がない』って言ってたんです。『寒くなるのが嫌だから』って」

「精霊魔法は北の方で使われていると聞く……それに、砂漠だって陽射しが当たらない日は相当寒くなるはずだが。妙だな」

「それにさ、こないだ兵隊さんにも聞いたけど、ちゃんとギルドの免許持ってる商人ってのは、腕に刻印してるんだろ? あの人、『証明書を持ってる』って言ってたぜ。つまり――」

「何らかの理由で、商人のフリをしている可能性がある、という事か」

「俺たちはそう思ってる。だからこうやって兵隊さんを呼んで、いろいろ考えようと思ってさ」

「なるほどな。よく知らせてくれた」


 わずかばかりのやり取りではあったが、兵隊さんはきり、と眼を鋭く細め、やるべきことを理解した様子だった。

顎に手をやり、しばし考えるように俯くが……やがて、席を立つ。


「彼女を見張ってみよう。もうすぐ暗くなる――彼女がネクロマンサーか、あるいはそれに操られているか。何にしても、何かしらアクションを起こすかもしれない」

「じゃあ、俺たちは――」

「君達は、できれば別の場所を見まわってほしいな。確かにあの占い師が怪しいが、もしかしたら、他にも何かあるかもしれない」

「ああ、そうだな……キャラバン、もうすぐいなくなるし、キャラバンの中に犯人がいるとしたら、動き出すのは――」

「そういう事だ。今夜か、少なくとも彼らが発つ前に動くだろう。頼めるか?」

「解った。サララも、いいよな?」

「勿論です。カオル様一人では心配になってしまいますし。心配したまま待つ位なら、サララはカオル様と一緒に見まわりますよ」


 方針は決まった。心強く微笑むサララに、カオルもにかり、子供っぽく笑う。

兵隊さんはそんな彼らを見て「頼りがいが出てきたな」と、口元を緩めるのだ。




 占い師を見張るのだという兵隊さんと別れ、カオルとサララは、村に異変がないか見回りを開始する事になる。

家の外に出ると、もう闇は村を覆いつくし、満月の光のみが、二人の道筋を照らしてくれていた。


「カオル様、松明は焚かない方がいいかも知れませんね」

「そ、そうか」


 腰に棒切れカリバー、手に松明を持ったカオルであったが、前に立つサララが隣に寄り添い、耳元で囁くように話しかける。

ちょっと照れくさく感じながら、火をつけようとした松明を腰のベルトに引っ掛けた。

そうしているうちに、空いた方の手をサララに引かれてゆく。


「まずは、村の西側の方から見ましょうか――」

「ああ、そうだな」


 ゆっくりと歩き始めるサララ。

まだ目が慣れていないカオルは足元に気を配りながら、サララに引かれるまま歩き出した。




「んー、今のところは何もなさそうですね」

「物音とかもしないな……今夜は何事もないかな?」

「そうかもしれませんねー」


 緊張気味に歩いていた二人ではあったが、村の西側からぐるりと回り、北側、馬車のある東側、と巡回し、自宅へ戻った頃には、いい感じに力が抜け始めてしまっていた。

結局この日も何事もない。「最後に広場の方を見て帰ろうか」と、兵隊さんが張っているであろう、村の中心部へと足を向けることになる。



(――待ってくださいっ)

(えっ!?)


 不意に足が止まる。

広場へ向かっていた二人の近くで、『ギィ』という物音がしたのだ。

サララがピン、と耳を立て、しばし沈黙。


(……こっちですね。足音を立てないようにしましょう)

(ああ、解った)


 少しして方角を特定したらしく、再びカオルの手を引き歩くサララ。

カオルも頷きながら、慎重に足先に力を入れ、余計な音が鳴らないように気を配った。



(いた……)


 ぴた、と足を止めるサララ。

かがり火の近くをゆらゆらと歩く影が、カオルからでもはっきり見えた。

赤髪の、白い花をつけた少女。


(あれ……もしかして、レイチェルか?)

(そうみたいですね。兵隊さんの勘ってすごいなあ)


 三人で占い師を張っていたのでは気づけない事態であった。

こんな時間に、レイチェルが一人で出歩くなど、違和感しかない。

二人とも気を引き締め、よたよたと歩くレイチェルをそのままに、静かに後を追いかけた。




 そうして、追跡の果てにたどり着いたのが、墓地であった。

満月の淡い光しか当たらぬ、静かな夜。

レイチェルは迷うことなくここに向かい、到着するや、墓地の門を手で『ぎぃ』と、押し開こうとしていた。

だが、簡単には開かない。

墓場の門には、墓守り親子によって結界が張られているのだ。

これを破らねば、墓に入る事はできない。


(何度も押したり引いたりしてますね。門が悲鳴を上げてるみたい……)

(バチバチ鳴ってるな。あれが結界なのか……)


 無理に門を開こうとするレイチェルは、その手をバシャバシャと電撃のような何かに干渉され、やがて吹き飛ばされてしまう。

それでもうめき声一つ上げず、再び門へと向かい、またこじ開けようとするのだ。

そうしてそれはやがて、門へのダメージになっているのか、サララの言うように木製の門は軋み、少しずつ、だが確実に、結界は弱まっていく。


「――うあぁっ!!」


 やがてレイチェルは叫ぶように声を張り上げ、どん、と、強く押す。

すると、いよいよ耐えきれなくなってか、門は『ぎぃ』と開いてしまった。

手は白くブスブスと煙をあげていたが、それでもかまわず、レイチェルは前に進む。


(……サララ、ハスターさん達と、それから兵隊さんを連れてきてくれ)


 ここで、カオルは判断を下した。

このまま自分達だけでレイチェルを追うよりは、兵隊さんと、ネクロマンサーに詳しいのだというハスター親子の助力を仰いだ方がいいに違いないと、そう思ったのだ。


(解りましたけど……カオル様は、無理しないでくださいね)

(ああ、解ってる)


 今一人になってしまう心細さを我慢してでも、増援を期待できる方がいいに決まっている。

カオルはそう考え、今の不利を選んだ。

音もなく走り去るサララを見ながら、そっと、レイチェルの後を追う。




 夜の墓地は、格別日常とは異なる雰囲気を醸し出していた。

昼ならばただ寂しく墓石が並ぶだけの場所が、夜ともなると、霊魂が舞い、ひんやりと、冷たい空気すら感じさせていたのだ。

こればかりは向こう(・・・)とはそう違いもなく、カオルは、腹の底から来る失禁してしまいそうなほどの恐怖を、なんとか正義感だとか、使命感だとかで無理矢理堪えていた。


 レイチェルは墓地の中心に立っていた。

何をするでもなく、ぼーっと。

霊魂の浮かぶ空間を、さも何も考えていないかのように立ち尽くしていた。

それが奇妙に思えたからか、カオルは、一旦恐怖心をしまい込み、周囲の観察に注力する事にした。

とにかく、怪しいところがないか調べたかったのだ。


 今の墓地は、確かにカオル視点では恐ろしげで、とても日常とは思えぬ光景が広がってはいたが。

だが、それだけで、特別何かがそこから生まれている訳ではない。

例えば、化け物が土の中から現れるだとか、レイチェルが突然変な呪文を唱え始めるだとか、そんな事はないのだ。

ただ立ち尽くすだけのレイチェル。ただそこにあるだけの墓地。それだけである。

だからか、カオルは次第に冷静さを取り戻し、慣れる事が出来た。

変化がない事が、カオルにとって幸いしたと言える。




 どれほどの時間が経過しただろうか。

五秒、五分、五時間。

いずれとも感じられるのに、どれでもないような、そんな曖昧な時間の流れ。

空気の重苦しさ。気持ち悪さ。

そんなものを感じ始めたのはいつからだろうか、と、カオルは喉の渇きに気づく。


「――ふふ」


 そうして、ようやくその時(・・・・)が訪れた。



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