#ED.『今』を生きる少年、カオル
「……は?」
まばゆい光が満ちた。
眼を開くとそこは、アスファルト地面のありきたりな通学路。
……ありきたりだったのだ。そこは。
「ああ、そうか」
そうして、ようやくにして自分がそこに戻ったのだと気づく。
気付いたところでどうにもならないのもセットで。
目の前に、車が迫っていた。
そう、自分が異世界に飛ぶ前は、女神さまと出会う前は、こんな感じだったのだと、今更のように思い出し――
(ようやく死ねるのか)
あっさりと死ぬつもりだったのに、随分と長く生き続けてしまったことに何の感慨も感じず。
安堵したような気持ちのまま、車に衝突するのを受け入れていた。
これが胡蝶の夢か、あるいはただのみじめな現実か。
それでも、楽しい一瞬だったのだから。
――だが、車はついぞ、カオルにぶつかることはなかった。
「あれ……?」
もう、車にぶつかった痛みなんて想像もできなくなっていたのに、その痛みはいつまでも訪れない。
なんでそうなっているのかが解らないまま、首を傾げる。
またもや、そう、またもや事故は止まったのだ。
「――やっと見つけたわ!!」
女の声がした。
振り向くと、どこかで見たような少女が、見慣れない学生服を着て自分へと駆け寄ってくるのが、見えて、カオルは首を傾げる。
「うん……?」
「カオル君、こんなところにいたのねっ」
すぐ前まで来て、更に一言。
聞き覚えのある声。
見覚えのある顔。
「……アロエ様か?」
「そうよっ、アロエ様よっ、ほんとに久しぶりねカオル君っ!!」
意味が解らなかった。
だが、そこにいたのはまぎれもなくあの女神だった。
なんで制服姿なのかもなんでこの世界にいるのかもカオルには解らないが、見間違いでも幻覚でもなさそうだった。
「全く、いつの間にか探知できなくなったと思ったら急にこんなところに現れるんだもの。びっくりしたわよ!」
「探知……? いや、あの、意味が解らないんだが」
「ほえ? うーん……そういえばなんか外見違うし、でも、貴方、私の事知ってるカオル君よね? 魂同じだし間違ってないわよね?」
「いやまあ、それはそうなんだけど……魂?」
今一話が噛み合ってない気もしたが、どうやら本当にあのアロエ様で合っているらしい、と理解しながら、疑問を解こうとする。
とはいえ、状況からして意味が解らない。
「あの、さ、とりあえず、車が止まってるのは……?」
「ああ、この車? 君にぶつかりそうになってたから止めたのよ。間に合ってよかったわよ。ていうか車くらい自分で止められたでしょうになんでぶつかろうとしてたの?」
「いや無理だって。この世界の俺、ただの学生さんだよ?」
「またまたそんなこと言って」
それがカオル君ジョークなの? と、にへらにへらと笑い飛ばされてしまう。
だが、カオルが「いやいや」と否定するのを見て、アロエも「え、マジで」と真顔になる。
そうして顎に手をやり、「ああ、まあ、ともかく」と車を見やる。
ドライバーの女は相変わらずよそ見をしたまま、へらへらと笑い顔のまま止まっていた。
おそらくそのままなら、カオルに気付くことすらなく激突して、激突したことにすら気付かずにいくらか走り抜けていたのではないか。
そんな状態である。
「この愚か者には天罰を下さないと」
ぱちり、指を鳴らすや、車とドライバーは目の前から消滅した。
跡形もなく。最初からいなかったかのように。
「消したのか?」
「異界送りにしただけよ」
「どんな?」
「人間が人間として扱われない世界。今苗床候補者絶賛募集中だったからちょうどよかったわ」
「わーおナイス天罰」
まああほみたいな運転してる奴にはちょうどいいよな、と、カオルもドライバーの女の事はすぐに忘れ去る事にした。
「ほんと、今の時代でもああいう愚か者が多くて困っちゃうわ。天罰を下しても下してもキリがない」
「……今の時代って」
「んー……長話になるだろうし、とりあえず場所変えない? 感動の再会なのに立ち話もないでしょう?」
「ああ、うん」
確かに立ち話もなんだと思えたので、アロエ様に言われるままに頷き、先に歩き出したその後ろについて歩く。
ほどなく小さな公園につき、そのままベンチに。
アロエが「ちょっと待ってて」と言って、すぐ近くの自販機で飲み物を買ったかと思えば、一本差し出してくる。
「再会を祝して」
「なんか、悪いな」
「いえいえー。折角の再会で缶ジュース一本っていうのもなんだけど、今お財布厳しいから許してね」
「いや、十分嬉しいよ」
違和感もあるが、疑問も多いが、それでもとりあえず、彼女と再会できたのは嬉しかったのだ。
いや、もう何もかも諦めたはずの自分が、どうでもいいと思えたはずの自分が、それでも嬉しいと思えたのは不思議な気持ちだった。
妙に心が高鳴るのだ。嬉しいという感情が、妙に新鮮に思えたのだ。
そうして妙な気持ちになってそわそわしているカオルをよそに、アロエも隣に座る。
見た目、同学年くらいのカップルが隣り合って座っているようにしか見えない。
「とりあえず、状況を整理しましょうか」
ぷしゅ、と、ジュースの蓋を開けながらアロエが切り出し。
カオルもまた、「ああ」と、納得する。
アロエは気づいていたのだ、カオルが今の状況で、妙に混乱しているのだと。
だから、何が起きているのかの事情の説明だけでなく、カオル自身の今の状態を把握する必要があると考えていたのだ。
それに気付けたからこそ、カオルもぽつぽつと、自分の周りに起きた事を説明していった。
自分がこの世界の、ただの学生だったこと。
テストで0点を取って落ち込んで帰宅していた中、さっきの車に轢かれかけて、あの女神様と出会ったこと。
そして、彼女を助けるようなつもりであの世界に転移した事。
色々あって何もかもどうでもよくなってしまい、たまたま本来の条件を満たして、こうして戻れたことまで。
説明が終わったころにはもう陽が落ち始め茜空になっていたが、アロエはその間、余計な口一つはさまずに話を聞いてくれていた。
「それが、カオル君があの場にいた理由だった訳かぁ」
「ああ。そういう事だが……なんで貴方がここにいるんだ? ここ、貴方の世界とは別の世界だろ? まさか……」
本来別の世界にいるはずの女神がこの世界にきている。
その理由を考えれば、いくつかは思い辺りがあるものの、最悪を真っ先に想像してしまった。
そして、それは真っ先に本人により「いやいやないから」と手を振り振り、笑いながら否定され、カオルは安堵した。
「というか、滅びてたらここにいないわよ。何、まだ気づかないの? あなた、この世界は、貴方がいたあの世界の延長線上にあるのよ?」
「延長線……? それって」
「そう。この世界は、貴方が見たあの世界の、未来。貴方、異世界人じゃなくて、純然たるこの世界の人だったのね。通りで色々他の人と違うわけだわ」
「ごめん……意味が解んねえ」
それは、女神アロエという存在そのものを見るならば十分あり得る話ではあった。
だが、カオルが目の前にある光景が、あまりにもカオルの知る世界と違い過ぎて、理解しきれなかったのだ。
確かに電気は生まれていた。現代に繋がる技術はそこから育まれていたとしてもおかしくはなかった。
それでも、そうなったとは思えなかったのだ。
「だってあの世界は、俺の子孫が全部無茶苦茶にして……いや、俺があいつらを殺しちまったから、あの世界はもう――」
「ええ、貴方の子孫の一人が暴走してたのは確かね。それを止めたのも貴方だったのも知ってる。でも貴方、あれだけ沢山の子孫がいたのに、あの一人が最後だなんて思ってたの?」
「いやだって、あいつの……ケイオルって奴が、他の子孫は死に絶えたって」
「ケイオル……うーん、君の子孫にそんな名前の子孫はいなかったと思うけど」
「名前変えたって言ってたからな」
「でもその暴走した子孫ってミザリーの家系の子でしょ? 確かにミザリーと行動を共にしていた子孫はそのはるか前に途絶えていたわね。でも、他の系統の子孫は他の地域に結構いたのよ?」
「……へ」
つまり、カオルは思い込みをしていたのだ。
洞窟に閉じこもって世間から離れ、身内の事すら知ろうとすらしなくなったことで、彼は何もかも解らなくなってしまっていた。
だから、子孫の一人が言った言葉をそのまま真に受けてしまったのだ。
だとしたら、だとしたなら――
「――じゃあ、じゃあアロエ様、俺の子孫は、いったい――」
「はいはい落ち着いて。んーとね、貴方の子孫が各地にいたっていうのは今言った通りだけど、流石に五千万年も経過した後だと血筋が散らばりすぎて具体的には教えられないわ」
「五千万年……?」
「そうよー。貴方が活躍した時代からそれくらい経過してるのよ今」
「その間に、何が起きたんだ……? いや、それくらい経てば確かにこうなっててもおかしくはないけどさ」
「んー、順を追って説明すると長くなるけど……ま、いっか! 私もカオル君ともっとおしゃべりしたいし」
「ああ、俺もどうせ怒られるだけだからな」
今となっては、母親に怒られるくらいなんてことなかった。
何も辛くない。
ただただ知りたかったのだ。
合意と見て、アロエは満面の笑みを見せながら「それなら」と、話を続ける。
「まず、私が君を探知できなくなった時代……あの後、『共同体』は崩壊したのだけれど」
「やっぱり崩壊したのか。じゃあ、無秩序な世界になっちまったのか?」
「ううん。共同体の影響範囲から逃れていた集団があってね。それがシャーリィの家系の子孫たちを中心にした者達で。カルナスの集団や崩壊を見て共同体による統治に絶望していた人たちをまとめあげ、世界初の民主的な政府を立ち上げることに成功したの」
「シャーリィの……生き残っていたのか」
「そうね。そうはいっても千年くらいしたらその平和な民主主義時代は崩壊して、それから五千年くらいは各地で散発的に戦争が起きたり平定されたりで戦国時代に戻ってしまって」
「……」
「それで、そんな時代に歯止めをかけたのが魔族達だったの。それまで魔族達は静観を決め逃げ込んできた人だけ保護していたのだけれど、人間達がいつまでも戦争を止めなかったのと、逃げ込んできた人が膨大な人数になってから、アルムスルトが介入を決定してね」
「魔族達が……」
「貴方がいなくなってから一万年後、世界は再び平和になった」
「アロエ様は何もしなかったのか?」
「失礼ね、ちゃんと仕事はしたわよ? 戦争になっても人類が滅亡しないように最低限の措置は施したし、民衆の間に戦争を嫌がるような風潮になるようにもしたわ。それでも、人類の争いたい、奪ってでも何かを得たいという欲望は尽きなかったのよね」
「……魔王のシステムがなくなっても、結局は人間の欲望は変わらないって事か」
「まあ、元々アレですら人間の内にあったものだからね。欲望を正しく扱うことも、間違って扱うこともできるのが人間の徳と業だから」
こればかりはどうにもならなかったわ、と、ため息交じりに呟く。
けれど、そこにはかつての苦しそうな表情はなかった。
明るさの中に多少の影が差した程度。
それくらいにしか見えなかったのだ。
「それ以降は魔族が積極的に人類側と関わるようになっていって比較的平和なまま推移して……一千万年後くらいかしら? それくらいになると、人も魔族も亜人も交わりあって、次第にそれが当たり前になっていくのよ。だから種族間の違いも減っていったの」
「俺の時代にも魔族と結ばれる者は居たには居たけど、それがスタンダードになっていったのか……」
「そうね。実際、今の時代にその特徴を残す人なんて全然居ないでしょ? 元は人類として設計されたものだからね。交わっていくうちに無個性化……というよりは、中央値にどんどん寄っていくのよね」
「……ちょっと待ってくれな」
「うん?」
話を聞きながらに、ベンチの上に置いたバッグを漁りだす。
アロエは最初「何してるの?」と首を傾げていたが、カオルが取り出した一冊の教科書を見て「ああ」と理解した。
「俺の世界の歴史……ああ、やっぱそうだ。年表に乗っている中でも一番古くて、三千万年前だ」
「四千万年前くらいに一度大きな津波が起きたからね。古代竜アンジーレブラムが復活しちゃったのよね」
「……あの大津波を起こすっていう。アロエ様たちが討伐したんじゃなかったのか?」
「そうなのよねえ。魔王の力は封印したし、復活できても覚醒できるほど概念の力を得られないはずなんだけど、不思議よね。いったい誰が覚醒させたんだか」
困っちゃったわ、と、まるで他人事のように呟きながら。
しかし、その歴史は既に乗り越えてきたのだと解れば、カオルにもその余裕の根拠は把握できた。
「そういや、古代竜って今の時代には流石に居ないんだよな? どうなったんだ?」
「んー? ほら、さっき名前に出したシャーリィ」
「シャーリィが?」
「そう。そのシャーリィがね、ホムンクルスに魂を転移させる技術を魔族世界に持ち込んできて」
「ああ」
別れ際。
そう、シャーリィとの最後の別れ際に、確かに頼んだことだった。
それが関連しているなど露ほどにも思わなかったことではあるが。
「あれのおかげで、まずアルムスルトは魔王の力から完全に開放され、バゼルバィトもまた、肉体を構成する器が変わったことで呪いから脱することができるようになったわ」
「へえ。じゃあ、二人は幸せに暮らせるようになったんだな」
「ええ。末永く。今も身体を定期的に変えながら夫婦として暮らしてるわよ?」
「今もいるのかよ」
それはすげえな、と変わらぬ二人の愛に驚かされながらも、末永く幸せでいてくれている友人達の存在は、カオルには喜びにもつながっていた。
まだ、自分の知っていた人たちが生きていたのだから。
「それで、その二人の成功例を見て、かねてより魔人ピクシスと結ばれたがっていた古代竜ガラガンディーエが『我らも人型になろう』と、他の竜たちを説得し始めてね」
「じゃあ、古代竜たちも人型に?」
「流石にその時代の技術じゃ無理だったけど、ずっと研究され続けてアンジーレブラムが暴れる少し前に完成して、実験台第一号になったのがアンジーレブラムだった訳」
「人型にされて止まったのか」
「そゆこと。どれだけ大食漢でも人間サイズだとほとんど無害だから、今は時代ごとに身体変えて覆面フードファイターやってるわ」
「適材適所ができる時代になったんだな……」
古代竜がフードファイターかぁ、と、名実ともにスケールダウンし過ぎなところに妙なため息が出てしまうが。
だが、結果として今の時代である。
「かなりの文明や文献がアンジーレブラムの起こした津波で流されたり解読不可能になったりしてダメになっちゃったし人口も激減したんだけど、大陸の外にいた君の子孫たちが戻ってきたりで、なんだかんだ絶滅寸前だったこの大陸の人類はまた数を戻せたのよねえ」
「でも、大陸の形は結構変わっちまってるんだな」
「津波に前後して地殻変動もいくらか起きたからね。この辺は多分教科書にも推測の情報としてある程度載ってると思うけど」
「そうだったかな……俺、勉強ダメな子だったから」
「そうなんだ」
「でも、学び直さないとな」
自分が生きた時代。
自分が築いた時代。
そして、自分が去った後の時代。
子孫たちはそんな世界でも生き延び、歴史を築いていったのだ。
それを学ばないなんて、知ろうともしないなんて、今に生きる自分がしていいことではない。
「知りたいんだ。知りたくなった」
「良い目だね。うんうん。顔は頼りなくなったけど、やっぱり君はカオル君ね♪」
にっこり笑顔になるアロエに、どこか首が熱くなるのを感じながら。
変わりすぎてしまった世界が、どうしてそういう姿になったのかを、追ってみたいという気持ちが内からふつふつと沸き上がり、それが『生きたい』という気持ちにつながってゆく。
「ねえカオル君? 君はさっき、そのまま車に轢かれそうになっていたけれど……今でも、気持ちはそのまま?」
「いんや。今の俺ならきっと、無理でもなんでも車を止めようとするか、逃げようとするだろうな」
「そう。良かった。もう死のうだなんて思わないでね? 私は君には生きていてほしい」
「でもこの身体だと多分俺、すぐに死んじゃうぜ?」
「それはちょっと困る……ようやくにして見つけ出せた友達の顔がまた見られなくなるのは辛いわ。いっそ神様にでもなっちゃわない?」
「それは……まあ、死んでから考えるよ」
「死んだらなれないのになあ」
その気がないのだと解れば残念だとばかりにぶつぶつ呟くが、怒っているわけではないのは解るのでカオルもそのまま聞き流す。
「てか、なんでアロエ様、女子高の制服着てるんだ? それ、聖ベロニア学園の制服だろ?」
「うんそうよー。聖ベラ」
「聖、ベラ……」
聞き覚えのある名前がまたも出てくる。
「まあ、名前から繋がりが解ると思うけどー、ベラってまだこの世界にいるのよね。私もだけど、神様関係者はそこにいる感じ」
「マジかよ。結構身近に居たんだなベラと神様……」
「結構身近に居たのよねえ。いやあ、私も気づかなかった。というか、『急にそうなった』って感じよね。今まで何の変哲もなかった魂が、急に五千万年来の友達の魂のように感じられたんだもの」
歴史が変わった感覚よね、と、しみじみ語るアロエを見やりながら。
その制服を見て、あの世界で最後に会った友人を思い出した。
「そうか、ベラが……」
「会いたい?」
「いずれは? でも、今会って何ができたもんでもないしな。今の俺は、ただのダメな学生だから」
「いつなら会えるの?」
「必死に勉強して、真面目な学生さんになれたら?」
「ふふ、そっか。じゃあ、そう伝えておくね」
ベンチから立ち上がりながら、麗しの女神殿はてくてくと歩き出し、背を見せたままに一言。
「まあ、君ならきっとできるよ。なんたって封印の聖女とエルセリア王の子孫なんだから」
「おいちょっと待て、なに今の初耳なんだけど!?」
「うふふ、詳しい話はまた会った時にね。一度に全部知っちゃったらつまんないでしょ? 今度はカオル君が来る番でしょ。お土産は駅前のお店のアイスクリームでいいからね。じゃあね~」
「あ、おい――ったく」
呼び止めるのも聞かず、わきわきと手をふりふり、女神殿は去っていった。
相変わらず子供っぽい性格のままで安心したというか。
けれど、カオル的には「五千万年はあの人にとって大したことない時間なんだな」と思わずにはいられなかった。
一万年も持たずに投げやりになった自分がバカみたいだと思いながら。
けれど、何もかもが無駄になったわけではないと解り、今はやる気にもなれていた。
「よーし、じゃあ、いっちょ怒られに帰るか」
目標ができた。
生きる意味も生まれた。
知りたいこともたくさんできて、方向性もはっきりして。
そして何より、会いたい人が居た。
ずっと会えなかった両親だった。
ひとまずは怒られるけれど。それでも尚、会いたかった人達だった。
また会えるなんて思ってもみなかった。だからこれは、僥倖である。
この後、カオルが母親の顔を見た途端泣き出してしまったり、テストの点を見せて母親からお説教を受けてもへらへら笑って余計怒られたりしたけれど、彼は過去に戻る前よりもずっと幸せに生きられるようになった。
正しく努力をすれば報われる世界。
それが解っている彼は、元の時代に戻って尚、努力することができるようになったのだ。
その人生の傍らには、かつて見慣れたシスターだの女子高生姿の女神様だの隠居していた魔王カップルだのが騒がしくしていたが、もう彼は腐ることも嫌になる事もなかった。
毎日が楽しかったから。
有限なる時間を、最後まで楽しめたのだ。
かつて、その世界には、世界を救った英雄がいた。
けれど今のこの世界には、英雄など一人も居らず。
ただただ、人々が日々、やるべき努力を続け、やれる限り頑張って生きていた。
母から子へ、子からまた子孫へと続く教育は、五千万年経ってもなお途切れず。
今日もまた、母からから子へと、お説教という形で紡がれていったのだから。
これにてこのお話は完結となります。
今まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
以後も何かしら話を書いていく予定ですので、どうぞよろしくお願いいたします。




