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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
3章.オルレアン村編3-ダメ男と村娘とネクロマンサーと-

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#4.消えた村娘


 キャラバンが到着してからというもの、広場は連日賑わいを見せ、特に若い娘らは、遠い都会の衣服やアクセサリー、異国の布製品やら宝石やらに目を輝かせていた。

特に片隅に店を出していた女占い師などは人気の的で、行列を作ってまで見て貰おうとする女性客で一杯になっていた。


 そんなある日の事である。

カオルは、例によってアイネの『気まぐれに焼いた木の実マフィン』を兵隊さんに届ける任務を承り、それを詰め所まで届けたのだが。

丁度時を同じくして、中年ほどの、黒髪の男が詰め所を訪れた。


「ヘイタイさん、どうにも誰かが、墓場を荒らそうとしたらしいんだ。墓荒らし対策のために張った結界に傷がついていてね」

ひょろ長でちょっと目の曇った、あんまり精気を感じさせない男で、カオルは「あんまり見ない顔だな」と思っていたが、墓場の話となり、思い至る。


「ポットさんの親父さんかい? 違ってたら悪いけど」


 カオルが聞いてみると、その男もカオルの方へ向き、に、と笑った。

あまり善良そうな笑顔には見えなかったが、彼なりに微笑んだつもりらしい。


「君は……盗賊団を倒したっていう、カオル君だったかな? 息子がたまに世話になってるようで」

「カオルは初対面だったか。墓守のハスターさんだ。普段は余所の村とかも回ったりしてるから、あんまり顔を見る事はなかったかな」

「あ、ども……」


 兵隊さんの紹介もあり、カオルは軽く頭を下げる。

ハスターはというと「気にしないでいいよ」と、カオルに顔をあげるように促し、話を進めた。



(せがれ)が言うには、今朝になって墓の様子を見ようとしたらそのようになっていたらしくてね。ヘイタイさん、何か知らないかい?」

「墓に関しては……最近は魔物も村の近くに出たという話を聞きませんし……そうなるとやはり」

「ああ、墓荒らし(ネクロマンサー)が村に入り込んだ恐れがある。もちろん、村の外に潜伏している可能性もあるが……注意が必要だ」


 困った事になったものだ、と、ハスターは顎に手をやり、近くの椅子に座り込んだ。

兵隊さんも、椅子に腰かけたまま、ハスターさんの顔をじ、と見つめる。


「ネクロマンサーって、具体的にどんな事やる人らなんだい?」


 カオルはというと、墓荒らしの、その目的が今一解らず、疑問ばかりが浮かんでいた。

確かに墓を荒らすのは悪い事だが、何故そんな事をするのかの意味が解らないのだ。


「……彼らは……多くの場合、『老いる事のない身体』だとか『永遠の命』だとかを追求しようとしているようだ」


 少し間を空けて口を開いたのは、ハスターであった。

兵隊さんも頷きながら、それにあわせるように説明を始める。


「ネクロマンサーは、墓を暴いて死体を盗む。まだ肉のついている死体は、彼らにとって格好の研究素材であり……戦力にもなる」

「戦力? 何に使うつもりなんだよ……」

「ネクロマンサーの……というより、黒魔術の特徴的なものの一つに、『ネクロマンシー』というものがある。死体を意のままに操り、生前のそれと同じように動かすことのできる術法だ。これを用いて私兵とし、自らを守らせたり、生きている者を襲わせ、新たな死体を作るのに利用したりするのだよ、ネクロマンサーという奴はな」


 死体を利用する、という時点でカオルにとっては理解しがたい、気持ちの悪いものであったが。

兵隊さんの説明を聞き、いよいよもってカオルは「それはちょっと許せないな」と、義憤を抱いた。


「だがなカオル、厄介なもので、ネクロマンサーはその行いこそ外道そのものだが、人であることに変わりはないんだ。つまり、その辺の行商や余所の地域からの移民なんかと全く区別がつかない」

「それは面倒だな……区別がつかないんじゃ、入り込むのを止められないじゃん」

「そういう事だな。そして、魔術そのものは機会と才能次第で誰にでも扱えるからな……考えたくはないが、村人の中に紛れ込んでいても、見分けが出来んのが現状だ。だからこうして、ヘイタイさんに話を持ってきたのだよ」

「なるほどなあ……」


 兵隊さんやハスターの話を聞くに、カオルも次第に事の重大さ、厄介さが理解できてきて、唸ってしまう。

既に墓は荒らされそうになっていて、ネクロマンサーと思しき誰ぞかが、村に入り込んでしまっている可能性もある。

そう考えると、安穏とした村の平和は、またしても危うい状況にある、という事。

放置するのは、いささか危険すぎた。



「兵隊さんは、どうするつもりなの? ほっとく気はないんでしょ?」


 だが、カオルにはまだ、どう動けばいいのかも解らない。

指標となる意見が欲しかった。だから、兵隊さんを見た。


「勿論、放っておくつもりはないよ。今まで以上に村の警戒を強めなくては……それに、誰が犯人なのかも解らない以上、下手に相談はできないな」

「相談は……せいぜい、村長、教会の司祭様、くらいに留めておいた方がよかろうな。若いのには教えない方がいい。すぐに噂で広まる」

「夜間の見回りを強化するとともに、犯人の特定も急がなくてはいけませんね……とはいえ、私はネクロマンサーというのをまだ見たことがないもので……ハスターさんは、何か特徴らしいものはご存知で?」

「ううむ……あまり日中は外に出たがらない事と、日光をあまり好まない事。それと、顔色があまりよくない事かな。こちらに関しては黒魔術に深く入れ込むとよくなる症状らしいから、ネクロマンサーに限らないが」


 かくいう私もあまり顔色はよくなくてね、と、苦笑いするハスター。

兵隊さんもカオルも乾いた笑いを見せる。


「それと、奴らは夜間に限り、強力な黒魔術を行使する事が出来る、というのを忘れてはいけない。仮に怪しい奴がいて、ネクロマンサーだという証拠を見つけたとしても、出来る限り夜には仕掛けない事。いいね?」

「捕まえるなら昼のうち、という事ですね?」

「夜は危険、か……うん、解ったぜ」


 カオルもなんとなしに巻き込まれているのを自覚しながら、それでも「そんな危ない奴ほっとけないもんな」と、すっかり手伝う気になっていた。


「まあ、カオル君も協力してくれるようだし、心強いね、ヘイタイさん?」

「ええ、まあ……でもカオル、無理はしないようにな。それと、何かわかったら私たちに教えてくれ。いいね?」

「ああ。絶対に先走らない。盗賊の時は、それで怖い目にあったしな……」


 盗賊に囲まれた時の恐怖感は、まだカオルの中では消え去ってはいない。

同じことは繰り返さないように、と、カオルは心に決めていた。




 それからというもの、カオルはサララにも内緒で、村のあちらこちらをそれとなく見まわったり、「何か変わったことはない?」「最近色んな人が村に入ってきてるよな」など、それとなく話を聞いて探りを入れてみたりしていた。

やってる事はテレビで見ていた刑事ドラマの真似でしかないのだが、本格的な警戒は兵隊さんが仕事でやっているし、墓そのものの見張りはハスター達がやっているしで、カオルにできることは少ないのだ。

それでも、やらないよりはマシだと思って色んなところに顔を出す。



「あらカオルさん、今日もまたお爺ちゃんとお喋りしてくれてたの?」


 そうしてまた、レスタス老の元で話を聞いていたカオルは、いつものようにレイチェルに話しかけられた。

そこで雑談は終わり、カオルもまた、レイチェルの顔を見る。


「いや、レスタス爺ちゃんの話面白いからさ。つい、聞きに来ちゃったよ」

「そうだったんだ……何かタメになる事でも聞けた?」

「山菜の取り方について聞いたぜ。あと、ちゃんとした商人の見分け方とか」

「ちゃんとした商人? ああ、詐欺師とかとの見分け方の事ね」

「うん。偽商人かどうか確かめるために『商人ギルドの証明書はどこ?』って聞くといいんだってな」

「そうそう。私もお爺ちゃんから何度も聞かされたわ。でも、そんな証明書どこにもないらしいね」

「そうなんだよなあ。目から鱗だぜ」


 レスタス老曰く「もぐりの商人や商人もどきはギルドのなんたるかも知らんから慌てふためいたり誤魔化そうとする」らしく、カオルは「そんなやり方もあるのか」と驚かされた物であったが。

レイチェルは不思議そうに首を傾げていた。


「……目から鱗って?」

「あ……えーっと、俺の住んでた所の言い方だよ。『びっくりしちゃった』とかそういう意味」


 ことわざも通用せず。カオルはちょっと困ったように笑ったが、レイチェルも手を打ち「そうなんだ」と、明るく微笑んだ。

アイネほど大人びた美人さんという訳でも、サララのように子猫のような愛らしさもないが、純朴なその笑顔は、カオルをして「可愛いなあ」と思ってしまうほどで。

つい、照れくさくなり、カオルはそっぽを向いて「へへ」と笑ってしまう。


「そういえばカオルさん、この間の占い師の人だけど、すごい人気だっていうお話でしょう?」

「ああ、あれ? うん、確かにそうらしいな?」


 例によってレスタス老の手を引きながら家へと戻っていくレイチェルであったが、ふと思い出したかのようにぴた、と足を止め、振り向きながらにカオルに笑いかける。


「友達が見てもらうつもりらしいから、私も明日見てもらおうかなって思ってるの。どんななのか、今度感想聞かせてあげるね」


 楽しみにしててね、と、なんのことでもないかのように手を振り振り。

夕焼けに染まる頬が、なんとなくカオルには素敵に感じてしまい、照れながらも手を振り返したものであったが。




――翌日の夜。レイチェルが失踪したとの報が、村を駆け巡った。

 


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