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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
9章.ラナニア王国編1-混沌してゆく世界-

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#27.一時契約


 月も高く君臨する深夜。

カオル達は占い師を伴い、レナス近郊の森へと足を向けた。

目的地は勿論、魔法陣が展開されていたポイントである。

スライムが待機しているであろう樹から少し離れた草陰で、三人は現場の状況を観察していた。


「確かに、魔法陣が張られてるわね……」

「そうですそうです。あれを消して、他に似た様なのが見つからなければ、貴方のお仕事は終わりです」

「……消して終わりなんじゃじゃなかった?」

「まあまあそう言わずに。ここまできたんですから」

「はぁ……」


 どうやら相性的にサララに苦手意識を抱いているらしい占い師は、ため息をつきながらに魔法陣を見つめていた。

そうして、キラキラと光った際に目を見開き、つぶさに観察する。

カオルとサララには魔法陣がどのようなものなのか、正確には解らなかったが、占い師は読み解くように意識を集中していた。

口元を覆うヴェールも今は解かれ、美しい顔立ちが月明かりに照らし出され、映えていた。


「上等な術式だわ。『学院』の生徒でもちょっと手間取るレベルね」

「消せそうです?」

「消すだけなら誰でもできるわよ? ただし、下手に弄ると大変なことになるわね。ご丁寧にトラップまで仕掛けられてるもの」


 運が良かったわね、と、占い師は口元を歪めながら、魔法陣に指を向ける。


「何も解ってない素人は、迂闊に地面を掻きまわして消そうとするのだけれど、この手の魔法陣は様々な要素が組み合わせられた複雑なものなの。例えば、あの周りの円陣。あれ一つ形を崩すだけで、とんでもないことになったりするわ」

「とんでもない事って?」

「色々よ。大爆発を起こして周囲の地形ごと更地にした例もあるし、時空そのものが無に飲み込まれた例もあったわね。私が知る中で一番大きな被害になったのは、大地に変異を起こして極大の地震を起こした時かしら?」

「……メイラ王国の事件ですね? 王国を中心に、周辺諸国も含めて百万人近くが死傷したっていう……」

「よくご存じねお嬢さん。歴史が解るなんて、案外いいところのお嬢様なのかしら?」


 俯きながら静かに答えたサララに、占い師は視線こそ変えないものの皮肉めいた口調で問いかける。


「サララです。名前は教えてるんですから、『お嬢さん』はやめてもらえれば助かります。『ティリア』さん?」

「あらそう? まあいいわ」


 折角敵対をやめたんですから、と、抗議めいた視線を向けてくるサララに、占い師はさほど気にした様子もなく、再び意識を魔法陣へと向ける。

カオル達も、それにならって再び魔法陣を見た。


「とにかく、知らないままに処分しようとせずに専門家を頼ろうとした貴方達は賢明よ。そしてアレ(・・)は、恐らくこの近辺でまともに解ける人間はかなり限られている」

「あんたは、まともに解けるのか?」

「解けるわよ? だから貴方達は運がいいのよ。私という腕利きを引き込めた。あの村で私を殺していたり、酒場で敵対していたらこうはならなかったわ」


 占い師の言に、カオルも「確かにそうかもしれない」と、奇妙な感覚になっていた。

本来なら許せない悪事を行った相手である。

サララが上手く引き込んでくれたから今は敵対していないが、これからの行動次第でも対立は十分にあり得る相手だった。

だが、そんな相手でも、敵対したままでは力を借りる事が出来ない。

速やかにこの状況を解決したいなら、必要な存在だったのだ。


 最初に敵対したからこそ、ティリアがただの占い師ではなくヴァンパイアである事を知り、その時の経験があるからこそ、カオル達は彼女に魔法の心得がある事も知る事が出来た。

仮に初めてレナスで出会ったのだとしたら、恐らく占いだけしてもらって、それで別れていたはずである。

あるいは力を借りられたとしても、より法外な報酬を求められた可能性があった。




『――つまり、魔人かそれに類する何かが、このレナスを攻めるためにオーガを転送してきている、と』

『そうなんです。今は偶然スライムがオーガを捕食してくれていますが、いつまでもそれが続くとは限りませんし……』

『確かに、オーガの群れに襲われでもしたらこのレナスはひとたまりもないわね』

『手を貸してくれますか?』

『当然、私の求めにも応じてくれるのよね?』

『提示する内容次第では』

『それなら簡単よ。私の求める条件はただ一つ――この地のカタコンベにある霊魂を、吸い取らせてほしいの』



 彼女がカオル達に求めた『条件』とは、オルレアン村で行っていたような霊魂の収集の許可であった。

詳しい話までははぶかれてしまったが、彼女は元々その為に占い師の体で各地を旅し、探し歩いていたのだとか。

レナスに訪れた理由も、やはりその目的があっての事らしいので、彼女としてもこの街がオーガに破壊されるのは望ましくないらしかった。


 墓地の霊魂を吸い取る事によって、どのようなメリットが彼女にあるのかはカオル達には解らなかったが。

それをさせる事によるデメリットが今一浮かばない事もあって、とりあえずは飲み込むことにしたのだ。

何より、今はレナスの危機である。

その解決こそが第一なのだから、と。


「ただ、消すとなるといくらか集中する必要があるわ。話では、樹の上にスライムが居るのよね?」

「ああ、そのおかげで今までオーガが街に来なくて済んでたんだが……消すとなると、邪魔だよな?」

「邪魔ね。魔法陣の除去は繊細な作業よ。離れた場所ではできないし――オーガ程度ならどうにでもできるけれど、スライムの相手をしながらは流石に無理」

「まあ、どんなに強くても丸飲みにされたら終わりだからなあ」

「そうね……貴方達の手助けの為にスライムに飲まれるのは割に合わないわね」


 魔法陣を打ち消せるだけの自信があるティリアでも、やはりスライムは避けたい相手らしかった。

丸飲みにされるというのは、それだけの脅威なのだ。

そうなると重要になってくるのが、いかにしてティリアがスライムに襲われずに魔法陣を打ち消せるか、だが――


「そうなると、囮が必要になってくるわけか」

「囮……カオル様、やる気ですか?」


 囮というワードにぴく、と耳を反応させ、見つめてくるサララ。

カオルはそんな猫娘ににや、と不敵に笑って見せ、草陰から立ち上がった。


「まあ、逃げ足には自信があるからな」


 確かにスライムは脅威ではあるが。

カオルにしてみれば、スライム以上の丸飲みの脅威を目の当たりにした経験があった。

ドラゴンとの追いかけっこは、カオルに一種の覚悟を植え付けたのだ。


「俺なら、きっと逃げ切れるから」

「大丈夫? スライムはあれで液状体だから、意外と足が速いのよ?」

「何とかしてみるぜ」


 液状というなら、棒切れカリバーが役に立つ場面でもある。

倒せるようならそのまま倒す事も可能なんじゃないかと、カオルは胸を張り、腰に下げていた棒切れを手にした。


「そんじゃ、俺が囮になってる間にティリアが魔法陣消す方向で。サララは周りを警戒しといてくれ」

「解りました」

「解ったわ」


 真っ先に囮を買って出たカオルに、サララはやや不安げに小さく、ティリアは満足そうに大きく頷いて返す。

激戦が、始まろうとしていた。


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