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嘘つき女神と0点英雄  作者: 海蛇
8章.エルセリア王国編4-静かな冬の日々-

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#16.封印されし魔人


 カルナスの教会。その地下の一室にて。

教会を取り仕切る聖女殿は、今日もまた、この部屋で一人、封印の儀を行っていた。

祈りの為の祭壇。呪いを防ぐための人形。そして清めの為の聖水。

美しくも冷たい表情のまま、聖女は床に突き刺さった短剣へと手を伸ばす。


『解放しろ』


 握った短剣から伝わる皺枯れた声。

脳内を侵そうとするその声に、聖女は唇を噛みながらそれを無視し、短剣へと自らの聖気(オーラ)を注ぎ込む。


『つまらぬ真似はやめるのだ。人間如きに、ワシを封印し続ける事などできはせぬ』


 声の主は、封印されし魔人・ゲルべドス。

方々を襲い、数多くの国家を恐怖と絶望に追いやった強力な魔族だった。

だが、彼女にとってはそれ以上に、親友を死なせ、悪魔として使役していた仇敵である。

そのような存在だからして、聖女は内心では憎悪すら抱いていたが、短剣から手を離し、一息。

あくまで波風立たせぬよう胸に手を置き、また冷めた目で短剣を見つめる。


「――諦めなさいゲルべドス。貴方が何を企んでいようと、この聖域から逃れる術はありませんよ」

『ククク、本当にそうだろうか? 例えばこの教会の誰ぞかを利用すれば、ワシはまた自由の身となるのではないか?』

「不可能ですね。仮に誰ぞかを操ろうと、貴方を支配する枷から逃れる術は、どこにもない」

『ならば、お前自身が解くように仕向けてしまえばいいではないか。封印されたとて、ワシならばそれくらいは可能だ』

「それも無理な話ね。一度こうして聖域が完成し、安定した以上は、私一人の力で解くことはできない。これを解けるのは……そう、私以上に強い力を持った者だけだわ」

『……ふん。魔人を封印できるほどの力を持った聖女が、そうそこかしこにいるとは限らぬと、そう思っている訳か』

「私の知る限りは。だから諦めなさい。貴方は余りにも多くの人を不幸に追いやった。もう、赦される身ではないのです」


 ギリ、と、どこか悔しげに歯を噛みながら。

それでも聖女は冷静さを捨てず言い放ち、静かにその場を後にした。



『ククク……だが、ワシには感じるぞ? お前などよりずっと力の強い聖なる気を。お前はまだ気づけていないようだがなあ?』


 誰すらいなくなった封印の間。

封印されし魔人は、一人ごちながらに地下空間へと笑い声を響かせていた。





「……なるほど、事前に送った手紙が、私が来る直前まで遅れてたのね」

「そういう事になりますね」


 リビングにて。

アイネと名乗った村長の娘さんを相手に、リリナはお茶とお菓子などを出しながら来訪の理由を聞いたりしていたのだ。

その中で、彼女が好きな男性を追いかけてここまで来た事、滞在の間、こちらにお世話になりたいという旨の手紙を書いて、旅立つ前に送ったのだという事が明らかになり、そして直前に届いた手紙がまさにそれなのだというのも判明した。

おかげでリリナが悩む必要はなくなり、心持ちホッとしてはいたのだが……それはそれとして、このアイネのカルナスでの宿が問題となっていた。


「むう、まさかカオル君達と入れ違ってたとは、不覚だったわ」

「一週間も早ければ会う事も出来たと思うのですが……」

「一週間前はまだ街道に雪が残ってたもの……この辺りはそうでもないみたいだけど、村のあたりはまだ結構残ってるんですよ?」


 アイネにとっても、自分がカオル達と入れ違う形でカルナスに来てしまった事は想定外だった。

健脚で知られる郵便屋さんまで遅れるほどに、オルレアン村周辺の積雪はすさまじかったのだ。

どうにもままならない現実に、若干悔しそうに爪を唇にあてたりしながら、改めてリビングを見渡す。


「――それにしても、綺麗なお家ね。カオル君達、良い家に住んでるなあ。床も壁もピカピカだし」

「英雄が住むに相応しい家になればと、できる限り掃除を行き届かせたつもりですが……」

「うんうん、優秀なハウスキーパーさんがいるんだもんね。さすが英雄だわ」


 英雄すごいなあ、と、しきりに感心するアイネ。

その視線も、リビングだけでなく、メイドであるリリナにも向けられ……そして、にへっと笑ったりするのだ。

それがまた愛らしく、綺麗で、同性のはずのリリナも思わずハッとしてしまいそうになる。


(なんていうか……隙の多い女性だわ。とても綺麗なのに、警戒心がまるでないというか……見ていて心配になってしまいます)


 ぎゅ、と気付かれぬようにエプロンを握りながら、リリナは内心でときめいてしまいそうになるのを堪えていた。

それでいて、「こんな人を一人で街に放り出すのは危ないかもしれない」という危機感も覚え、目を閉じ、心を落ち着かせる。

紡ぐ言葉は、静かなものであった。


「――カオル様がたがご不在な以上、宿泊の許可を私が下す訳にはいきませんので……申し訳ございませんが、お待ちいただいてもよろしいでしょうか? 教会で、カオル様と親交のあるシスターが居りますので、有事の際にはそちらに指示を仰ぐよう申し付けられておりまして」

「あら、そうなんですか? それなら私も一緒に行っていいですか? 馬車旅で、全然お祈りができなくって」

「ええ、もちろんですわ」


 教会まで一走りするつもりだったリリナだったが、アイネの申し出もあり、ありがたく二人で向かう事にした。

これなら走る必要もないし、説明の際にもどのような人かの手間が省ける。

見知らぬ客人を一人で待たせるというのも心配だったし、色々と都合が良かった。




「いつ来てもこの街っておっきいですよねえ。雪()けも早いし、いいなあ」


 並び歩くメイドと村娘。

このような時、リリナはメイド服の上にお気に入りのチェック柄のショールを巻き、頭には普段より大きめのキャップを被る。

手には小さめのバッグを持っており、必要最低限の化粧道具や裁縫道具、それにいざという時の刃物なども入っていた。

アイネはというと、余所行き向けの服のまま、帽子を被ってきょろきょろと街並みを見てはしゃいでいた。

年頃の娘さんだけあって、色々気になる所が多いらしく、目移りしてしまうのだ。


「それに、女の子が皆綺麗。私の知らないお化粧とかも知ってそう」

「そうですね……地方から出てきた身としては、この街の方は、皆垢抜けているというか……少し羨ましくなりますわ」

「ねー、私もお洒落とか気にしてるつもりだったけど、やっぱり都会に来ないとこういうセンスは磨かれないんでしょうね」

「え……ええ」


 田舎育ちは辛いわー、と、そんなに嫌でもなさそうにニコニコ語る。

リリナとしては都会派ガールズのファッションセンスにはカルチャーショックも大きかったのだが、アイネにはそこまででもないらしいのも、リリナにはショックだった。


(……私なんて、メイド服以外は芋い服しかないのに……オルレアン村の(かた)は、結構その辺りのセンスがあるのでは……?)


 地方出身者と一言でまとめようとしても、隣を歩くアイネと自分とでは明らかにセンスの差がある現実が辛い。

何せアイネは、化粧っけこそ薄いものの身にまとってる衣服は綺麗にまとまっているし、顔だちはこの街でも美人さんと言われる様な人達と比べても遜色ない。というか勝ちそうですらある。

今こそつばの大きな帽子で顔が隠れてはいるものの、表に出せば道行く男性が足を止める事請け合いだった。

いや、男性ばかりでなく、女性でも足を止めるかもしれない。

村娘と言えば芋い服を着てメイクの仕方もロクに知らないと言われる中で、このレベルでまとまっている人はそうはいないんじゃないかと、語らないながらもリリナは内心でそんな事を考えていた。



「――こちらがこの街の教会になりますわ。あの……初めて訪れる方のために、一応先にお話ししておくことがございます」

「お話しておくこと?」


 教会の聖堂前。

ここまで案内しておいて、リリナはぴた、と足を止め、アイネに大切なお話を伝えようとしていた。

それは、この教会のシスターの事。その容姿についてである。


「その、カオル様関係ではあるのですが、かつてこの街を混乱に陥れた女悪魔がおりまして……」

「ああ、うん。お手紙で読んだわ。赤ちゃんをさらってまわってた悪い奴なんでしょ? 今の街の様子を見るとそんな危険な感じしないけど……」

「ええ、カオル様のおかげで無事事件は解決された、というお話なのですが、その女悪魔というのが――」

「へぇ、カオル君すごいなあ。大盗賊を討伐したーとか、ネクロマンサーを撃退したーとかお話聞いてて驚かされたけど、今度は悪魔まで倒しちゃうなんて。あ、だから街の人は皆元気なのね」

「え、えーっと、それはそうなのですが……」


 本来話したい事を伝えられないまま、矢継ぎ早に話をねじ込まれてしまう。

一見するとおっとりとしたお嬢さんに見えるのに、やけに押しが強いというか、グイグイ来るのだ。


(困ったわ……この方、私にとって天敵なのかもしれない)


 話を聞く気がない訳ではないのだろうが、一を聞いて十を知った気になってしまうタイプのように思えて、リリナは心中で溜息を吐いていた。

勢いに負けてしまうというか、畳みかけられると案外弱い自分に気づかされて途方に暮れる。


「――あら、リリナさんじゃありませんか」


 そんな感じでどうしたものかと思案しようとしたところで、不意に声を掛けられ、視線がそちらに向く。

そこに居たのは、青いヴェールを被ったシスター……よりにもよってベラドンナであった。


「シスターベラドンナ……ああ、なんというタイミングで」

「……はい?」

「お、おお……な、なんだかその……あれ?」


 まだ説明が終わっていなかったのに、早々に前に出てきてしまったベラドンナ。

いや、説明の手間が省けた事には違いないのだが、リリナ的には目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。

これから先のアイネの反応など、想像に容易かったからだ。


 一般に、悪魔というのは人間にとって恐れや嫌悪の対象である。

本質的には必ずしも人間にとってマイナスになる存在ではないのだが、多くの場合、人間に害意ある存在、人間の敵として考えられている。

そしてその容姿も千差万別。

人間以上に個性的で、場合によってはほとんど人と見分けがつかない者もいるのだが、よく知らない人間にとっては角が生えているだとか、大きな蝙蝠のような羽を持っているだとかのイメージが浸透している。

そして、ベラドンナはそのステレオタイプまんまな悪魔である。

誰がどう見ても悪魔。よりによってカルナスで暴れた女悪魔の話をした直後に現れてしまったのもタイミング的に絶望的過ぎた。


 だから、リリナはアイネが怯えの表情を見せたり、絶叫したりするのではないかと思ったりもしたのだが。

生憎と、そんな様子もなく。ただ不思議そうにベラドンナの顔と身体とをマジマジと見やっていた。


「あ、あの……?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと気になっちゃって」


 流石に初対面の相手に何度も見られるのは気恥ずかしいのか、シスターは身体をしならせ困惑の表情を浮かべていた。

言われて失礼だと気づき、アイネも素直に謝る。

この流れで、リリナは「なんか思った反応と違う」と違和感を覚え始めた。


「見た目はすごい怖い人のように思ったのに、すごく心根が綺麗な人みたいに思えて……えへへ、初対面の人に変な事言っちゃって、どうしたんだろう、私ったら」

「は、はあ……その、ありがとうございます」

「いえいえー、それで、リリナさん、この方は?」

「あ、はい……えっと、この方が、カオル様と戦った女悪魔の方で……今では改心してらっしゃって、教会のシスターをしていらっしゃるのです」

「ベラドンナと申します。よろしくおねがいしますね」

「なるほど……この人の事を先に教えてたかったのね。私ったら、お話の邪魔をしちゃったみたいで……あ、初めましてシスター。私はアイネと言います。オルレアン村から来ました!」


 よろしくお願いします、と、とても綺麗にお辞儀して、にこりと笑みを見せる。

美女としか言いようがない容姿なのに、少女のような屈託ない笑顔に、ベラドンナもリリナも思わず心が浄化されるかのような癒やしを感じてしまう。


「シスター、お会いできたのなら丁度いいですわ。実は、カオル様のご不在に、このアイネさんがいらっしゃいまして……不幸な入れ違いから、アイネさんからの前もっての手紙が遅れてしまい、カオル様が発ってから届いたのです」

「まあまあ……それでは、しばらくのお宿に事欠いてしまいますわね。大丈夫ですわ、このような時はお家を人に貸してもいいと、カオル様より仰せつかっておりますので」


 心配なさらないで、と、慈愛の籠った瞳でアイネに微笑みかける。

先程の浄化されるような笑顔ほどではないにしろ、ベラドンナの笑顔もまた、見る者にとっては温かみを感じる、慈母のような笑顔であった。

その為か、アイネも目をキラキラ輝かせ感激し、その手を取る。


「ありがとうございますシスター! おかげで本懐を果たせそうです!」

「お力になれて何よりで……本懐、とは?」

「はい! 実はその……好きな人を追いかけて、この街に来たんですが……もういないのが、解ってて」

「好きな人を……そうですか、一日二日で解決する問題ではなさそうですね。どうぞじっくり腰を据えて、頑張ってください。悩むことがあったら相談に乗りますので」

「まあ! シスター、私、一日のうちにどれだけ貴方に感謝すればいいのか解らなくなってしまいそうだわ! 本当に、ほんとうにありがとう!」


 恋する乙女の行動力にベラドンナも驚かされはしたが、同時に「私にもそんな頃があったわね」と懐かしさも感じ、かつての自分と重ね合わせ、応援したいという気持ちが溢れていた。

そして、アイネもまた、会ったばかりだというのに自分の気持ちを肯定して背中を押してくれるこのシスターに、今まで感じることの無かった、肯定される事の悦びを強く覚えていた。


(なんだか……私一人、蚊帳の外のように感じて……)


 そして、共感しあうこの二人の外側に立つメイド娘は、一人疎外感を覚えていた。


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