第三十六姉 「これかー。でも最近は見かけなくなったわねー。」
『なんちゃってファンタジーが舞台の、重いシリアスのないいちゃラブコメディ』がこのお話の根本ですが、今回は途中からこのお話始まって以来の少し重い回になります。
コンプレックスというのは、誰にでもあります。
それはヒロくんとて例外はない、という話です。
ノエルさんがドアを開ける。
そこには・・・!
「これが、魔法力測定装置だ!忌々しいことに、作ったのはまたクソエルフどもだがな。しかし、物に罪はない。」
「「・・・・・・・・・・・・」」
わぁーこれみたことあるぅーパートツー!
「さきねぇ、惜しかったね。」
「これかー。でも最近は見かけなくなったわねー。」
そこにあったのは、昔ゲームセンターでみかけた遊具なのだが、名前がわからん。
とりあえず、大きなスイッチがあり、それをハンマーで叩く。
その衝撃の強さによって備え付けられたメーターが欽ちゃんの仮装大賞のポイントのように上昇する仕組みだ。
簡単に言えば、『おもちゃのハンマーを使った、子供向けパンチングマシーン』といったところか。
そこに置いてあるハンマーが魔力を感知し、スイッチに叩きつけることによって魔法力を計るのだろう、きっと。
「そこに置いてあるハンマーが魔力を「大丈夫です。思いっきり叩けばいいんですよね、わかります。」
「そ、そうか…?」
ノエルさん、ちょっと寂しそう。
失敗したな。あまりのしょうもなさに、早く終わらせよう感を出してしまった。
ごめんなさい。
「よ、よーし!がんばるぞー!」
「へいへーい!ピッチャーびびってるよー!」
さきねぇから励まし?の言葉をもらい、魔法力計測ハンマーを携え、スイッチの前に立つ。
やばい、ここにきて緊張してきた。
この結果次第で魔法使いとしての将来が決まるといっても過言ではないだろう。
ある意味就活に近い。
多分メーターが一番上までいったら魔法力Sなんだろうな。
いきなりSなんて贅沢は言わないが、AとかBくらいはほしい・・・!
俺の中で、今もなお眠り続けているナニカよ!
『気』でも『小宇宙』でも『オーラ力』でも『念動力』でも『ドラゴニックオーラ』でもなんでもいい!
今こそ目覚めてくれ!
「おおおぉぉぉぉぉ!」
俺はハンマーを思い切り振りかぶり、スイッチに叩きつける!
ガァァァァァァン!
・・・静寂が支配する。
やばい、怖くて顔があげられない。
こんなに緊張したのは受験の合格発表時以来かもしれない。
深呼吸だ。
息を吸って、吐く。息を吸って、吐く。
・・・覚悟を決めたぞ。
顔をあげるぞ!
俺は勢いよく顔をあげる。
そこには。
計測メーターがかなり上まで青色に染まっていた。
メモリ的に考えると90、いや93%くらいありそうだ。
・・・・・・・・・ついに、俺の時代が、きた。
「さきねぇぇぇぇぇぇ!」
俺はさきねぇに走り寄り、抱きつく。
「すごくない!?これもう魔法学校からスカウトくるレベルじゃない!?魔法学校にいったら『新入生のくせに生意気ですわ!』とかいっちゃって実力ナンバーワンのツンデレチョロイン系の生徒会長から決闘とか申し込まれちゃってさ!すごい魔法を連発してくるんだけど、全部俺が無傷で弾いちゃうわけよ!で、俺の魔法一発でKO!『まさか、このワタクシが…』『会長、君は強かった。自信をもっていいよ。ただ、俺が君より強かった。それだけのことだ・・・』『ヒイロさん・・・(私のことを大貴族の娘ではなく、一人の女性としてみてくれている・・・きゅん!)』みたいな!」
「近い近い近い近い近い。あと長い。落ち着け。お姉ちゃん、ヒロのこと大好きだけど、ちょっとキモかった。あ、でも、キモかわいいってことよ?勘違いしないでね?」
これが落ち着いていられるか!
思えば、長く、苦しく、辛く、厳しい日々だった…
中学生のころからずっと『紫さんの弟』『初月姉弟の目立たない方』『フツメンの初月』『ジミー初月』と呼ばれた。
ひどいやつらは『紫さんの金魚のふん』だとか『完全下位互換(笑)』だとか『姉に全ての才能を奪われた男』と呼んだやつもいる。
俺が笑いながらそれを聞いて、心の中で何を思っていたか、誰も知らないだろう。
さきねぇのいない場所で何百回と泣いたことを、誰も知らないだろう。
『双子なのに、なぜ俺ではなく、さきねぇなんだ』と、愛する姉さんを憎んだことさえあることを、さきねぇ含め、誰も知らないだろう。
それも、今日、この日、この時のためだったんだと考えれば納得できる。
見てるか、全並行世界の無能だった俺たちよ!
俺はやったぞ!これで、いつまでも、胸を張ってさきねぇの隣に居続けることができるぞ!
俺は、ついに『才能』を手に入れたぞぉぉぉぉぉぉ!
マリーシアさんも喜びと驚愕の表情で寄ってきた。
サインかな?今ペンと紙持ってないんだ。ごめんね?
「ヒ、ヒイロさん!すごいじゃないですか!魔法力『D』ですよ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
今、何かおかしいセリフが聞こえたぞ?
「・・・え、なんだって?」
「ですから!魔法力『D』ですよ『D』!」
「・・・・・・・・・・・・・・でぃー、っすか。」
「はい!『D』です!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、ですか。」
後ろからは、ぷっ!という声が。
振り向く。
姉が、俺を、指差していた。
「ぶわはっはははははあははははははははあははは!やばい!やばすぎるぅぅぅぅ!Dとか!あんだけ喜んでDとか!ひゃはははははは!ひーひー!死ぬー!ツンデレチョロイン系の生徒会長もびっくりだわ!残念!スカウトはこなかった!わはははははは、は・・・」
姉の笑い声が止んだが、今、姉がどんな顔をしているのかわからない。
俺の目は涙で何も見えなくなっていたからだ。
わかってた。
わかってたんだ。
世の中は公平でなく、持つ者と持たざる者がいることくらい、子供の時からわかっていた。
だから、必要なことは、羨ましがることでも恨むことでも憎むことでもなく、自分の持ちうる全てで出来うる限りの努力をすることだけだ。
ただ、悲しかった。
姉の笑い声が、まるで、俺は無能だと、役立たずだと、自分の隣にいる資格はないと、そう言っているように思えた。
そんなはずはないのに。
ただ、悲しかった。
そう思うと、涙がぽろぽろと落ちるのが我慢できなかった。
「う、うぁ・・・・う・・・・」
目の前のマリーシアさんから困惑した気配を感じる。
そりゃそうだろうな。
大の男がいきなり泣き出したんだ。
そりゃひくわ。
その時、誰かが駆け寄ってきた。
「ごめん、ごめんね!違うの、お姉ちゃん、ヒロをバカにしたとか、そういうんじゃなくて!お願い、ヒロ、泣かないで?ごめんね、いやなおねえちゃんだったよね?もう絶対言わないから、お姉ちゃんのこと許して?ごめんね、ごめんね・・・」
姉さんが俺を抱きしめ、ひたすら謝り続ける。
違うんだ、姉さんはなんにも悪くないんだ。
悪いのは全部、何をやっても姉さんの足元にも及ばない、出来損ないの俺なんだ。
だから謝らないでくれ。
そう思っていても、涙が止まらず、何もしゃべれない。
結局、俺はそのまま10分近く泣き続けた。
ヒロくんは子供のころは紫さんと運動・勉強・ゲーム・その他全てでいい勝負をしていました。いわゆる『ライバル』というやつです。その時はまだ「むらさき」と呼んでいました。
ですが、小学四年生くらいから少しずつ勝てなくなり、六年生のころにはほとんど勝てなくなってしまいました。それでも、大好きな双子の姉と対等であるために、努力を続けます。
しかし、あと少ししたら小学校を卒業する、という時にある決定的な出来事が起こり、ついにヒロくんの心は折れてしまいます。
絶望し、『姉と対等であること』をあきらめたヒロくんでしたが、それでも姉が大好きだったので、ただひたすら『姉の影となり支える』ことで傍にいることを選びました。この時から「さきねぇ」と呼び始めます。
傍にいればいるだけ、姉との違いをまざまざと見せ付けられ、悩み、苦しみ、挫折しかけます。
それでも、愛する姉のそばにいるために努力し続け、今のヒロくんがあります。
今回のお話を念頭において読み返すと、また違った楽しみ方ができる、かもしれません。
次のお話からはいつもどおりのアホ姉弟に戻ります(笑)




