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最強薬師は絶対誰にも恋しない  作者: 菁 犬兎
第2章メリル動く
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アトレイアは覚悟を決める

「お久しぶりです」


「ナシェス」


「今はチェシャと呼ばれていますよ。妖精が私に名付けたらしいですが」


メリルから話は聞いていた。


お前があの男にされた非道な行いとその経緯を。

そして、それを聞いてなお、私は動けなかった。


「・・・メリルが襲われたそうだな。側にいなくて大丈夫なのか?」


「目の色を変えたリディとテットが万全の体制でメリルを守ってる。今日は、貴方にお別れを言いに来ました」


「お前は処罰を免れた筈だ」


そう。

何度も何度もその危機に直面したのにも関わらず、ナシェスはそれを免れてきた。まるで、何かに守られるように。

私はその度に密かに安堵した。親としては正しいかもしれない。だが、この国の王としては、失格だった。


「やっと、全てを思い出しました。自分が何の為に生まれて来たのか。私は精霊の器になります」


「器? なんだそれは」


「カスバールの土壌はもうずっと精霊の不在でどこもかしこも腐り切ってしまっているらしい。本来ならその国に根付く何かを媒体に精霊は産まれるらしいのだが、それが出来ないらしいのです。ですから、それが可能な私が精霊の器になります」


昔からナシェスは不思議な子供だった。

普通の子供のように笑ったり泣いたりはしなかったのだ。


それなのに一度動き出すと、その所作は美しく、まるで精霊がそこにいるようだった。


きっとそれは、ナシェスから人間らしさを感じた事がないからだと思う。


「それは、つまり、どういう事なのだ?」


「私はその瞬間死にます。人では失くなりますので」


ずっと、私はこの子に縋り付いてきた。

妻が死んで私が皇帝として立ち続けるには、この子の存在が不可欠だった。


この子を見て彼女を思い出す度、私は動かぬ心を奮い立たせる事が出来た。


「お前じゃないと駄目なのか? 私では無理か?」


「はい。貴方でもリディでも駄目です。何故そんな分かりきったことをお聞きになるのか?」


ナシェス。

私は、お前を失いたくない。

今でも、まだ。

お前はやはり特別な子供だった。


その役割が、私の求めたものと違っただけで。


「アトレイア様。私は、生きている間沢山の人間を無為に傷つけ殺してきた。例えそれが私の意志でなかったとしても、許される事ではないのだろう」


「・・・・だから。行くのか?」


お前はいつでもどんな時でも迷わないのだな。

その答えが正しくても、正しくなくても。


「貴方は間違っている。貴方がすべき事は、私に心を向ける事ではない。今、必死にこの国の為に戦っているリディを助ける事ではないか? 貴方は、自分がベルシャナからされた事をリディにしているのですよ?」


「私が、父と同じ事を?」


ナシェス? 一体何が言いたいのだ?

私は、父とは正反対の人生を生きて来た筈だ。


「貴方は結局自分がこの国を救いたかったのだ。でも、出来なかった。それを、リディが成し遂げてしまうのを見たくないのだ。いい加減、私の弟を蔑ろに扱うのをやめて頂きたい」


「・・・・・・ナシェス。お前は」


「リディが私と全く似なくて良かったな? あれは貴方にそっくりだが、芯の強さは母様に似ている。そして、私達の誰よりもこの国を愛している」


そうか。そうだな・・・。分かっていた。

私は、分かっていたのに認めたくなかったのだ。


「私は貴方が思うほど貴方の事を気にかけた事はない。だが、リディはいつも貴方の背中を見つめていた。ずっと、貴方がリディに振り向くのを待っていた。本当は、貴方の力になりたかったのだ。結局、それは叶わず自分の力で貴方から奪って行ったがな。私がいなくなったあと、アイツを救えるのは貴方とメリルだけだろう。それを、覚えていて欲しい」


私には、国を率いる力はなかった。


そんな器ではなかったし、それ程この国を愛する事など出来なかった。そんな私が、リディと共に、など望める筈はないのだと思っていた。


「精霊は寿命が尽きるまで同じ姿で生き続ける事が出来るらしい。精霊になった後、貴方達の記憶が残るかは定かではないが、今度は違う姿で会える事を楽しみにしておりますよ。アトレイア様」


「ナシェス。お前は私の自慢の息子だったぞ。私には、出来すぎた子供だった。リディもそうだ。お前達が、私に似なくて良かった」


「そうか?私もリディも貴方に似ている部分はあると思うが? もし完全に母に似たのであれば、こんな事態には陥っていないだろう」


ああ。何故もっと早く気付かなかったのだろう。

何故、私はたった一人であそこに立っていたのだろう。


私には、私を助けてくれる息子がこんなに近くにいたというのに。どうして、もっと彼等とちゃんと向き合わなかったのか。


私は、ただ怖かったのだ。どうしようもなく。


「この事は、貴方しか知りません。本当は駄目なのだが、最後だからな。きっとこれくらいなら、神も許してくれるだろう」


「すまないナシェス。ちゃんと、愛してやれなくて」


「お互い様なので気にする事はない。父様お元気で」





リディ。私は、この国の皇帝としても、父としても、お前にしてみたら不合格な人間だろう。


きっと誰もが私の事を不出来な人間だと笑っている。

父の代からずっと、そう言われ続けて来た。


誰かに縋り付かなければ生きていけない、そんな弱い人間だ。それでも。そんな私にもやれる事がある。


「リディ!!」


「ーーっな!」


私も同じ夢を見た。

ナシェス。すまない。


「今行けばお前はきっとナシェスが精霊になるのを止めるだろう。あの子の代わりになれる者はいない。分かっているな?」


「離せ!! 早く行かないと・・・」


「あの子は、自分の意志で行ったのだ。リディ、お前と同じだ」


ナシェス。

ずっと、お前を救ってやれなくてすまなかった。

お前は苦しみから解放されるのだろう?

ならば、せめてどうか、見守っていて欲しい。


「すまないリディ。ずっとお前達から目を背け続けて。死ぬまで私を憎んでも構わない。だからどうか、最後のナシェスの願いを叶えてやって欲しい」


「許さない! こんな事は、許さないぞ!!」


カスバールの夜が明ける。


約束だぞナシェス。

私はきっとまた、お前に会いに行く。



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