ラフィネラの目的
俺が生まれた家はどちらかと言えば裕福な家だった。
母親は商店を営む父に拾われて結婚したのだと言っていた。
二人はとても物静かな人間で常に無口だったが、仲は良かったと思う。そう、思っていた。
俺が14歳になり母が病に倒れるまでは。
「・・・・ラフィネラ。貴方に言わなければならない事があるの」
医者にも母親はもう長くないと言われていた。
俺は早くに俺を残して逝く事を案じた母が遺言を残すのだと思っていた。
「お前には、半分血の繋がった姉がいる。その子は今、宮廷で働いているらしいわ。昔私が教会の前に捨てた子供よ」
思いもよらない母の話に最初は母を責める気持ちで一杯だったが、話を聞いてみたらそんな気持ちも失せた。
どうやら母が若い頃勤めていた先の雇い主に無体な扱いを受け、挙句一文無しのまま放り出されたらしい。
どうにもならなくなった母は子供を教会に置き去りにした。そして運良く今の父に拾われたらしい。
「本当は娘を迎えに行きたかったのだけれど、お父さんはそれを許してくれなかったの。だからラフィネラ、もし貴方がこの先その子と会う事があれば、私の代わりに守ってやって欲しい。その子の名はテニア。私が付けた名前を使ってくれているのならば、そう呼ばれている筈よ」
いきなりそんな事を言われて勿論受け入れられるかと言われれば無理だろう。しかも、歳も結構離れている。
相手だっていきなり弟が現れても混乱するだけだ。
ただ、俺には宮廷にずっと憧れている人がいた。
その人は昔俺を助けてくれた人だ。
その人は今宮廷の兵士の仕事をしている。
俺は、母の言葉を言い訳に自分も兵士に志願した。
そして、見つけた。
「女官長出来ました! 見てください! 今まで生きて来た中で一番上手く出来ました!」
「お静かになさい。ここは宮廷内ですわよ? 貴女はもう少し落ちいて行動する事を覚えなさい」
テニアは若くして宮廷の女官長として働いていた。
決して愛想は良くなかったがその仕事振りと周りに対する気配りが好評で、部下からも他の使用人からも好かれ頼りにされていた。
その中でもテニアが一番気に掛けていたのは、愛想だけが取り柄の、何をやっても上手く出来ない新人の女官だった。
「すみませぇんテニア様ぁ」
ただ、その女官が現れるとその場の空気が和やかになった。冷たくギスギスとした空気の中、彼女が通った場所だけは笑いが溢れた。テニアも、その部下の前ではよく笑っていた。俺も彼女と何度か会話をした事がある。
「ラフィネラさんは、表情筋が死んでるの?」
「お前、初対面なのに失礼な奴だな?」
「素敵な顔で生まれたのに勿体ない。笑えば女の子にモテるとおもうよ?」
「別にモテたくない」
「テットさんにも振り向いてもらえると思うよ?」
彼女にそう言われ、自分はそんなに分かりやすかったかと初めて知った。
その時まで俺には友人なんていなかった。
「テットさん騎士の試験受かるといいね? ラフィネラさんも受けるの?」
「ああ。受ける」
「そっか! 頑張ってね? 騎士になったらこうやって馴れ馴れしく話しかけられないねぇ?」
「ここではあまり馴れ馴れしく男に話しかけるな。危ないのはわかっているだろう?」
「そうだね。でも、テニア様のお陰で今の所大丈夫だよ」
そんな事を言っていた癖に彼女は失敗した。
何故かナシェスに目を付けられ身の回りの世話をしなければならなくなったのだ。
それでも暫くは平和だった。
ナシェスが気まぐれであんな事を口にしたりしなければ。
「ティファが手に入らないのなら誰と結婚しても変わらない。もし、ティファと結婚出来なければコイツを娶る」
運が悪いとしか言いようがなかった。
しかもその場にはナシェスに心酔し崇拝する婚約者もいたのだ。そんな場で最強の騎士のティファの名を挙げるならまだしも、一介の女官を娶るなどと口にすればその矛先は間違いなくその女官に向かう。
ナシェスの、皇太子の言葉には力がある。
その事をナシェスは正しく理解していたのだろうか?
酷い嫌がらせを受ける彼女を守りながらテニアは何度もナシェスにその言葉を取り消すよう進言した。
しかし、返事は一度も帰ってこなかった。
その頃からナシェスはティファに夢中で、周りが全く見えていなかった。
アトレイア様もリディ様もそんなナシェスに振り回されていた。
そんな事をしているうちに、それは起こった。
宮廷内に突如アズラエルの門が出現し、何人かがその中に吸い込まれた。その一人が彼女だった。
アズラエルの門に入れる者は限られている。
訓練された者でないと中で動けなくなってしまうからだ。
その為救出するのにも時間がかかった。
「私が行きます! 鍵を私に渡して下さいませ!!」
「駄目だ。お前は剣を扱えない。中で魔法は使えない」
「じゃあ私が行きます。私ならば魔力も保持しておりますし、剣も扱えます」
「貴方は?」
「ラフィネラ。彼女の、友人です」
こんな形で出会う筈ではなかった。
だから、テニアは今まで俺の事を誤解していた。
俺と彼女が恋仲だったのだと。
「何をしているんですか?」
その時、通りかかった遠征から帰って来た騎士が現れ、あっという間に門を開き、彼女を連れ帰って来た。無残な彼女の姿を見て、俺もテニアも言葉を失った。
程なくして、テニアは女官長の仕事を辞めた。
そして、彼女の足首を切りつけ、アズラエルの門に落とした犯人達は次々と謎の死を遂げた。
カスバールでは常に誰かが死んでいる。
そのお陰か誰もその死を不審だと疑わなかった。
何年か経ち、再び宮廷へ戻って来たテニアは俺に言った。
「私の望みはただ一つ。あの子をあんな目に遭わせた者達を一人残らず消す事です。貴方もそうでしょう? ラフィネラ」
あれから4年。
テニアの目は、俺を映してはいなかった。
俺は迷いながら、それでも何故かテニアを放ってはおけなかった。
亡くなった彼女は、仕事場の誰からも愛されていた。
皆どうしてか、彼女を嫌いになれなかった。
俺も本当は、彼女をあんな目に遭わせた奴等を殺してやりたかったのだと、その時やっと気が付いた。




