アトレイアは思い出す
彼女は際立って目立つような人物ではなかったと思う。
「アトレイア様の護衛につかせて頂きます。騎士のテリアーゼと申します」
とくに珍しくもないブラウンの短い髪と瞳。
背は高く遠くから見れば男性と見間違えそうなその姿は、女性だと言われれば確かに目を引いたが当時の宮廷の状況下では然程気にかけるものではなかった。
テリアーゼが宮廷騎士として私の下に来た時の最初の私の感想は"可哀想に"だった。
彼女は他の兵士や官と同じように、この国を良くしたいと願いやって来た若者だった。
だから、きっと彼女も父に好き勝手に弄ばれ、いずれ殺されてしまうに違いないと。
私の勘は数日も立たないうちに当り彼女は父の怒りに触れ閨に連れて行かれた。しかし、彼女はその日無事に危機を回避した。
デズロ・マスカーシャが彼女を助けたのだ。
「・・・何故、彼女を助けたのだ? 下手をするとお前が殺されてしまったかも知れないのだぞ?」
「え〜? 大丈夫だよ? 僕ベルシャナ様のお気に入りだし? あんな小娘を抱くより僕の方が良いに決まってるでしょ?」
私の言葉にデズロは平然と笑いながらそう答えた。
だが、私はその日から二人が隠れて度々会っていたのを知っている。
デズロが追いかけ回していた、と言う方が正しいかもしれないが。
だからだろうか。
私も自然と彼女を目で追う様になった。
最初はなんの変哲もない女性だと思っていたが、実はそれは、彼女がそう偽っていただけで、実際はかなりの実力と、才能を秘めていた。
そして、よくよく見ると彼女はとても美しい女性だった。
彼女はそれを上手く隠し、ここへやって来た。
ベルシャナを殺す為に。
「御機嫌よう。話かけてもいいかな?」
[構わない。私に聞きたい事があるのね?]
精霊になったテリアーゼの姿は未だに私にしか見えない。
それが何故なのか、私にも分からない。
単純にテリアーゼと面識があるからなのか。
「貴方は、ベルシャナを探せと言った。それは、最初のディムレム・・・始祖の事よね? 彼は今どこにいるのかな? 彼の事を知りたいの。今のままでは、探すにも手掛かりが無さ過ぎる」
それとも、これはやはり、罰なのだろうか。
私の所為で彼女は死に、デズロはカスバールから連れ去られた。愛する者を失い、我々を見限った。
[彼は、最初は小さな虫だった。最初は鳥に寄生し、その鳥が死ぬと手に入れた体で空へ飛び出した。本来彼等には生物としての機能は備わっていない。生物に触れなければ何も起こらない。考える事も食べる事も死ぬ事さえない。彼等の意思で生物に寄生する訳ではないの。だから、初めて罪を犯した彼は、自分に何が起こったのか理解出来ずそれを知る為に人間に寄生した。彼は、死ぬ事が許されない。でも、生物の体は不死ではない。いずれ皆等しく寿命を迎える。彼が寄生しその姿に変化出来てもその姿で居られるのは本来の生物の寿命の間のみ。だからその前に彼は別の人間にその身を毎回移動させていた]
「・・・そうやって私達ディムレムが生まれたのだな?」
[何度も寄生する内に彼は自分が誰にでも寄生できる訳ではないと気が付いた。そこで彼は最も自分と相性が良く、尚且つこの国を操る事が出来る人間に寄生して、この国の王になった。それが貴方達の始まりでもある]
だが、何故それが父に知れたのだろう。
[彼は今誰にも寄生していない。姿を偽り人の姿で。今彼は誰にも寄生する事が出来ないから]
人に寄生できないとはどういう事だろうか?
そもそも彼の今の本体を模っているものは、誰なのだろう?
「テリアーゼは、ベルシャナから彼を引き剥がしたんだよね? その寄生虫の一部を奪ったというなら、一度自分の体に寄生させたんだよね?」
[そう。でもテリアーゼの身体では彼を受け入れる事はかなわなかった。結果、彼女の身体は崩れ落ちた]
あの無残な死体はそういう事だったのか。
私達は、最初から勘違いしていたのだ。
「何故、彼は自ら貴女の所まで来ないの? 動けるのであれば貴女を探し見つける事も可能でしょ?」
[・・・・今の彼に私は見つけられない。本当ならば、サウジスカルの大樹が役目を終えカスバールの精霊になるのは、彼を寄生させたベルシャナか、チェシャ、どちらかではならなかった]
「だろうな? 妖精達もそのつもりで私をここに呼んだのだ。では、何故こんな事態に?」
[そもそもチェシャの中に彼がいなかった事。そして、彼の一部がテリアーゼの体内に封印されていた事で彼の願いは叶わなかった。ベルシャナは自ら精霊になる事を拒み、自分の子孫に、彼を継いで行く事も拒絶した。奪われる前にこの国を自分諸共滅ぼすつもりだった]
なんて自分勝手な人だと思う。
だが、あの方の気持ちが、やっと理解出来た。
[テリアーゼは、ベルシャナとこの国を救うため決断した。どんな結果になったとしても、あのままでは精霊をカスバールに誕生させる事は出来ない。それならば、ベルシャナから彼を切り離し他の者に託そうと。この、国の未来を]
そして結果、彼の一部を取り込んだテリアーゼが精霊としてこの地に降りたのだな? 中途半端な状態で。
「・・・・今のままでは駄目なの? 貴女は今でも立派に精霊としてカスバールに恵みを与えてくれている。彼を無視したらどうなる?」
[本来、精霊は一国に一体。精霊がいる場所に別の精霊が根付く事などあり得ない]
「ん? そうなの? でも、サウジスカルには・・」
[彼等は、元々この世界の生物ではないらしい。僅かな歪みで生み出された異生物。その、彼が、精霊に触れた瞬間、この世界は大きく歪んだ。本来なら起こらない変化が世界中で起こっている]
世界中で? それは、一体どういう事だろうか?
何やら、嫌な予感がする。
もしや、これはカスバールだけで収まる問題ではないのか?
[アトレイア。貴方の一族でなければならない。貴方達が、彼をここに連れて来て。そうでなければ彼はここに辿りつけない。彼一人では私の側には来れないから]
「つまり、人には寄生してないけど、場所は分からない。寄生していない彼ではここには近寄れない。だからと言ってほっといたら・・・・下手するとこの世界そのものが、おかしくなっちゃうって事? 嘘でしょ?」
いや、本当に。
誰か嘘だと言って欲しい。
責任重大ではないか。私はもう、何も出来ない筈なのだ。
「・・・彼を連れて来るだけならば、寄生させるのは私の体でも構わないのだな?」
「父様?」
[ええ、構わない。貴方は精霊にはならないけれど、彼を受け入れられる器がある。アトレイア、彼を連れて来て]
そうか。それは良かった。有難うテリアーゼ。
「分かった。必ず彼を見つけ出しここに連れて来よう。それまでこの国を守って欲しい」
やっと、私にも出来る事が見つかった。




