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第94話

礼庵の診療所-


中條は3日後、礼庵の診療所へ移された。


毎日のように中條の様子を見にいっていた総司は、今日も礼庵の診療所を訪れた。

礼庵によると、中條の回復力は早く、あと2日もしたら普通の生活に戻れるだろうと言った。

しかし、務めに戻るには、あと1週間、様子を見たほうがいいとのことだった。


総司は中條の部屋へ入った。

すると中條は床の上で体を起こし、みさを膝に座らせて、みさがお手玉をするのをにこにこと見ていた。

まるで兄妹のような光景に、総司は一瞬眩しさを感じ、目を細めた。

総司を見て、みさの唄が止まった。


総司「いけないよ、みさ。まだお兄ちゃんは怪我が治ってないんだから。」


総司がみさにそう諭すと、みさは少し泣きそうな顔をした。


中條「違うんです。僕がお手玉を教えてほしいと言ったんです。…ね、みさちゃん」


みさは「うん」とうなずいた。

総司は苦笑した。


中條「でも、礼庵先生に怒られるといけないから、今日はここまでにしようね。また明日。」


中條がそう言うと、みさはうなずいてお手玉をまとめると、中條に手をそろえてつき、頭を下げた。

そして、総司にくるりと向きを変えると、同じようにして丁寧に頭をさげ、部屋を出て行った。


総司は少し面食らってみさを見送った。


総司「…すっかり中條君になついているんですね。」

中條「はぁ…」


中條はいずまいを正して、頭を掻いた。


中條「みさちゃん、食事を持ってきてくれたり…着替えを持ってきてくれたりするんです。遊んでいるときは子どもなんですけど、そういう時は大人のようで…」

総司「ん…今もそうだった。礼庵殿が躾ているんですね。」

中條「そのようですね。」


中條は、そう答えて微笑んだ。


総司「もう起きあがって大丈夫なのですか?傷が開いたりしたらまた長引きますよ。」

中條「大丈夫です。…それよりも、じっとしているのが苦痛で…」

総司「君らしいな。でも少しでも早く治ってもらわないと…。中條君のいない一番隊はなんとなく頼りなくてね。」

中條「そんな…」


中條は顔を赤くした。


中條「あれから討幕浪人達の会合はありましたか?」

総司「いや…なりを潜めています。しばらくはおとなしくしているでしょう。」

中條「あの夜…坂下さんと行った時は、まだ数人しかいなかったんです。それで、もうちょっと人数が揃うのを待つために、一度屯所へ帰って報告しようと説得したんですが…」

総司「坂下君が聞かなかったんですね…」

中條「はい…。今思えば、無理やりにでも連れてかえるべきでした。口惜しく思います。」

総司「いえ、たぶんどうしようもなかったでしょう。こう言えば原田さんが怒るかもしれませんが、私は君が生きていてくれただけでよかったと思います。」

中條「…でも…僕は先生との約束を破りました…」


総司は、にっこりと微笑んだ。


総司「そうだ、あなたへの罰が決まりましたよ。」


中條は、はっとして総司に向かって頭を下げようとしたが、体に痛みを覚え顔をしかめた。


総司「いけない!」


総司は中條に近寄って、体を支えて笑った。


総司「そのままで聞きなさい。…罰は…自分をもっと大事にすること。」


中條は驚いた目で、総司に向いた。


総司「この事件で、あなたがいかに一番隊に大切な人だったのかよくわかりました。山野君をはじめ一番隊の皆が、一日も早くあなたが戻ってきてくれることを心待ちにしています。…その仲間達の気持ちを、これからも裏切らないこと。それだけです。」

中條「……」


中條はしばらく目を見開いて総司を見ていたが、下を向くと大きな肩を震わせた。やがて自分の膝を握り締めている両手に、中條の涙がぽとぽとと落ちた。


中條には、戻る家がない。つまりは、中條の居場所は新撰組にしかないのである。礼庵が言うように、自己を犠牲にする性格はどうしても直らないのならば、どれだけ自分が新撰組にとって大切な存在かということを認識させた方がいいのではないだろうか…。その方が彼が長生きしてくれるのではないか…総司はそう思ったのである。


しばらくして総司は中條に体を横たえるように言った。やがて中條が眠りに落ちていったのを見届けてから総司は礼庵の診療所を後にした。


中條が隊務に復帰したのは、それから5日後のことであった。

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