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第93話

東の診療所-


中條はかつぎこまれた後、すぐに治療室へ入っていった。

総司は隊士達を帰らせて、自分だけが残った。


『今すぐ、斬ってもらえませんか?』


中條は少し冗談のように言ったが、本当は真剣だったのではないかと総司は思っていた。

たぶん坂下を追いかけていく時には、もう死ぬ覚悟ができていたのだろう。


驚いたことに、中條は自分の刀を持って行ってなかった。浪士達をみねうちにした刀は、死んだ浪人から奪ったものだったらしい。刀を持たずに行った中條の覚悟を思うと、総司は胸がいたんだ。


…やがて治療が済んだらしく、外科医の東と助手が部屋から出てきた。


東「傷は体のあちこちにありましたが、幸い深いものはありませんでした。しかし、皮膚が固いので縫うのに苦労しましたよ。あの体では、よほど強い突きを入れられない限り、死に至る事はないでしょう。」


東が、にこにことしながら言った。総司が礼を言うと、東も頭を下げた。


東「しかし大した神経ですね。縫っている最中でも、ぐーぐーいいながら寝ていましたよ。」


総司は驚いた表情をした。


東「眠っておられますが、お入りくださって結構です。」


総司は再び礼を言って、部屋に入った。


……


中條は確かに眠っていたようにみえた。しかし、ふすまが閉じられると、いきなり目を見開いた。


総司「なんだ、起きていたのですか。」


中條は微笑んで見せたが、すぐに顔をしかめた。みるみるうちに額から汗が流れ落ちる。

総司は、あわててそばにあった手ぬぐいでその汗を拭いてやった。


中條「…すいません…」

総司「…痛むんですね?」


中條は首を振った。


総司「私の前では強がらなくてもいいよ。」


中條は尚も首を振る。


総司「素直じゃない人だ。」


そう言って笑うと、中條も笑った。


総司「…どうして刀を持っていかなかったのですか?」

中條「……」

総司「死ぬつもりだったのですか?」


中條が、うなずいて言った。


中條「坂下さんから話を聞いた時は、絶対に生きて帰れないと思ったんです。だから、刀を持っていても無駄だと思いました。」

総司「坂下君にはなんと誘われたのです?」

中條「誘われたんじゃありません。…廊下に座ってぼんやり月を見上げていると、隊服を着てどこかにいこうとしている坂下さんが通ったんです。」

総司「…それで坂下さんに問い正したんだね。」

中條「はい。」

総司「そういうときは追いかけないで、私に報告してくれなきゃだめじゃないですか。」

中條「……」


総司は、いつの間にか中條を追い詰めている自分に気づいた。


総司「終わってしまったことを今更責めても仕方がないですね。次からはよく考えて行動するように。」

中條「…申し訳ありません…」


総司は、再び額に浮かんだ中條の汗を拭いながら言った。


総司「しばらくゆっくり休むといい。山野君に聞いたところによると、君は普段からあまり眠っていないようですね。これを機会に体を休めなさい。」

中條「僕を…罰しないのですか?」


総司は驚いた表情をしたが、やがて笑った。


総司「そうですね…。あなたが治ってから考えましょう。とにかく休みなさい。」


中條は覚悟を決めたように「はい」と答えた。


……


中條はしばらく痛みをこらえているような表情をしていたが、やがて寝息を立て始めた。


総司「確かに、大した神経だ。」


総司は、中條の額に浮かぶ汗を何度も拭ってやった。


総司「…生きていてくれてよかった…」


総司は、そう呟いた。

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