第92話
四条料亭 「もと屋」前-
一番隊、十番隊が到着する。
総司「…やけに静かですね…」
原田「うむ…とにかく入ろう」
原田は隊士達にもと屋を囲むように指示をし、くぐり戸を叩いた。
原田「あけろっ!新選組だ!御用改めだ!」
すると、青い顔をした主人が戸を開いた。原田と総司は、中に入った。
原田「今、うちのものがここへ来た筈だが…?」
主人は、がたがたと震えながら、二階を指差した。
総司の胸中に不安がよぎり、原田より先に二階へかけあがった。
みると、すべての部屋のふすまが開け放たれており、血が飛び散っている。
そばに一人の浪人が斬られて倒れている。また隣の部屋でも一人斬られて、もう息をしていない。
そして、その同じ部屋の真中に、浅葱色の隊服を着た男が血だらけになって倒れている。
坂下であった。
総司があわてて近寄り、体を揺らして名を呼ぶが、天井をにらみつけたまま動かない。
総司は、体中が泡立つような怒りを感じた。原田が入ってきて、坂下の変わり果てた姿を見て固まった。
原田「…ばかな奴だ。」
総司「中條君は…?」
総司は外へ面している障子を開き、下を覗き込んだ。下では隊士達が何か騒いでいる。
総司「どうしたっ!?」
その場にいた山野が、総司の声に顔をあげた。
山野「血です!血が点点と川の方へ向かっているのです。」
総司「!?…一番隊はその血をすぐに追えっ!」
山野「はっ!」
総司は、原田の傍を走りぬけた。原田が、さっき総司が見下ろしていた窓から叫んだ。
原田「だれか番所へ行って、戸板をもらってこい!すぐだぞ!」
……
総司は、血を追っている山野を先頭にした一番隊にやがて追いついた。
すぐに鴨川につき、血の続いた河原を見下ろして、皆水をかけられたような衝撃が走る。
数人の浪人が皆、あおむけになって昏倒している。が、誰も血を流していなかった。
ただ一人だけ、血にまみれた男が中央で倒れている。
中條であった。
総司は戦慄して駆け出した。
総司「中條君っ!!」
一番隊、皆、総司の後に続く。
総司は、周りに目もくれず、うつぶせになっている中條の体を上に向かせた。
総司「中條君!」
総司は、名を呼びながら中條の身体を揺らした。完全に冷静さを失っている。
山野が近づき、中條の脈をみながら言った。
山野「先生…大丈夫です。生きてますよ。」
総司は山野のその声を聞き、はっとしたように動きを止めた。
総司「…よかった…」
総司は、大きく息をついた。
伍長が、番所から戸板をもらってくるように指示している。
「…先生…?」
総司はその中條の声を聞き、濡れた目で中條の顔を覗きこんだ。
総司「中條君!大丈夫か!?」
中條の目が少し見開かれるが、やがて微笑んだ。
中條「…罰は…切腹ですか?斬首ですか?」
総司「!?…」
中條「…どちらでもいいです…今、死なせてください。」
総司「何をばかなことを言ってる!…」
中條「お願いします。…痛くてたまらないので、今、先生の手で介錯してもらえませんか。」
総司は、泣き笑いのような表情で中條に答えた。
総司「私は一番隊の人間の介錯はしないと決めているんだ。刀が鈍るかもしれないからね。」
中條「…先生…」
総司「勝手に死んだりしたら許さないよ。」
中條はそれを聞いて微笑んだ。
……
やがて隊士達が戸板を持ってきた。
冷静になった総司の指示で、隊士達は倒れている浪士をたたき起こして捕縛し、番所へ連れて行った。
驚いたことに、浪士達は皆気を失っているだけで、一人も斬られていなかった。中條は斬らずにみねうちだけにしたのだ。
中條の力が強いのは誰もが知っていることである。しかし、これだけの人数を、それも自分が傷ついていても、みねうちで気を失わせるなんてことは、よほどの力がないとできない。
斬ってしまったほうが楽なのに、中條はそうしなかった。
これが、中條の優しさでもあり弱みでもある。
……
河原の上に待機させていた車に、中條の乗った戸板を乗せ、鴨川から一番近い医者のところへ運んでいく。総司は、中條の傍に寄り添うようにして歩いている。そして、その総司に後からついている山野が、微笑んで見つめていた。




