第85話
新選組屯所の一室-
総司は、傷ついて体を横たえている新人隊士の傍にいる。
巡察中に斬り合いになり、この新人隊士が斬られてしまったのである。
傷は急所を外れているとはいうものの、かなり深い。
隊士の意識はまだ戻っていない。
総司は、自責の念にかられていた。
しばらくして、礼庵が飛びこんできた。
礼庵「すまない。待たせてしまって…」
総司は、首を振った。
総司「いえ…血止めだけはしたんですが…」
礼庵「すぐにはじめます。手伝ってもらえますか?」
総司「ええ、もちろんです。」
礼庵は、用意されていた桶で手を洗い、治療をはじめた。
治療しながら、総司に小声で言った。
礼庵「想い人さんには事情を説明して、帰っていただきました。」
総司「…申し訳ない。」
礼庵「また会える日が来ますよ。どうか気を落とさずに。」
総司は、うなずいて礼庵を手伝う。
二人は無言で、治療を続けた。
しばらくして、中條があわてて部屋へ入ってきた。
中條「申し訳ありません!…沖田先生、代わります!」
総司「構わないよ。君は休んでいるといい。」
中條「いえ、先生こそお休み下さい。」
礼庵は、治療を終え、手を洗った。
礼庵「もう、いいですよ、お二人とも。しばらく私がこの人についていますから、お休みなさい。」
中條「しかし礼庵先生、回診がおありなのでは?」
礼庵「今日は決まった診察はないから、構いませんよ。」
総司「しかし、礼庵殿…」
礼庵は、総司の言葉を遮るように、手をかざした。
礼庵「少しの間でも休んでください。また倒れて、想い人殿に会えないようになったらどうします?」
総司「……」
中條「そうですよ!…僕、床をひいておきます!すぐにお部屋へ戻ってください!」
中條は礼庵に頭を下げて、部屋を飛び出して行った。
総司「…私はそんなに弱いように見えますか?」
礼庵「!…違います。大事を取っているだけです。」
総司「……」
礼庵は、傷ついた隊士の汗をぬぐってやった。
総司は、黙ってそれを見ている。
礼庵「…この子にも…好いた人がいるのかもしれませんね。」
総司は少し目を見開いて、隊士を見た。
礼庵「まだこの子はましです。自分のことだけを考えていればいいのだから。…でも、あなたは自分のことよりも、部下達のことを優先しなければなりません。…それは、私などが思っているよりも、とても神経を使うことでしょうね。」
総司「…いや…私など…」
礼庵「あなたのことを弱いなどとは思っていませんよ。…でも、あなたは人を思いやる気持ちが、他の人よりも強いから心配なのです。」
総司「礼庵殿」
礼庵「想い人殿も、同じことをおっしゃっておられました。部下が傷ついたことで、自分を責めていないかと心配しておいでです。」
総司「……」
礼庵「…とにかく休んでください。…想い人殿のためにも。」
総司は、しばらくためらっているが、やがてうなずいた。
総司「…ありがとう、礼庵殿。…後を頼みます。」
礼庵「はい」
総司、礼庵に一礼して部屋を出た。
……
総司は自分の部屋に戻り、ひいてある床を避けて文机の前に座った。
総司「…私は…人に迷惑をかけてばかりだな…」
総司、じっと思い悩んでいる。




