第82話
壬生寺-
総司が、子供達と鞠をついて遊んでいる。
土方「総司!」
総司は、その声にぎくりとして土方を見た。
総司「…ばれちゃったか…」
総司はそう言って肩をすくめたが、にこにことして土方の方へと向かった。
総司「土方さん、こんなところまでご足労ですね。」
土方「まるで人事みたいに言う…誰のためだと思ってる。」
総司「昨夜のことで怒るつもりでしょう?…子どもの前でやると嫌われますよ。戻りながら聞きましょう。」
総司はそう言うと、子ども達に別れを告げ、山門へと歩き出した。
子供達の不服そうな声を背にし、土方が苦笑した。
土方「どっちにしても、嫌われたようだな。」
二人は山門を出、屯所へ向かって歩き出した。
土方「…昨夜はどうして急に帰ったりしたんだ?」
昨夜、会津藩の宴が祇園であり、土方と総司が出席した。だが、総司は一刻ほどして宴から突然姿を消したのだった。
総司「…どうして、私なんです?」
土方「え?」
土方は、下向き加減にうつむく総司の横顔を見た。
総司「私がどうして、ああいう宴に出なければならないのでしょう。」
土方「…総司。」
土方は、歩きながら腕を組んだ。
土方「お前は、評判の悪い新選組の中で、唯一、人に好かれている。…お前が宴に出れば、舞妓たちが喜ぶし、舞妓が喜べば宴も盛り上る。そして…会津さんの機嫌もよくなる。」
総司「私は、いったい何のために新選組にいるのでしょうか?」
土方「…そういうな。それもこれも、皆、隊のためだ。嫌なことだってやらなきゃならんさ。正直、私だってああいうことは嫌なんだ。」
総司「近藤さん、独りで行けばいいんだ。私よりずっと愛想がいいじゃないですか。」
土方「…そうか?」
総司「少なくとも会津さんに対しては。」
土方「…ああ、会津さんに対してか。そうだな。…だけど、お前ほど宴を盛り上げることはできんよ。余興といえば、こぶしを口に入れることくらいしかできないんだから。」
総司「私にはできませんよ。そんなこと。」
土方「誰もお前にやれとは言ってない。」
土方と総司は、顔を見合わせて思わず吹き出した。
二人の間に少し和やかな空気が漂った。
土方「まぁ、こらえてくれ。お前はその場にいるだけでいいんだ。」
総司「……」
土方「女に何か言われたか?」
総司の想い人「可憐」のことである。総司は少しどきりとした表情をした。
総司「…何も…そもそも会っていないんですから。」
土方「隠すな。文を出していることくらいは私も知っている。」
総司は苦笑した。
総司「…さすが、土方さん。目ざといなぁ。…」
土方「すまないとは思っている。好きな女に会えないのに、気のすすまぬ宴に出なければならんのだからな。」
総司「……」
土方「でも、我慢しているのはお前だけじゃない。私も…若い奴らも一緒だ。」
総司「わかっています。」
二人はしばらく黙って歩いていたが、やがて、土方が口を開いた。
土方「そのうち…もう少し隊務が落ちついたら、まとまった休みをやるよ…。」
総司は、輝いた目を土方に向けた。
総司「本当ですね!」
土方「えっ!?…あ、ああ…。」
総司「絶対です。約束ですよ!」
総司はうれしそうに足早に歩き出した。
土方が面食らって、思わず立ち止まった。
総司「ほら土方さん!早く帰らなきゃ剣術の稽古に遅れますよ!今日は出るっておっしゃっていたでしょう?」
振りかえりざまに言う総司に、土方の表情が崩れた。
土方「…わかりやすい奴だな。」
土方は腕を組みなおして、嬉しそうに歩く総司の背中を見つめながら、ゆっくりと歩き出した。




